第二章「エルフのドラゴン編」第6話「トト」

ゼオ村の外れに住むハーフリングの男ニコ・ネグィースは思った。(俺は今、ひょっとして後に伝説として語り継がれるような冒険譚に関わっているのではないだろうか)と。

それは、かなり誇張した表現と捉えられるかもしれない。大袈裟だと揶揄する人もあろう。

しかしながら、今、まさに目の前に繰り広げられている人智を超えた凄まじい戦いは、まるで神話の一節のようである。まるで夢でも見ているかのようであった。しかしそれは、現実として起こりうるんだということを、信じざるを得ないのであった。


一つ目の巨人「サイクロプス」が大きな穴から姿を現し、おびただしい数のトロルの群れが、それに続いて、ガラたちに向かってくる。

それはまさに、この世の地獄の様相であった。

そして、この上なく絶望的とも言える状況であった。

それであるにも関わらず、ガラやドロレスらは、臆することなく、勇敢にも武器を取り、立ち向かっていくのである。


ドロレスはバトルアックス(メガデス)を深く構えた。


「ロイヤル・ハント!」


勢いよく回転したアックスは、地面すれすれを飛び、トロルたちに襲いかかる。

アンデッドの群れにおいては、その攻撃が最大の効果をもたらし、一瞬にしてそれを全滅に追いやったのである。

しかし、トロルの条件反射は、予想を超えていた。なんと、ジャンプしたり、しゃがんだりしてかわしているのである。


「チッ!すばしこいやつらめ!」


ドロレスは、シュルシュルと音を立ててブーメランのように戻ってくるアックスをガシッとキャッチした。

そして、攻撃方法を変え、直接一体一体を斬撃する方法に切り替えた。


「ガラ!こいつらすばしっこいよ!一体一体やらなくちゃダメだ!」


ガラは“オーバードライブ“という剣に炎をまとわせる技で、トロルを次から次へと焼き切っていく。


「ああ、そうだな!気ぃ抜くと、一瞬にして囲まれるぞ!」


セレナは持ち前の身軽さを活かし、ダガー(スキッドロー)で素早くトロルをやっつけていく。

マコトも刀(女狐)の切れ味は思った以上に素晴らしく、居合抜きで、素早く切り倒していく。

その時、マコトは何かに気付いた。


「皆のもの!気をつけよ!一つ目が動き出したぞ!」


サイクロプスは、足元の岩石を持ち上げこちらに向かって投げつけてきた。


「グオアーッ!」


「よけろっ!」


ガラたちは一斉に飛び、岩石を避ける。

ドォーン!と物凄い勢いで岩石は壁にぶつかり、粉々に砕けた。ぶつかった瞬間、洞窟全体がぐらっと揺れるような気がした。


「坑道ごとつぶれるぞ!」


そしてその破片が、ニコの方まで飛んできた。

ニコはオーガたちと、広間の奥の方で、戦いの様子をただ見ているしかなかった。

オーガたちは、体は大きいが、性格は穏やかで臆病な種族である。


サイクロプスの攻撃に気を遣いつつ、トロルの群れを相手にする。それは並大抵の戦いではなかった。トロルは素早く噛み付いて来たり、飛びかかって来たりする、それをいなしていくが、サイクロプスに近づき過ぎると、足や手で潰されたり、岩石を投げ付けられたりする。実際に巻き添えを食らって踏み潰されているトロルもいる。


「こいつらキリがないな!」


「ハァハァ…こんなに居たのか!」


大きな穴から次から次へとトロルが出てくる。

ガラはこの状況を続けるのは非常にまずいことだと思った。何故なら、スタミナが切れていくと劣勢に立たされるのは、自明の理であるからだ。

実際に、ガラたちは段々と押されてくるのであった。トロルの斬撃が背中にヒットしたり、腕や足に噛みつかれたりして来ている。

ドロレスは、先程かわされた「ロイヤル・ハント」を再び繰り出そうとした。最早冷静な判断さえも出来なくなってきている証拠であった。


「ロイヤル・ハント!」


案の定、メガデスを放った瞬間、まわりにいたトロルたちが、ドロレス目掛けて飛びかかり、ドロレスを埋め尽くしてしまったのである。


「ぐあぁ〜っ!」


ガラは、すぐさまドロレスの状況に気付いたが、トロルが多すぎて、そこに行けない。


「ドロレス!」


セレナやマコトもそうである。一人に対し、五、六匹は相手にしている状況である。


その時であった。


「ウオォーッ!」


雄叫びと共に、あの二人のオーガたちが、トロルに飛びかかったのである。

オーガたちは、凄まじい怪力であった。まるで石ころのように、トロルたちを放り投げ、殴り飛ばしていく。

ドロレスに群がるトロルたちをオーガはあっという間に蹴散らした。


「ニンゲン!ダイジョブカ?」


ドロレスがヨロヨロと立ち上がった。


「ああ、今のはヤバかった…助かったよ」


セレナはその様子を見てホッとした。

マコトはあたりの状況をもう一度見回し、何かが閃いたようである。


「ガラ殿!このままでは皆が危ない!拙者が一度トロルの動きを止める!その隙に、ドロレス殿がロイヤル・ハントで一掃してはどうか!」


「そうだな!だがどうやるんだ?」


ガラもだんだんと、息が上がってきている。


「あそこ、少し地面が高くなっている地点があろう!そこに一旦退かれよ!」


マコトは、広間の奥の方に、小高くなった場所を指差した。


「よし、みんな!あそこに向かうぞ!」


ガラたちはトロルをやっつけ、サイクロプスを交わしながら、そこへ向かった。


「登れ!」


ガラはジャンプし、そこに上がり、上からドロレスを引き上げた。セレナは持ち前の身体能力でサッとそこに上がった。

ニコとペイチ、オーガの二人もそこへ向かう。


全員がその上に行ったことを見送り、マコトは精神を集中させた。そして、刀を地面に突き刺し、人差し指と中指を合わせ、眉間の前に構えた。


「雷光地走り!」


その瞬間、マコトの手から刀を伝わり、地面一帯に凄まじい電撃が走った。

ズバババ!という物凄い音と閃光である。

トロルたちは、動きがピタッと止まり、その場に一斉に倒れ込んだ。サイクロプスは、ドーンという衝撃と共に、膝から崩れ落ちた。


「今だ!ドロレス殿!」


ドロレスは、高い場所から飛び出し、下の地面に降り立った。


「よっしゃ!三度目の正直だ!ロイヤル・ハントォッ!」


メガデスが再び高速で回転し、地を這うようにして、トロルたちに襲いかかる。電撃によって動きを止められたトロルたちは、案の定、次から次へと、メガデスによって切り刻まれていく。

そしてその場にいたトロルたちは、あっという間に全滅したのである。

ニコは拳を振り上げた。


「凄い!連携技だな!」


「いいぞ!あとはあの一つ目野郎だ!」


サイクロプスは、グッと立ち上がり、いきりたったように、ガラたちに襲いかかる。


その時であった。犬のペイチが突然、高い場所から飛び立ち、サイクロプスに向かって走り出したのである。


「ペイチ!やめろ!やられちまうぞ!」


ニコが叫んだ。

ペイチは、凄いスピードでトロルの死骸をすり抜け、サイクロプスの足元に近付いて行った。

サイクロプスは、足元にまとわりつく犬を掴もうとくるくるとその場を回り出す。

すると、ヨロヨロと足元がふらつき、とうとう尻餅をついたのである。

ズズーンという、地響きがする。


「よし、よくやった!」


ガラとセレナが、すぐさまサイクロプスに向けて走り出した。

セレナはジャンプしてサイクロプスの顔の上に着地し、ダガーをサイクロプスの目に突き刺した。


「グオアアアア〜ッ!」


サイクロプスは目を押さえて悶絶している。


そこへすぐさまガラが飛びかかり、サイクロプスの首を一刀両断した。

サイクロプスの頭がどんと地面に落ち、首から血が吹き出した。

ガラは血が付いた剣を振り払い、ふうと息をついた。


遂にガラたちは、サイクロプスをも撃退したのであった。


「ひゃっほー!やったぞ!」


ドロレスはガラに抱きついた。

ガラは改めてドワーフの名刀“メタリカ“は思ってた以上に切れ味が鋭く、ガラ自身も驚いている。


「や、やりやがった…!」


ニコは、思わずその場に尻餅を付いた。未だに体がガタガタ震えている。そこへ、ペイチが駆け寄り、ニコの顔を舐めた。


「お、お前、凄いな…」


オーガの二人も喜んでいる。ドロレスとセレナは抱き合い、マコトもガラとガッチリ握手した。

そこへヨロヨロとニコが歩み寄り、ガラたちに声をかけた。


「す、すげえな…とうとうやっちまったよ!本当に信じられない。なんて奴らだ。あのバケモン共を全滅させちまうなんて…!」


オーガの一人が言った。


「ニンゲン!スゴイ!トロルトヒトツメタオシタ!」


「ニンゲン!ヤッタ!アリガト!」


「あんたらも、ありがとな!よくやったよ」


ドロレスは、オーガたちの間に入り、肩をポンポンと叩いた。


「ワンワン!」


ペイチは吠えて走り出した。

セレナはペイチを見て言った。


「ついて来いって?」


「やれやれ、まだ休ませてくれないか」


ドロレスたちは、笑いながらペイチについて行った。

広間の奥の坑道を進むと、何やら鉄で出来た二つの棒が並行に地面に敷かれ、かなり奥までそれが続いていた。さらにその上に木製の大きな箱があり、その箱の下には四つ鉄製の車輪が付いている。

鉄の棒の上に置いてある謎の箱を見て、ガラたちは不思議に思った。


「何だこれは?」


ドロレスは箱を除いたりしゃがんだりして観察した。

ニコは道具袋から、虫眼鏡の様なものを取り出し、その箱の鉄の車輪や、鉄の棒を色々と見ている。


「これはトロッコだ。鉱石とかをこれに入れて運ぶんだよ。人間も乗れる。…ちょっと待ってろ」


ニコはトロッコを隅々まで調べて、ガラたちに言った。


「よし、動きそうだ。みんなちょっと狭いがこれに乗ってくれ!」


ガラたちは困惑した。


「何だこりゃ?大丈夫か?」


「楽しそう!」


ドロレスは少し心配しているが、セレナは楽しそうである。ガラたちは何とかそれに乗ったが、オーガたちの入るスペースは無いようだ。


「ワレワレハココニノコル、ニンゲン、サラバダ」


ガラたちはオーガたちと別れ、トロッコを走らせた。ニコはトロッコの先頭でランプを前方に向けている。

ガーッという音と共に、トロッコは、坂を下るたびにスピードを増して走るが、ニコがうまくブレーキを使って調整している。


「結構速いな!」


「ああ、普段は鉱石を乗せてるからな!軽くてスピードに乗りやすい。気を抜くと脱線して皆、下に真っ逆さまだ」


ドロレスは、トロッコから下を除いた。トロッコは、坑道の上を通ってるかと思いきや、谷底であった。どうやら、坑道が作れない場所に木々を組み立て、その上に鉄のレールを敷いているらしい。


「げっ!見なきゃよかった」


ドロレスは顔を青くして、トロッコの中でうずくまった。

その時、後ろの方からガーッという音が聞こえてきた。

マコトは後ろを振り返った。なんと、トロルたちがトロッコに乗って追いかけて来たのである。


「トロルだ!トロッコに乗ってるぞ!」


ガラは後ろを振り返った。よく見ると、ガラたちのトロッコのレールとは別の方向から伸びてきたレールに乗り、トロルたちがやって来たのである。レールは並行して何本も走っていたのだ。

しかもトロルたちのトロッコは、どんどん進んで、ガラたちのトロッコに追いつきそうである。


「チッ!こいつらまたウジャウジャと!」


トロルは、ぎゃっぎゃっと騒ぎながら、トロッコの端に足をかけ、ガラたちのトロッコに飛び移ろうとしている。


バッとトロルがジャンプして飛び移ろうとした時、後方から岩が飛んできて、トロルに当たり、トロルは谷底へ落ちていったのである。


ガラは岩が飛んできた方向を見た。なんと、あのオーガたちがトロッコにのり、トロルのトロッコを追いかけて来たのである。


「ニンゲン!トロルハマカセロ!」


「モウユルサナイ!オーガモオコル!」


オーガたちは、勇気を出して、トロルに岩を投げつけている。うまい具合にトロルにそれが当たり、トロルは、一匹、また一匹と谷底に落ちていった。


「あいつらやるな!」


「ありがとう!助けてくれて!」


「ニンゲン!ブジニイケ!」


オーガたちのトロッコは、横の方に向かって走っていった。

ガラたちのトロッコはさらに進むと、とうとう前方に明かりが見えて来た。


「見えて来たぞ!出口だ!」


ニコはブレーキに手をかけ、ゆっくり力強くそれを押して行った。

キキキキ〜ッ!と鉄が擦り合う音と共に、火花が散り、トロッコは徐々にスピードを下げていく。

出口から抜けた途端、視線は一瞬目が眩むほど明るく真っ白な光に包まれ、徐々に視界がハッキリとしてくる。


そこには、うっそうと生い茂る森林、奥の方には滝が流れる山や、谷も見える。そして、中央に聳える神秘的な白亜の建造物群が見える。

一行はとうとう、エルフの国「トト」に辿り着いたのであった。


「うわ〜!ここがトトか!遂に来たな!」


ドロレスは、腕を大の字にして広げ、喜びを表した。ガラは、いよいよこれからが本番だと心を引き締めた。

セレナは、ゼオ村での不思議な夢をもう一度思い出した。果たしてあの声は、何者なのであろうか。エルフのドラゴン「エズィール」なのであろうか。

そして、マコトはエルフの国が見渡せる崖に座り、目を閉じ精神を統一させた。


【山越ゆる エルフの地へと いざゆかん 深き使命を 果たす時ぞ 誠】



【トト】

エルフが統治する国家。エルフにとっては、聖地とされている。周囲を高い山脈に囲まれ、自然と調和しながら、穏やかな生活をしている。

首都はルカサ。女王ジャニスを中心に元老院からなる議会政治で、周辺国からも中立な立場で政治をしている。


ガラたちは山を降り、街道を通って、森林に入っていった。同じ森林であっても、セレナが暮らしていたコンパルサとはまた雰囲気の違った森林である。気温は比較的低く、針葉樹林が多いせいかもしれない。

セレナは、サーティ平原や沼地、鉱山で感じ取らられていた邪気がすっかり無くなっていることに気付いた。


「何だろう?何か不思議な力でこの森自体が守られてるみたい」


セレナがそう言うと、ニコは応えた。


「エルフは1番魔法の力が強い人種だからな。多分魔法の結界みたいなやつで、この森全体を守ってるんだろうぜ」


「だよな。じゃなかったら、あの鉱山のトロルたちがウジャウジャ入ってくるはずさ」


ドロレスは鉱山の方を振り向いて言った。


街道を進むと、白亜の巨大な建造物が視界に入ってくる。トトの首都「ルカサ」の議事堂である。

そして、目の前に巨大な門が現れた。

白い壁に、青銅のコントラストが美しい門である。その前に二人のエルフが立っていた。二人のエルフは白地に赤い刺繍が施された制服を着用しており、手には黄金の槍を持っている。どうやら門番のようである。


「ここからはエルフの国トトの領域である。通行証が無いものは中に入ることは出来ない」


門番のエルフがそう言うと、ニコは懐から銅板の「交易証」を取り出し、エルフに見せた。


「ほら、交易証だ。俺らは商人だ。ここを通してくれ」


ニコは少し緊張した面持ちで、交易証をエルフに見せた。エルフは交易証を手に取り、銅板に書かれている文字を読んだ。


「スィーゲ・ネグィースとある。スィーゲとはお前の名前か?」


「あ、いや、スィーゲは俺の親父さ。これは親父から譲り受けたんだ」


銅板にはエルフの文字でスィーゲの名が刻まれていたのだ。ニコはその文字が読めなかったのである。


「お前たち、ゼオ村から鉱山を通って来たのか?」


「ああ、そうだ」


「トロルだらけじゃなかったか?よく通れたな」


エルフの門番は、怪訝な顔付きでガラたちを見つめた。


「ちょっと待ってろ」


そういうと、エルフの門番は、巨大な門の横にある横のドアから奥に入っていった。

数十分間が経った。ひょっとすると通れないかもしれない。そうすると他の手を考えなければならない。ガラ一行は緊張に包まれた。

その時ガチャッとドアが開き、門番の男が出て来た。何やら神妙な面持ちである。

ニコは唾を飲み込んだ。


「…よし、通れ」


エルフの門番は、たった一言だけ言うと。さっと両脇にそれた。その時、青銅の巨大な門の扉が、ゴゴゴという大きな音を立てて開いたのである。


「やった…!」


ニコは大きな喜びを、小さな声で押し殺すようにして言った。ドロレスとセレナは見合って笑顔になった。マコトは終始エルフの国の美しさに見惚れている。ガラはまだ真顔である。


扉が開き、ガラたちはゆっくりと進んだ。エルフの国の首都「ルカサ」の姿が目の前に広がった。

白亜の巨大な建物は、堂々とそびえ立ち、輝いている。ふんだんな緑、透き通るような水路に噴水、整然とした石畳の道、エルフの銅像が至る所に飾ってある。


ガラたちはその圧倒的な美しさに息を飲んだ。


「こりゃ驚いたな…」


「わーお、あたしたちは御伽話の中に入ったのか?」


「きれい!明るい!」


「浮世離れしとるのう」


その時、どこからともなくガラたちに近付いてくる者たちがいた。

先頭を歩いているのは、細身で白い肌、金髪、首も長く、耳も一際大きく、顔も小さい。白い制服に身を包み、制服に金のボタンがキラキラと反射している。どうやら、彼はハイエルフのようである。切長の目は笑顔であるが、眼光鋭くガラたちを見つめている。

その後ろに数名のエルフたちが続いてる。先程の門番と同じ格好である。


その集団は、ガラたちの目の前に近付き、ピタッと止まった。先頭のハイエルフがお辞儀をし、ガラたちに話しかけた。


「ようこそ、炎のガラ様。わがエルフの都ルカサにようこそおいでくださいました。我々はあなた様のご入国を心よりお待ちしておりました」


低く透き通るような声から、まったく予想していない言葉が出て来たのである。ガラたちは戸惑った。


「な、俺らが来ること知っていたというのか?」


ガラが言うと、ハイエルフの男は首をゆっくりと縦に振った。


「ガラ様。我が国は平和を愛する国であります。ゆえに、物騒なものはこちらの方でお預かりさせていただきたいと存じております。勿論、出国の際には、必ずお返しします」


ハイエルフの男は、後ろの制服のエルフに合図をした。すると、二人のエルフが二人がかりで、真紅の布に金縁をあしらった大きな箱を持ってきた。


「…どうする?」


ドロレスは小声でガラに言った。


「仕方ねえだろ。従うしか」


ガラはここで、抵抗すれば、後々面倒になる。それは避けた方がいいと思った。

ガラたちは、その箱の中に各々の武器を入れた。

ハイエルフの男は、ニコッと笑い、ガラたちを大きな建物の中に案内した。


「では、どうぞこちらへ…」


ガラは、この状況を必死に考えた。何故エルフたちは、我々の入国を知っていたのか、一体何が起きているのか。

しかし考えがまとまるよりも早く、ガラたちは建物の中に入った。

建物の中は、暗闇であった。


ガラはその暗闇の中を進んだ。


暗闇の中で次第に目が慣れてきたガラは、周りを見渡した。

どこか懐かしい景色である。小さな家屋に、家畜。小さな池。うっすらと霧が立ち込めているが、ここは、ガラが生まれ育った村であった。


「ここは…ティマ村だ…」


「…俺は…なぜここにいるんだ?」


ガラは、ふと目の前に立っている女性に気が付いた。


「…!」


「ウラ!」


それはまさしくガラの亡くなったはずの妻、ウラであった。ウラは月明かりに当たり、その優しく美しい顔でガラに微笑みかけた。


「ウラ!会いたかった!」


ガラは、涙を流しウラを抱きしめた。どれほどの長い間この温もりを求めていたか。

だが、次第にガラの意識がハッキリしてきた。


「俺は…エルフの国にいた…」


「ええ、そうよ」


ウラは優しくガラに微笑んだ。


「…これは夢か…」


ウラはゆっくりとうなづいた。


「覚めたくない…俺はずっと…ここにいる」


ウラはゆっくりと首を横に振った。


「ガラ…起きて…」


ウラは優しくガラの額にキスをすると、頬をそっと撫でた。

すると、ウラの顔は、次第にセレナに変わっていったのである。


ガラはそっと目を閉じた。



「ガラ!ガラ!起きて!」


ガラは、ハッと目が覚めた。

その瞬間、頭に割れる程痛みが走った。


「うっ!…こ、ここは?」


目の前には、セレナが居た。

セレナに手を向けた瞬間、ガラの両手には、頑丈な手錠がかけられていた。セレナも同様であった。


「ガラ!よかった!目が覚めた!」


セレナは目に涙を浮かべている。ガラは、すぐに状況を把握しようとした。

薄暗く、床は、じめっとした石の床である。周りは頑丈な鉄格子に囲まれている。

どうやらここは牢屋のようである。


「…あの建物の中に入ってからの記憶がない」


「みんなどこに行ったんだろう…」


セレナは声を震わせている。酷く怯えた様子だ。

ガラは何かとてつもなく嫌な予感がするのであった。

その時、外の通路の奥からコツコツと足音が聞こえてきた。


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