第二章「エルフのドラゴン編」

第二章「エルフのドラゴン編」第1話「侍」

第1話「侍」



街道を歩く旅人たちはある満月の夜、不思議な光景を目にした。

深淵なる森“コンパルサ“の奥にあるドラゴンの洞窟の山が、突如轟音と共に噴火し、火柱が空高くまで上がったのだという。しかし、不思議なことに、その後噴煙も発生せず、噴石や火砕流などもなかった。

旅人たちは、あれは「ドラゴンの怒り」であり、何か不吉なことが起こる前触れでないかと噂したという。(「クァン・トゥー王国紀」より)


ー朝。


新たなる旅立ちの日。

ガラとドロレスは、セレナの傷が癒えたのを見て、さっそくエルフの国トトへ向けての旅を開始したのである。

コンパルサの守り神、老龍ヴァノが再び100年の眠りにつく直前に言い残した言葉。

「エルフの龍に危機が迫っている。竜の娘と共に救え」

ガラは、貿易都市パンテラで、魔導士アングラの陰謀を知り、世界に危機が迫っていることを感じた。女戦士ドロレスと共に、これは何としても防がなくてはならないと思った。

もし、あの魔導士たちに、老龍ヴァノが守っていたオーブを奪われていたら、一体世界はどうなってしまっていたのだろう。

「世界の均衡」を保つとされるドラゴンのオーブ。それは世界で四つあり、各地でドラゴンが守護している。

魔導士の長でもあり、クァントゥー王国の宰相でもあるアングラは、古代魔導帝国の研究により、そのオーブの別の利用法を編み出した。それは、まさしく「人心」をコントロールすることである。人々の憎悪、エゴ、怠惰を抑制し、「平和」な世の中を実現しようとする計画をアングラは練っていた。

しかしガラは、その計画に対し、強烈な程の違和感を感じたのだった。勿論ガラ自身、沢山の戦争を経験し、人々の憎悪や報復の連鎖を嫌というほど見てきた。だからこそ、その連鎖から逃れようと、勇者の隊から離脱したのだ。

アングラの計画が真実であるとするならば、人々の「憎悪」や「エゴ」がなくなり、確かに平和な世の中にはなるだろうと思った。

だが、それを実行する彼らの行動理念は、どこか胡散臭く、事実としてパンテラのギルドマスターであるギリオスや、ガラ自身を亡き者にしてもその「平和」を実現しようとする姿勢は、自らの理念に対する妄信ともいえる。

ガラはそういった他の人間の犠牲もやむを得ないという考え自体が、まさに「エゴイズム」以外の何者でもなく、大きく矛盾していると思ったのだ。

人は、自らを「悪」とはみなさないものである。

しかし、その人の信念が歪んでいれば、たとえ「正義」を叫んでも、それは他者から見たら「悪」ともいえてしまうのかもしれない。


いずれにせよ、コンパルサのドラゴンのオーブは、ガラたちの手により守ることができたのである。

今後、老龍ヴァノとその洞窟は、ハーフドラゴンのジェズィが見守ってくれるそうだ。

またいつ魔導士たちが来るかどうかは分からない。しかしガラは、それはすぐではないだろうと思った。

老龍ヴァノはエルフの龍の危機を伝えてきた。

自分の身よりもまずは、そちらを優先せよとのことなのだろう。

しかしながら、エルフの国への道のりは、コンパルサから徒歩で約1ヶ月間はかかる距離である。行先には、だだっ広く、魔物や遊牧民たちが数多く生息しているサーティ平原や、標高5千メートル級のポカロ山脈、そしてそれを越えると、深いサイモン森林が続く。その奥にあるのがエルフの国トトである。

ガラは、これはかなりの過酷な旅になるであろうと予想した。そしてまずは、旅に備え、物資を調達するのが先決だと考えた。


「ここから一番近い村は…マングー村か…」


「え?マングー村!やった!」


セレナはまたマングー村の温かい人々に会えると知り大喜びだ。また彼女は、何より温泉がとても気に入ったのである。ガラの中では、魔導士たちとのあの激しい戦いの後の体を癒したいという気持ちもあった。

コンパルサから出て北西に進むと、サーティ川の支流沿いの開けた道に出る。そこをさらに北西に進むと、広い農園地帯が見え、奥の方に鍛冶場の煙突が見える。そこがマングー村である。

マングー村は、コンパルサからパンテラまでのちょうど中間の位置にある。

そして、今日も鍛冶場の煙突からは、もくもくと煙が出ている。

煙と共に温泉の独特な硫黄臭がしてくる。

セレナは、この村を訪れたのはほんの数日前のことであった。しかし、この数日間はまさに彼女にとって、激動の数日間であった。


「マングー名物“薬の出で湯“か!あたしは子供の頃来た以来だよ!」


ドロレスもマングー村で体を癒したいようだ。


ドロレスは、元々戦争孤児だった。パンテラの孤児院に引き取られ、15歳までそこで育った。

その後、彼女は生き残る為に、様々な知恵や、喧嘩(それこそ近所の悪ガキと対等に渡り合える程度の)などを身に付けていった。

またギルドに出入りしては、ゴロツキや賞金稼ぎの連中と親しくなったり、元々読書好きなこともあって、様々な知識を得たりしていた。

マングー村には一度賞金稼ぎの連中に付いていった時、仕事の帰りに立ち寄った場所であった。

ドロレスは、かつてクァン・トゥー王国の“勇者英雄隊“に加入する話を受けたことがあった。

ギルドではすっかり名が知れ渡り、ギルド1番の稼ぎ頭だった彼女は、その腕を買われたのだった。身寄りが無い彼女にとっては、またとない絶好のチャンスだった。世間では、勇者英雄隊に入れば、貴族同等の扱いを受け、王国の庇護のもと、贅沢な暮らしも約束される。また土地や家も与えられ、子々孫々までの地位が守られるのだ。

しかし、彼女はその話を断った。彼女は、地位や名誉、必要以上の金などまったく興味がなかったし、ギルドでゴロツキや賞金稼ぎの連中と付き合っている今の生活で充分満足だったのだ。

それに、クァン・トゥー王国に取り入っている魔導士連中も好きになれなかった。街中では“治安維持“の名目で、憲兵たちと共に幅を利かせていたし、影で怪しい動きをしているのも、何となく察知していたのである。そんな中、ギリオスの一件があり、ドロレスの“勘“は“確信“へと変わったのだ。

今となっては、あの生活には戻れない寂しさもあったが、今は王国、いや、世界の危機だという実感が彼女を動かしていた。


マングー村の入り口付近に来ると、村の奥から少女が駆け寄ってきた。


「セレナ?セレナだよね!」


温泉宿クスーツの女主人マリルの一人娘ルナである。セレナとルナは再会を喜び抱き合った。


「この子がルナって子かい?」


ドロレスは仲良さそうにしている二人を見つめて言った。


「そうだよ!私の初めての人間の友達なんだ!」


「初めての?…するってと、ガラは友達じゃないんだ」


ドロレスはガラの方を見て、いたずらっぽく言った。ガラは聞こえないふりをしている。


「ガラは…友達っていうか…なんだろう?…男?」


「男?彼氏って意味じゃないよな?だとしたら、ただの男か!あはは!」


ドロレスはお腹を抱えて笑った。ガラはドロレスを見て鬱陶しそうな顔をする。

セレナにとって、ガラは友達という言葉はどこか違う気がしたのだ。もっと近いようで遠い。だが、恋人でもない。家族でもない。近寄りがたいが、遠ざけたくもない。でも、とても大切な存在であることは確かであった。

セレナはルナからもらった首飾りを見せた。


「ルナのおかげで助かったんだよ」


「え?このマングーのお守りが?」


ルナ曰く、この首飾りは、祖母から受け継いだものだという。祖母はそのさらに祖母から代々受け継がれてきたそうである。この始まりが、老龍ヴァノとマングー村の少女であったという事実は、実に不思議な繋がりである。


温泉宿クスーツの奥から、女主人マリルが出てきた。


「おやおや、お早いお帰りじゃないか」


マリルは満面の笑みを湛えて、一行を迎えた。

ガラは今までのいきさつを伝えた。


「あなたがマリルさん?特製ドリンク物凄く助かったよ!ありがとう!」


ドロレスはマリルに抱きついた。


「なるほど、色々あって大変だったね。さあ、体も疲れてるだろうさ。ひとっ風呂浴びるといいよ!」


マリルは一行を温泉に案内した。


「あ、そうそう、先客がいるからあまり騒ぎすぎないようにね!」


ここで、マングー村温泉の効能を紹介しよう。


クスーツの湯は、神経痛、筋肉痛、関節痛、五十肩、運動麻痺、関節のこわばり、打ち身、くじき、慢性消化器病、痔疾、冷え性、病後回復期、疲労回復、健康増進、切り傷、やけど、慢性皮膚病、虚弱児童、慢性婦人病、動脈硬化症、糖尿病、高血圧症などの効能がある。また、美肌効果も期待できる。


まさに“薬の出で湯“との愛称で、旅人から親しまれているのである。


ガラは脱衣所で装備を脱ぎ、湯場に向かった。

やはり先客がいて、一人湯に浸かっていた。後ろ姿だが、長髪を下ろし、体付きは小柄だが、引き締まった筋肉をしているようだ。その先客は、ガラに気付きこちらを向いた。


「どうもこんにちは!」


「…どうも」


意外にも礼儀正しくあいさつをしてきた先客に対し、ガラは少し驚いた。さらに先客は続けて話し出した。


「お初にお目にかかる。拙者名はマコト、姓はリュウモン、水龍雷麟(ライリン)様のお告げにより、遥か東の果ての国エイジアより、ここクァン・トゥーへは参ったで候」


独特な言い回しである。しかしガラはその言い回しよりも、「エイジア」という名前に度肝を抜かれた。


「え、エイジアだって?あんたエイジアから来たのか?」


マコトという男は、からからと笑った。


「いやはや、驚くのも無理はなかろう。船に揺られること半年、大陸に降りてすぐに地図を奪われて道に迷った挙句、盗賊に身包み剥がされ、食う物も無く行き倒れていたところを、この村のルワンゴ殿に拾われたという始末でございまする。何ともあい恥ずかしいことです」


マコトは恥ずかしそうに頭を掻きながら言った。

どうやら本当らしいとガラは思った。

そして、さっきの言葉の中に何やら興味深い言葉も入っていた。


「水龍だと?」


「おっ!そなた水龍と聞いて分かり申すか?ここに来てから、何人もの人に水龍のことを伝えても、てんで分からなんだ。たしか、この国では、どらごんと申したかな。まるで信じてもらえん。拙宅は先祖代々水龍雷麟(ライリン)様に仕える由緒正しき家系であるのに。親父は第17代水龍守護地頭、龍門力之進ぞ」


「水龍…ライリンていうのか、そっちのドラゴンは」


マコトはガラがドラゴンについて詳しそうだと知ると、表情が明るくなった。


「そなた、ドラゴンに詳しそうであるな!名は何と申されたかな?」


「ああ、俺はガラってんだ。よろしくな」


湯気でよく見えなかったが、たしかにこのマコトという男は、堀も浅く切長の目で、ここら辺では見かけない異国の人間の顔付きであった。



エイジアは東の海「竜嵐海(りゅうらんかい)」を渡った後にある島国である。あまりに遠方な為、一部の冒険家たちにしかその存在が明らかにされていなかった。

ガラは異国の人間に会うのは、勇者の隊で世界中をまわっていた時以来だった。


「で、ドラゴンだけどよ…


とガラが話し始めた時、隣の女湯から声が聞こえてきた。セレナとドロレスである。二人は楽しそうに話している。


「セレナ、お前結構いい体してるよな〜」


「ふふっ!ドロレスも胸大きい!」


「こら、触んな!くすぐったい!」


ガラはマコトが言った「水龍のお告げ」という言葉が気になった。


「なぁ、あんたんとこのドラゴンは何て言ってたんだ?」


しかし、マコトの様子がどこかおかしい。顔は赤くなり目は泳いでいて、何やらぶつぶつと小声で呟いている。


「お、お、お、女子じゃあ…」


「お、おい大丈夫かよ?」


ガラはよく聞き取れなかったが、マコトの様子が急におかしくなり、心配になった。

その時である。ドロレスが女湯の方から声をかけてきた。


「ん?ガラ?誰かいるのか?知り合いなのか?」


ガラが返事をしようとした時、セレナが男女湯の仕切り板の上に身を乗り出してきた。


「ガラの友達?見たいぞ!」


マコトは女性が苦手であった。生まれてこの方、女性は母の龍門圭子と男勝りの妹、麟子くらいしか満足に見たことがなかった。ましてや女性の裸などは夢の中の産物でしかなかった。

セレナの露わになった上半身を見たマコトの脳内は、温泉の熱による物なのか、自分自身の興奮による物なのか、分からないほど熱くなっていた。そして、段々と気が遠くなるのを感じた。


マコトの父親、第17代水龍守護地頭、龍門力之進(リキノシン)は、ある日の朝、水龍雷麟が屋敷の隣の湖のほとりに現れたのを見た。

雷麟は普段湖の中に棲んでいるとされており、力之進自身、その姿を見たのは初めてであった。


「我が眷族よ。そなたに伝えねばなるまい。遥か北西、エルフの国トトへ向かわれよ。エルフの龍に危機が訪れようとしておる。どうかそなたの力でかの龍の危機を救っていただきたく、何卒お願い致したい」


そう言うと、龍は再び湖の中に戻っていった。

あまりの突然な事態に力之進は、慌てて一家一族に招集をかけた。

しかし、このお告げをどう伝えるのか、そしてどう捉えるか。領地中の猛者たちを集めて長旅をするのか、そもそも領地の者たちは、お告げを信じるであろうか。

信憑性を疑いながら、そんな長旅について来れる者たちはいるであろうか。しかもエイジアは、王はいるが、専政国家ではなく、国内でもさらに領地をめぐり小さな争いが絶えなかった。今ここで軍勢を率いて領地を離れれば、その間領地を守るものはいなくなり、その隙に領地が奪われる危険性がある。

力之進は悩みに悩んだあげく、息子の誠をたった一人で旅立たせることにしたのだ。無論、一族総出で反対であった。誠は17歳になったばかりであった。力之進は、誠を跡取りとして、立派な「武士」として育てたかった。

誠は父親の思いを聞き、それを素直に受け止めた。むしろ、誠はその思いに応えたかったのだ。

床の間に座す父親の正面に座り、誠は三つ指を付き、深く頭を下げて言った。


「父上、水龍様のお告げ、この誠しかと引き受け申した。父上に代わって、エルフの龍を救い、一人前の武士として帰って来ることをお約束いたします」


力之進は、誠の潔さ、実直さに感動し、立ち上がり、代々伝わる“龍の舞“を舞って息子を送り出したのだ。


まどろむ意識の中、誠は父親の舞を思い出していた。


「うーん…父上…どうかご安心くだされ…」


マコトはクスーツの休憩所で目が覚めた。

どうやら気絶していたらしい。目の前には、セレナが心配そうに誠を見つめていた。これは夢か現(うつつ)か、信じられない程美しい銀髪の美女が自分を見つめている。マコトはまだ頭がぼーっとしていた。


「なぁ、これ“ふぐり“だろう?ガラも付いてた。ガラのより小さいな!」


マコトは夢だと思った。しかし、ガラが現れて、セレナの頭を小突いた。


「バカ!何言ってんだ」


マコトは驚いて飛び起きた。


「あー!!」


ドロレスは、風呂上がりに飲んでいたミルクを吹き出した。


「おいおい!どうしたんだよ?」


「わりぃな、こいつは元々ドラゴンでな」


ガラは説明しようとしたが、マコトは混乱して涙を流しながら喚いている。

しばらくして落ち着いたマコトは突然、正座をし、目を閉じて深呼吸した。

そして、細長い紙を持ち、筆を取り出し、そこに書き出した。


【赤っ恥 湯けむり美人に ふぐりみせ】


「それ、どこから出したんだ?」


ドロレスが不思議そうにマコトを見ている。


心が落ち着いたマコトは、衣服を着、髪を整え、ゆっくりと今までの経緯を語った。

ガラは、エイジアのドラゴンも同じ危機を伝えていることに驚いた。セレナは、この不思議な若者に興味津々であった。そしてドロレスは、誠の頭の上に注目した。


「なぁ、その頭の上のとんがってる棒みたいなの何なんだ?髪の毛か?」


「これはちょんまげでござる」


ドロレスは(ちょんまげ)という言葉に笑い転げた。マコトはムッとして、ドロレスに言った。


「そなたは、侍の魂を馬鹿にするか!」


と、腰に手を当てるが、刀を取られていることに気が付き、愕然とし手を床についた。


「しまった!盗賊にわが雷切丸(ライキリマル)を盗られてたのだった!」


「ごめんごめん!悪かったよ。なぁ、ガラ。こいつ楽しいからさ、あたしたちの仲間にしようよ!」


ドロレスの提案に、マコトは一瞬驚いた。

そして、チラチラとセレナの方を見て少し顔を赤らめてこう言った。


「せ、拙者元々は武者修行の一人旅であった。しかしながら、共に龍のお告げで、出会った者同士、これも何かの縁でござろう。ぜひお供に加えていただきたく存じまする候」


と言い、深くガラにお辞儀をした。

ガラも確かにこれは不思議な縁だと思った。そして、遥か遠方から一人でここまで来たという事実が、彼の生存能力の高さを物語っていた。ガラは快く承諾した。

セレナは仲間が増えてとても楽しそうであった。


「マコちょん!よろしくな!」


「ま、ま、マコちょん…」


マコトは心の中で思った。女性は苦手であるが、いずれ自分も妻を娶る時が来るやも知れぬ。

これも武者修行の一環であると。

18歳になった彼の頭の中には、セレナの白い肌と露わになった胸が焼き付いて離れなかった。

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