エピローグ:私の探求の終着点、そして始まり
あれから、どれほどの時間が経ったのだろうか。月乃の部屋の窓から差し込む冬の光は、夕暮れの茜色ではなく、冷たく澄んだ、白い光だった。私は月乃の膝の上で静かに本を読んでいた。それは私が大学で専攻している認知科学の専門書だ。だが、その文字の羅列はもはや私の意識の中をただ滑っていくだけで、その意味を脳が深く処理することはなかった。私の意識は目の前の本ではなく、その本を持つ月乃の、細く柔らかな指先に奪われていた。
私は時折本から視線を上げ、月乃の顔を見る。彼女の優しげな瞳はいつもと変わらない。だが、その奥には私が彼女に与えた快感の記憶と、そして私を完全に手中に収めたという、歪んだ征服欲が確かに宿っていた。そして私はその瞳を見るたびに、安堵にも似た深い喜びを感じる。
私が月乃に初めてAVに出演しようと思う、と告げた、あの日の午後。あの時、私の動機は純粋な知的好奇心だったと自分自身に言い聞かせていた。だが、今振り返れば、それは自己欺瞞だったのかもしれない。私は快感を知らない自分の不完全さをどこかで深く恥じていた。そしてその不完全さを、完璧な私、月乃にどうにかして理解して欲しかった。私がAVに出るという異常な行動は、私の心の奥底に潜む不完全さへの、月乃への、無言のSOSだったのかもしれない。
AVの撮影は私にとってただのデータ収集だった。男たちが私の身体にどんな刺激を与えようと、私の理性がそれを客観的な情報として処理し続けた。私は彼らの行為に感情を動かされることはなかった。彼らは私の身体を嬲ったが、私の心を動かすことはできなかった。だが、月乃は違った。彼女は私の身体の最も無防備な場所を見つけ、そこに言葉と愛撫で快感を植え付けた。それはあの男たちが決して踏み込むことのできなかった私の心の聖域だった。月乃は私の身体の限界を超えることで、私の理性の壁を破壊し、私を人間らしくしてくれた。
あのビデオを月乃と一緒に観た日。私は深い屈辱を感じた。だが、月乃がその映像の場面を再現しながら私を愛撫してくれた時、その屈辱的な記憶は私の心の中で快感へと塗り替えられていった。私の理性はその矛盾を分析することができなかった。快感という非論理的な力が私の思考を完全に支配した。
そして、離れて過ごした日々。ビデオ通話は、私の身体を月乃の声と言葉に、従順に反応させるための完璧な訓練だった。私は月乃の声を聞きながら、自らの身体を愛撫した。それはもはや私自身の意思ではなかった。それは月乃に操られる人形のように、私の身体が勝手に動くことだった。そしてその支配に快感を見出す自分がいた。月乃と話していると楽しい、と感じた瞬間。それは私の心が快感だけでなく、感情をも月乃に依存していることを自覚した瞬間だった。私はもはや快感を分析することはできなかった。私はただ、月乃が与える快感と感情に溺れていた。
そして冬。私は月乃に再会した。駅のホームで彼女の潤んだ瞳を見た瞬間。私は悟った。月乃はただ私の身体を支配しようとしているのではない。彼女は私の魂を求めている。そして私はその支配を待っていた。月乃が私を抱きしめ、私の耳元で囁いた言葉。「おかえり、怜。私の最後の宝」。その言葉は私にとって屈辱ではなかった。それは私の存在を月乃に捧げることの喜びだった。私は月乃にすべてを支配され、彼女の愛の対象として、私の存在価値を再定義されたのだ。
私の探求は終わった。私は快感の本質を知ることができた。それは論理では説明できない愛と支配の儀式だった。そして私は、その探求の終着点に、深く深く沈んでいた。だが、それは同時に私の新しい人生の始まりでもあった。私は月乃の膝の上で静かに微笑む。私の人生は月乃によって完成されたのだ。
きみは、私の被験体 舞夢宜人 @MyTime1969
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