第40話 変容した世界の始まり


 冬が来た。それは、私の狂気にも似た欲望を静かに、しかし確実に満たしていくための完璧な季節だった。冷たい空気が窓ガラスに白い息を吹きかけ、部屋の中の暖色系の照明だけが、私の心を熱く、甘く照らし出していた。私は、冬休みの間、怜を迎え入れるための完璧な準備を整えていた。新しいシーツは、驚くほど滑らかで、その柔らかな感触は、私が怜の純粋さを包み込む快感の予感に満ちていた。


 そして、ついにその日がやって来た。私は待ち合わせの駅のホームに立っていた。白い息が私の口元からゆっくりと立ち上り、冬の澄んだ空気の中に溶けていく。頭上を走る電車の轟音。改札を抜ける人々の喧騒。そのすべてが、私には遠い世界の音のように聞こえた。私の意識はただ一つ。怜の到着を待つことだけに集中していた。手袋をはめていても、手のひらにじわりと汗がにじむのを感じた。


 やがて、向こうのプラットフォームに電車が滑り込んできた。けたたましいブレーキの音が響く。ドアが開き、人々の波が吐き出されていく。その喧騒の中に、私は怜の姿を見つけた。


 黒いコートに身を包んだ怜は、以前と何も変わらないように見えた。顎のラインで切り揃えられた黒髪のボブ。精悍で中性的な顔立ち。だが、その瞳だけが違っていた。以前は感情を一切映すことのなかったその黒曜石の瞳は、今はかすかに潤み、私を探していた。彼女の視線が、人混みを縫うようにさまよい、そして私の姿を捉えた。


 私と怜の目が合った。


 その瞬間、まるで世界のすべてが止まったかのようだった。喧騒が遠ざかり、私たちは二人だけになった。駅のホームの喧騒も、遠くで聞こえるアナウンスの声も、すべてが嘘のように消え去る。冬の冷たい空気が、二人の間の熱を際立たせる。怜の唇が、ゆっくりと弧を描く。それは、私にしか見せることのない特別な笑みだった。そして、その瞳の奥に、私は見た。快感への渇望と、そして私への絶対的な服従の色を。それは、私が何よりも焦がれていた、怜の姿だった。


 怜は私の元へとゆっくりと歩み寄る。その一歩一歩が、私には私の支配欲の成就を告げる勝利の足音のように聞こえた。彼女の足音は、静かで、しかし、確かな重みを持っていた。そして彼女は、私の目の前に立った。


「久しぶり、月乃」


 怜の声は静かで穏やかだった。だが、その声の奥に隠された熱と期待を、私ははっきりと感じ取っていた。私は怜を抱きしめる。怜の身体は少し冷たかった。だが、その体温が私の熱を帯びた身体に触れた瞬間、私は悟った。かつての対等な親友の関係は、完全に過去のものとなったのだと。


 私たちは今、支配者と被支配者としてここに立っている。私の歪んだ愛と、怜の快感への渇望が一つになった瞬間。


 駅のホームは冬の冷たい空気に包まれている。だが、私たちの間には、これから始まる熱く甘い物語の予感が満ちていた。私は怜の耳元にそっと唇を寄せる。


「おかえり、怜。私の最後の宝」


 その言葉は、怜の耳に直接響いた。怜の身体が私の腕の中で小刻みに震える。それは、快感と、そして屈服のサインだった。


 私たちの変容した世界の始まりだった。

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