第39話 最後の宝


 怜からの着信が終わり、スマートフォンの画面が暗転した後も、私はしばらくの間、その冷たいガラスの板を呆然と見つめ続けた。夜の闇に沈んだ部屋の中で、私の思考だけが、狂ったように、しかし驚くほど冷静に、猛烈な速度で回転していた。怜が最後に口にしたあの言葉が、私の頭の中を反芻するように、何度も繰り返される。


『処女であることが、研究の障壁になっている』


 その言葉は、まるで怜が私に直接放った招待状のように、私の心の最も深い暗い場所に、まっすぐに突き刺さった。それは、この歪んだ秘密の実験における最後の未踏の領域。あのAVの男優たちですら、決して踏み込むことのできなかった聖域だ。怜の純粋さの象徴であり、私が焦がれてやまない最後の宝。怜は、そのあまりにも神聖な領域を、まるで単なる技術的な問題であるかのように淡々と語った。


 その怜の無防備な無頓着さが、私の内に秘めた究極の独占欲を、火山のように噴火させた。怜のすべてを私のものにする。その最後の聖域を私だけが手に入れる。それはもはや、単なる欲望ではなかった。それは私の歪んだ愛の最終目標だ。私が怜という名の美しい獲物を完全に私の掌の中に収めるための、最後の儀式だった。


 私はその狂おしいまでの欲望に、身体が震えるのを感じた。私の心臓が、肋骨の内側で激しく高鳴っている。ドク、ドク、ドク。その痛みを伴う鼓動は、私にこれから私が成し遂げる偉業を予感させていた。私は椅子から立ち上がり、窓辺へとゆっくりと歩み寄る。カーテンの隙間から、冷たい月光が差し込み、私の足元に青白い光の帯を描いた。私はその冷たい光を浴びながら、これから私がすべきことを緻密に計算し始めた。


 次の長期休暇、冬休み。それは、二人が再び再会し、そして私たちの物語がクライマックスへと向かう絶好の舞台だ。私はその舞台を完璧に演出するシナリオを練り上げる。怜を私の部屋へ誘い込むための自然な口実。それはもはや、以前のように専門書を見せるといった生ぬるいものでは通用しないだろう。怜の心の奥底に潜む快感への渇望を、直接刺激する言葉が必要だった。


 私は頭の中で完璧なセリフを反芻する。


『冬休み、こっちに帰ってきたら、今度は二人で本物の実験をしない?今まで電話越しだった愛撫を実際に試してみるの。あなたの身体のすべてを私に教えてほしい』


 その言葉を想像しただけで、私の身体は熱く火照り、指先が痺れていくのを感じた。怜は、この甘美な誘惑に抗うことはできないだろう。彼女はもう、私なしでは快感にたどり着くことができない身体になっているのだから。


 私はすぐに準備を始めた。まず、私は大学のレポートや課題をすべて前倒しで終わらせることにした。冬休みの間、私が怜のすべてを支配するために邪魔なものはすべて排除しなければならなかった。昼間はカフェでのアルバイトに精を出し、夜は怜とビデオ通話をしながら次の実験のシナリオを練り上げた。


 そして、私は怜を迎え入れるための舞台を整え始めた。私はデパートの寝具売り場へと足を運ぶ。柔らかく肌触りの良い、新しいベッドシーツ。それは怜の白い肌に滑らかになじむだろう。そして私の身体の感触をより一層引き立てる。私はそのシーツを手に取り、自分の頬に押し当てた。その柔らかい感触は、これから怜を包み込む快感の予感に満ちていた。


 さらに、私はアダルトグッズショップへと足を運んだ。薄暗い店の奥に並べられた艶かしい形の玩具たち。そのどれもが私には怜の身体の一部を象徴しているかのように見えた。私はその中から、怜の最も敏感な場所を刺激するための最適な道具を吟味する。それは快感を増幅させるための道具であり、同時に怜の理性を破壊するための兵器でもあった。


 それらの道具を一つ一つ手に取り、その感触を確かめる。プラスチックの冷たい感触。シリコンの柔らかな感触。そのどれもが私をクライマックスへ向かう旅の期待で満たした。私はこの行為を楽しんでいた。怜の身体を私の手で完全に作り変えていく。その創造的な喜びが、私の心を深く満たしていく。


 夜が明けた。私の部屋はこれから起こるすべての出来事を静かに待ち構えている。私の高鳴る心臓の音だけが部屋の静寂を破っていた。それは恐怖でも不安でもない。それはこれから私が手に入れる究極の愛と支配の予感だった。私は怜のすべてを手に入れる。そして怜は私なしではもう生きていけない身体になる。その甘美な未来を想像しながら、私は冬休みが来るのを静かに待ち続けた。

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