第33話 ビデオの再検証
一夜を私の部屋で過ごした怜は、翌朝にはいつもの冷静さを取り戻していた。表面上は、だが。彼女が私の手によって、初めて得た快感の記憶は、彼女の心の奥深くに、確かに、しかし消し去ることのできない、甘い傷跡を残しているはずだった。それは彼女の探究心を、これまでとは全く違う、非論理的なベクトルへと向けさせていた。
私たちはローテーブルを挟んで、向き合って座っていた。朝の光が、カーテンの隙間から細い筋となって差し込み、テーブルの上に、温かくて、穏やかな、四角い光を投げかけている。その平和な光景は、昨夜の嵐が、まるで嘘だったかのように、この部屋に偽りの平穏をもたらしていた。だが、怜の視線が、時折、私の指先に、そして、私の唇に、吸い寄せられるように、一瞬だけ、熱を帯びるのを、私は見逃さなかった。
怜は、コーヒーカップを両手で包み込むように持っていた。その、白い陶器に反射する、彼女の、微かに潤んだ黒い瞳が、私の、次の言葉を、待っている。
「ねえ怜、過去のデータとの比較が必要だって、言ってたわよね」
私は、ごく自然な、しかし、意図的な、穏やかな声で、そう切り出した。私の言葉の意図を瞬時に察したのだろう。コーヒーカップを口に運ぶ手が、ぴたりと止まった。その薄い唇を、きつく結ぶ。それは、彼女が、この「共同研究」を、完全に割り切れてはいないことの、何よりの証拠だった。だが、彼女の理性が、その感情的な抵抗をすぐに押し込めていく。
「ああ、その通りだ。私の身体が、外部からの刺激にどのように反応するか、そのベースラインを明確に把握する必要がある」
その言葉は、まるで何事もなかったかのように、あまりにも平坦だった。私は、怜のその反応を、心の奥底で、愉悦に満ちた目で見守っていた。そして、ノートパソコンを彼女の前に置き、あの動画のページを開く。画面いっぱいに並んだ、けばけばしいサムネイル。そこから、怜が写っている動画を選び、私は再生ボタンを押した。
私たちはヘッドホンを二人で分け合い、怜の耳に直接、音声が届くようにする。映像が映し出された瞬間、怜の精悍な顔つきが、微かにこわばるのがわかった。そして、その透き通るように白い肌に、薄く朱が差した。
画面の中の怜は、台の上に拘束され、三人の男たちに陵辱されていた。私は、画面の中の男の指が動くのに合わせて、怜の腕に触れる。怜の肩が微かに強張った。その反応は、映像の中の彼女と寸分違わない。だが、今、私の手は、男たちとは違う、優しさと、そして確信に満ちていた。
「どう? このときの、この刺激……」
私の問いかけに、怜は、必死に言葉を探しているようだった。その混乱した様子が、私をさらに高揚させる。私は怜の首筋に顔を寄せ、その冷たい肌に自分の唇を押し当てた。怜の身体がびくりと震え、鳥肌が立ったのが分かった。
「……ッ、それは……やめてくれ……」
怜の声が、震えている。それは、私のせいだ。私が、彼女の過去を、今、この場所で、再現しているからだ。
「どうして? これは、データ収集よ。ほら、ちゃんと、映像の中のあなたの声を聞いて。何か、感じるでしょう?」
私は、怜の耳元に口を寄せ、囁いた。画面からは、絶頂の嵐の中で、怜が漏らした、くぐもった呻き声が、生々しく、流れてくる。
怜の、複雑な表情。画面の中の自分の喘ぎ声を聞く、その苦痛に歪んだ顔。そして、その、絶望的な光景を、隣で、冷徹に見つめている、私。過去の屈辱を、二人で共有する、この歪んだ共同作業。その事実は、怜にとって、あのAVの男たちにされた陵辱よりも、遥かに深い、精神的な苦痛を与えているはずだった。
私は、その苦痛を、愛おしいと感じていた。怜の、その表情は、私だけが、引き出せる、特別なものだからだ。この、汚れた過去を、私たちが、一緒に見ることによって、怜の心から、あの男たちの存在が、完全に消し去られる。そう信じて、私は、怜を抱きしめる腕に、さらに、力を込めた。
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