第29話 言葉による調教


 怜の身体の最も繊細な場所を、私は次々と探り当てた。それは、ただ肉体的な快感を追い求める行為ではなかった。それは怜という、完璧に論理で武装した存在の、その心の核心部分を、言葉と愛撫で解体していく精神的な調教だった。怜は、私の指が耳たぶを、首筋を、そしてその華奢な鎖骨のくぼみを、ゆっくりと辿っていく間、必死に理性を保とうと努めていた。固く閉じられた瞼。シーツを握りしめる、その指の白くなった関節。微動だにしない表情。だが、その鉄壁のポーカーフェイスのすぐ裏側で、彼女の身体は私の愛撫に正直で切実な反応を返していた。


 「怜は、ここが、弱いんだね」


 私は、その白く細い怜の指先を、もう一度手に取った。そして、その指の震える先端を、自分の舌でそっと濡らした。


 「……ッ、んん……」


 マスクに隠された、怜の口元から、くぐもった熱い吐息が漏れる。私は、そのわずかな、しかし確かな反応を見逃さなかった。


 「見て、身体はこんなに正直なのに。どうして、自分に、嘘をつくの?」


 私は、耳に届くか届かないかの、囁くような声で怜に語りかけた。それは憐れみでも嘲りでもない。ただ怜の、科学者としてのプライドと、人間としての感情の間に、深い溝を掘るための言葉だった。


 「データが取れないわ。そんな風に、全部我慢してしまったら」


 私はあくまで観察者としての、冷静な顔を装いながら、怜の耳元でそう囁いた。


 「声、出さなくちゃ。だって、それは立派な生体反応よ? 生理学的には、快感とは内臓感覚や、筋肉の収縮、それに伴う、声帯の振動によって客観的に測定することができる、現象なんだから。ね?」


 その言葉は、まるで呪文のように、怜の理性に深く突き刺さった。怜は今、私が放ったこの科学的な大義名分の前で、完全に身動きが取れなくなっていた。身体は、私の愛撫に快感のサインを送り続けている。だが、彼女のプライドは、それを声に出すことを断固として拒否している。その壮絶な攻防戦が、彼女の身体の微細で激しい震えとなって、私の手にひしひしと伝わってきた。


 私は、怜のその精神的な葛藤を愉悦に満ちた目で見守っていた。そして、その抵抗のすべてを打ち砕くために、最後の一撃を加えることにした。私は怜の身体から、一度顔を離した。そしてその潤んだ黒曜石の瞳を覗き込む。怜の、マスクに隠された、その瞳は恐怖と、戸惑いと、そしてかすかな快感の色を映し出していた。


 「怜。あなたを、こんな風に、ぐちゃぐちゃにできるのは。あの、AVの男たちなんかじゃない」


 私は、怜の頬にそっと手を添えた。


 「私だけよ」


 その、耳元での囁きは、怜の最後の理性の砦を、音を立てて崩壊させた。怜の身体が、私のその言葉によって、再び激しく震え上がる。彼女の瞳から、一筋、熱い涙がこぼれ落ちた。


 「……あ、つき、の……っ」


 その声は、もう科学者としての、冷静なものではなかった。それは、私の名前をただ呼ぶための、震える、弱々しい、懇願の声だった。


 その瞬間、私は自分が、怜を完全に支配したことを確信した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る