第28話 怜の弱点
私の指は、怜という名の、白く滑らかなキャンバスの上をさまよう。
それはもはや、単なる愛撫ではなかった。それは未知の大陸を探検する、探検家の指差しだった。あるいはまだ誰も解読したことのない、古代文書をなぞる考古学者の指先だった。私は怜の身体に隠された、秘密の言語を解き明かそうとしていた。
実験は続いていた。私はAVの男たちのように、ただやみくもに力を加えることはしなかった。むしろその逆だった。私はより弱く、より繊細な刺激を試していく。例えば怜の背骨の一つ一つを、指の腹でゆっくりと確認するように、なぞり下ろしていく。あるいは膝の裏の柔らかな窪みに、そっと息を吹きかけてみる。
そのたびに怜の身体は、微細なしかし確かな反応を示した。びくりと震える肩。きゅうと収縮する、ふくらはぎの筋肉。さあっと広がる鳥肌。それらすべてが私にとって、貴重なデータだった。そして何物にも代えがたい、快感の源だった。
「……奇妙だな」
不意に怜が呟いた。その声は平坦さを装ってはいるが、その奥に隠しきれない戸惑いの色が滲んでいる。
「強い刺激よりも、むしろ今のような予期できない微弱な刺激の方が、身体の不随意な反応を誘発しやすいようだ。これは面白い発見だ」
怜は自分自身の身体に起きている、その不可解な現象を、あくまで客観的に分析しようと努めていた。その健気なまでの科学者としての姿勢。それが私のサディスティックな心を、さらに昂らせた。
私は笑みを隠しながら、怜の髪に指を通した。その艶のある黒髪を、ゆっくりと梳いていく。そして私はついに、怜の最も無防備な場所へと、その探検の歩を進めた。
怜の論理的思考を司る、その頭脳に近い場所。耳。そしてうなじ。
情報を世界からインプットするための、その繊細な感覚器。指先。
それらの場所こそが、外部からの攻撃に対して最も守られていない、彼女のアキレス腱なのではないか。私はそう仮説を立てた。
私は怜の耳元にゆっくりと、顔を寄せた。そしてその小さな耳たぶを、唇でそっと食む。
「―――ッ!」
怜の身体が今までで一番、大きく跳ね上がった。それは痙攣と呼ぶべき、激しい震えだった。彼女の呼吸が、ひゅ、と音を立てて乱れる。
私はすぐさまその反応を、ノートに書き留めた。そしてさらに追撃する。今度は怜の指先を手に取った。その一本一本の指を、私の舌でゆっくりと舐め上げていく。爪の根元から、その先端まで。
「や……やめ……」
怜の口から初めて、明確な拒絶の言葉が漏れた。だがその声は、あまりにも弱々しくそして熱を帯びていた。
私はその反応に歓喜しながらも、あくまで冷静な観察者を装った。
「どうして?怜。これも貴重なデータだよ。指先の、末梢神経が、唾液の、水分と、温度に、どう反応するのか。記録しないと」
私の言葉に、怜は、ぐ、と息を詰まらせた。科学という、絶対的な、大義名分の前で、彼女は、反論することができない。
私は確信した。
怜の弱点はここだ。強い刺激ではない。論理では予測できない、じっくりとした愛撫。そして彼女が世界を認識するために使っている、その繊細な感覚器そのもの。そこを快感で満たしてやれば、彼女の論理は情報過多でショートするのだ。
それはまるで難解なパズルを解き明かしたかのような、知的な興奮だった。怜の身体の秘密。その設計図をこの世界の誰よりも先に、私だけが手に入れてしまった。その圧倒的な優越感に、私は酔いしれていた。あのビデオの男たちには、決して、たどり着けなかった、領域。私だけが、怜の、本当の、姿を、知っている。
首筋に、もう一度キスを落とす。怜のシャンプーの甘い香りが、私の理性を麻痺させていく。耳元で、囁く。
「……データ、取れてるよ、怜」
私の囁き声に、怜の肩がまた大きく震えた。その反応の一つ一つが、私の勝利を告げていた。
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