第27話 月乃のやり方
その日は来た。夏休みの、ある蒸し暑い午後のことだった。窓の外ではけたたましいほどの蝉時雨が降り注いでいる。私の部屋の遮光カーテンは固く閉ざされていた。そして外の世界のあまりにも明るい光と音を、完全に遮断していた。暖色系の間接照明だけが、部屋の中をぼんやりと照らし出している。それはまるでこれから始まる、秘密の儀式のための舞台のようだった。
怜は私のベッドの上に、静かに横たわっていた。その身体は私が用意した、清潔なバスローブ一枚を纏っているだけだ。その白い布地の下で、彼女の引き締まった身体のラインが微かに浮かび上がっている。怜の表情はいつもと変わらなかった。だがその固く結ばれた薄い唇と、シーツを微かに握りしめている指先が、彼女の内なる緊張を雄弁に物語っていた。
私は怜の傍らにゆっくりと腰を下ろした。私の手には一冊の大学ノートと、ペンが握られている。
「……じゃあ怜。これから第二の実験を始めるね」
私はできるだけ事務的な、冷静な声でそう告げた。医者が患者に語りかけるように。科学者が被験体に説明するように。
「前回の再現性の欠如。その最大の原因は、外部環境と観察者の不在によるコントロールの欠如にある。私はそう仮説を立てているわ。だから今回はまず、君の身体の基本的な感覚反応のベースラインを測定したい」
怜は何も言わずに、こくりと頷いた。彼女はもはや完全に、被験体としての役割に徹しようとしている。その健気なまでの姿が、私の内なるサディズムをぞくぞくと刺激した。
私はAVの男たちのように、いきなり彼女の急所を攻めるような野蛮な真似はしなかった。電マのような機械の力に、頼るつもりも毛頭ない。私のやり方はもっと繊細で、もっと緻密で、そしてもっと残酷なのだ。
「まずは触覚に関する基本的な反応を見るわ。私が君の身体の各部分に触れていく。その時の身体の微細な変化を、記録させてもらう。いいね?」
怜は再び小さく、頷いた。
私はまず、怜の左手にそっと触れた。その指先は少し冷たかった。私はその一本一本の指を、ゆっくりとなぞっていく。ピアニストのように長く美しい指。その爪の形。関節の感触。そのすべてを確かめるように、私の細く長い指が怜の肌の上を滑る。
怜の身体はぴくりとも動かない。
だが私は見逃さなかった。私の指が彼女の指の付け根、その水かきの部分に触れた瞬間に。怜の腕にさあっと、鳥肌が立つのを。
私はノートにペンを走らせた。『左手指間、鳥肌発生。交感神経の軽微な興奮か』。
次に私は怜の腕を、ゆっくりと撫で上げた。手首から肘へ、そして肩へ。その滑らかな肌の感触。その下に隠された、しなやかな筋肉の動き。私はまるで最高級の美術品を鑑定するかのように、その身体の隅々までを味わっていく。
「怜、今の刺激に対して、何か主観的な感覚の変化はある?」
私はあくまで、観察者として問いかけた。
「……特にない。ただの接触だと認識している」
怜の声は平坦だった。だがその声が、ほんの少しだけ掠れていることに私は気づいていた。
首筋に、指を這わせる。怜のシャンプーの甘い香りが、鼻腔をくすぐった。その白いうなじに、私はそっと唇を寄せた。そして舌の先端で、ぺろりと舐め上げた。
「……ッ!」
怜の肩がびくと、大きく震えた。彼女の呼吸が、一瞬だけ止まる。
私はすぐさま身体を離すと、再びノートに書き込んだ。『頸部への舌による刺激。強い驚愕反応。呼吸の一時停止を確認』。
そして私は、追い打ちをかけるように怜に問いかけた。
「今の反応は?これもただの接触?」
「……それは……」
怜が言葉に詰まる。その理性の揺らぎこそが、私の求めていたものだった。
「……予期しない湿性と温度の変化による、驚愕反射だ。それ以上でも、それ以下でもない」
怜は必死に論理で武装しようとしていた。その姿が愛おしくてたまらなかった。
私はこの行為を楽しんでいた。
怜の身体をまるで一枚の、まっさらなキャンバスに見立てて。そこに私の指先と舌で、私の欲望の色を塗り重ねていく。その創造的な喜びに、私の身体は熱く火照っていた。怜が私の手によって少しずつ、未知の領域へと導かれていく。その様子を観察することが、私にとって何物にも代えがたい興奮だったのだ。
これは陵辱ではない。これは科学だ。
私は自分自身にそう言い聞かせながら、次の刺激のポイントを探した。そしてその白いキャンバスの上に、再び指を滑らせていった。
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