第23話 再会の計画
夜明けの冷たく残酷な光が、私の部屋のすべてを白日の下に晒していた。私は鏡の前から離れると、夢遊病者のようにおぼつかない足取りでシャワールームへと向かった。熱い湯を、全身に浴びる。肌を赤くなるまで、何度も何度もこすった。昨夜の穢れを、洗い流すかのように。だが、無駄だった。お湯で温められた私の身体は、あの倒錯したオーガズムの記憶を、より鮮明に思い出させるだけだった。怜の絶叫と私の喘ぎが、シャワーの単調な水音に混じり合う。それらが私の頭の中で、何度も何度も再生された。
私はもはや、汚れを洗い流そうなどとは思わなかった。むしろ、その逆だった。私はこの新しく生まれ変わった、歪んだ自分自身を受け入れることにしたのだ。シャワーを終え、タオルで身体を拭きながら、私はこれから自分が何をすべきなのかを考え始めた。その思考は、驚くほど冷静で緻密だった。
狩りの時間だ。だが、狩人には周到な準備が必要だ。
怜に会わなければならない。夏休みが、最初の目標地点だった。あと二ヶ月もない。それまでに、完璧な計画を練り上げる必要があった。
私の武器はただ一つ。怜が私に対して抱いている絶対的な信頼だ。そして、私が怜について誰よりも深く知っているという事実も武器になる。あのAVの男たちは、怜の身体の弱点しか見つけ出すことができなかった。だが私は違う。私は怜の魂の弱点を知っている。それは彼女の純粋すぎるほどの知的好奇心だ。怜は未知で興味深い知識の前では、あまりにも無防備になる。私はそこを突くのだ。
その日から、私の生活は一変した。大学の講義は、もはや単位を取るためだけの作業となった。空き時間とアルバイトで稼いだなけなしの金は、すべて怜を罠にかけるための餌の準備に費やされた。
私はまず、怜が今大学で何を研究しているのかを探った。たまに彼女から送られてくる、無機質な研究報告のメール。その難解な専門用語の一つ一つを、インターネットで検索して意味を調べ上げる。認知科学、生理学、神経心理学。そのどれもが、私にとっては異国の呪文のようなものだった。だが、私は諦めなかった。
私は都心にある一番大きな専門書店へ足を運んだ。その埃っぽい静かな空間で、何時間も過ごした。怜が興味を示しそうな、最新の論文が掲載された学術雑誌。海外の、難解な専門書。そのどれもが今の私の財政状況では、あまりにも高価だった。私はためらうことなく、それらを何冊も購入した。昼食は、一日一食に減らした。それでも足りない金は、両
親に「サークルの合宿費用だ」と嘘をついて工面した。罪悪感など、もはやどこにもなかった。私の頭の中は、怜をどうやって私の部屋に誘い込むか、そのシナリオを練り上げる愉悦で満たされていた。
怜をどうやって誘うか。そして、どうやって始めるか。
私は来るべき再会の日のために、完璧な台本を書き上げた。認知科学の最新学説から、いかにして自然に「身体的反応」の話題へ繋げるか。そして、いかにして「共同研究」という甘美な言葉を囁くか。怜は、その言葉に決して抗うことができないだろう。その一言一句を、何度も何度も頭の中でシミュレーションする。その思考を巡らせる時間は、私にとって何物にも代えがたい興奮と高揚感をもたらした。怜を完全に私のコントロール下に置く。そのシナ基本的な役割: 意味の切れ目、誤読防止、文のリズムを整える。リオを練り上げる愉悦に、私は完全に酔いしれていた。
夏休みが近づいてきたある日の夜、私はついにその計画を実行に移すことにした。スマートフォンのメッセージアプリを開く。怜とのトーク画面。最後のやり取りは三週間前の、怜からの一方的な論文のURLだけだった。
私は深呼吸を一つした。心臓が高鳴る。だがそれはもはや、恐怖や不安によるものではなかった。それは狩人が獲物をその射程に捉えた時の、武者震いだった。
私は震える、しかし迷いのない指で、完璧に計算し尽くされた一文を打ち込んでいった。
『怜、久しぶり。夏休みの予定はどうなってる? 実は怜に見せたい本があるんだ。こっちに帰って来る時にでも、家に寄らない?』
送信ボタンを押す。メッセージが怜の元へと送られた。
私はただじっと、その画面を見つめていた。返信を待つ。私の仕掛けた甘い罠に彼女がかかる、その瞬間を。
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