第20話 壊れていく人形
終わりが、なかった。
怜の身体を襲う、快感と屈辱の嵐は、もはや、断続的な波ですらなかった。それは、決壊したダムの濁流のように、一切の緩急なく、ただ、ひたすらに、怜の、か弱く、そして、あまりにも敏感になってしまった身体へと、そのすべての、暴力的なまでのエネルギーを、叩きつけていた。
男たちの一人が、手にしていたのは、かつて、私が、怜を救おうとして、そして、惨めに失敗した、あの、電動マッサージ器と同種の、しかし、比較にならないほど、強力で、そして、無慈悲な機械だった。ブウウウウウウン、という、単調で、しかし、鼓膜を、そして、頭蓋骨そのものを、内側から圧迫するような、重く、低いモーター音。その、人間的な感情を一切介在させない、純粋な破壊の塊のような機械的な振動が、怜の身体の、もはや、快感と苦痛の区別さえ失ってしまったであろう一点に、容赦なく、押し付けられていた。
それは、もはや、絶頂の連鎖ですらなかった。怜の身体は、終わりのない、ただ一つの、巨大な絶頂の、その、最も高い頂点に、まるで、磔にでもされたかのように、張り付けにされていた。痙攣は、もはや、痙攣という言葉で表現できるような、生やさしいものではなかった。彼女の、しなやかだったはずの身体は、まるで、高圧電流にでも感電したかのように、台座の上で、激しく、小刻みに、そして、永続的に、震え続けていた。その、あまりにも激しい振動は、拘束された手足の、革のベルトを、ぶるぶると、千切れんばかりに震わせ、台座そのものさえもが、カタカタと、悲鳴のような軋み音を立てているほどだった。
男たちの間で、どのような会話があったのか、私にはもう、聞き取ることはできなかった。あるいは、彼らは、もはや、何も話してはいなかったのかもしれない。この光景は、彼らが当初想定していたであろう、「絶頂未経験の少女を開発する」という、筋書きの範疇を、とっくに、超えてしまっていた。これは、もはや、撮影ではない。これは、ただの、一方的な、人間性の、破壊行為だった。約束の回数。そんな、契約書の上にあったであろう、ちっぽけな取り決めなど、彼らの、剥き出しになった、純粋なサディズムの前では、何の意味も持たなかった。
そして、ついに。
怜の、最後の、最後の、理性の糸が、ぷつり、と、張り詰めすぎたヴァイオリンの弦のように、甲高い音を立てて、切れた。
マスクの、その、銀色の、冷たい仮面の隙間から、堰を切ったように、涙が、溢れ出した。一筋、二筋ではない。それは、まるで、泉のように、後から、後から、絶え間なく湧き出てきては、彼女の、苦悶に歪む、紅潮した頬を、伝い落ちていく。
「や……やめ……て……」
か細い、掠れた声。それは、懇願だった。あの、如月怜が。常に、冷静で、論理的で、何事にも動じなかった、あの怜が。今、見知らぬ男たちに、涙を流しながら、子供のように、助けを乞うている。
「おねが、い……もう、むり……だから……やめて、ください……ッ!」
その、悲痛な叫びは、しかし、男たちの、残虐な行為を、止めることはなかった。むしろ、その懇願が、彼らの、最後の、リミッターを、無慈悲に、外してしまったかのようだった。
「ああああああああああああああああああああああああああッ!」
怜の口から、もはや、言葉にはならない、絶叫が、ほとばしり出た。それは、快感の喘ぎ声などでは、断じてない。魂が、その根本から、引き裂かれるような、断末魔の、悲鳴だった。
月乃の知る、冷静沈着な、如月怜の姿は、完全に、破壊された。
私が、焦がれてやまなかった、その、崩壊の瞬間。
私は、その光景を、目の当たりにしていた。親友が、壊れていく様への、言いようのない恐怖。彼女を、こんな目に遭わせた、画面の中の男たちへの、強烈な嫉妬。そして、それら、すべての感情を、根こそぎ、飲み込んで、有り余るほどの、凄まじい、性的興奮が、私の、全身を、貫いた。
怜の、絶叫。
その、魂の叫びが、ヘッドホンを通して、私の脳髄を、直接、焼き切ったかのような、凄まじい衝撃。
その瞬間、私の身体もまた、怜と、全く同じように、椅子の上で、大きく、弓なりに、しなった。
「……ぁッ、……あ……ッ!」
怜の悲鳴と、私の、短い喘ぎ声が、暗い部屋の中で、歪に、重なる。画面の中で、涙と涎と、そして、得体の知れない液体に濡れて、壊れていく親友の姿。その、あまりにも、背徳的で、あまりにも、美しい光景を、目に焼き付けながら。私の身体は、一人きりの、このアパートの一室で、生まれて初めてとも言えるほどの、深く、そして、どうしようもなく、歪んだ、オーガズムの頂点に、達していた。
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