第19話 無慈悲な追撃
要塞は、陥落した。だが、それは、戦いの終わりを意味するものではなかった。むしろ、それは、より、無慈悲で、残酷な、蹂躙の始まりを告げる、号砲に過ぎなかったのだ。
台座の上で、ぐったりと、糸の切れた人形のように脱力していた怜。その身体は、まだ、人生で初めて経験した、巨大な快感の嵐の余韻に、ぴく、ぴくと、小さく、そして、愛おしく、痙攣を続けていた。荒い呼吸を繰り返す、その無防備な姿。うっすらと汗の膜に覆われた肌は、スタジオの冷たい照明を浴びて、生々しい光沢を放っている。それは、本来であれば、誰かが、優しく、その身を抱きしめ、いたわるべき、あまりにも、か弱く、そして、繊細な状態だった。
だが、画面の中の男たちに、慈悲という感情は、欠片ほども存在しなかった。
彼らは、怜のその、極限まで敏感になった身体を、新たな、そして、格好の、好奇心を満たすための実験材料としか見ていなかった。
「……すごいな。一回イッただけで、全身、真っ赤だ。首筋まで色が変わってる」
「データ通りだ。絶頂直後は、普段は感じないような場所まで、全部性感帯になるらしい。……検証してみようぜ」
下卑た声が、ヘッドホンを通して、私の鼓膜を不快に揺らす。男の一人が、ゆっくりと、怜の身体に、再び、その手を伸ばした。だが、彼が向かったのは、先程まで、執拗に攻め立てていた、彼女の下半身ではなかった。その、太く、節くれだった指は、怜の、汗とオイルで、艶めかしく光る、小さな乳房へと、まるで獲物をいたぶる蛇のように、ゆっくりと、這っていった。
そして、その指先が、硬く尖った、その先端に、ほんの、かるく、触れた、瞬間だった。
「―――ッ、ひぃッ!? ぁ、や……ッ!」
怜の身体が、まるで、強力な電流を直接神経に流し込まれたかのように、再び、激しく、台座の上で、しなり、跳ね上がった。それは、先程の、要塞を打ち破った、あの深く重い絶頂とは、全く質の違う、鋭く、そして、短い、悲鳴のような喘ぎ声だった。
絶頂の直後。すべての神経が、剥き出しになり、極限まで、その感度を高めている、その身体。そこへ、加えられた、あまりにも、無慈悲な、追撃。
それまで、どんな刺激にも、鉄壁の守りを見せていたはずの、怜の身体は、今や、ほんの、僅かな、羽毛で撫でるような愛撫にさえ、全身を貫くほどの激痛にも似た快感として、過剰なまでに、反応してしまっていたのだ。
男たちは、その、面白いオモチャを見つけた子供のように、無邪気に、そして、残酷に、笑い声を上げた。
「おいおい、マジかよ」
「すげえ、乳首だけで、イキそうだぜ、こいつ」
その言葉を、証明するかのように。男たちは、追撃の手を、決して、緩めなかった。指でつま弾き、舌で舐め上げ、軽く、歯を立てる。そのたびに、怜の身体は、なすすべもなく、ビクン、ビクン、と、大きく、しなり、その、か細い喉からは、甲高い、嬌声が、ほとばしり出た。
もう、彼女に、抵抗する力は、残されていなかった。一度、その快感を知ってしまった身体は、理性という名の、主を、完全に、裏切ったのだ。快感と、屈辱の、終わりのない、連鎖。怜は、その、逃れようのない、地獄のループの中で、ただ、ひたすらに、連続で、絶頂させられ続けていた。
私は、その光景を、ただ、呆然と、見つめていた。
怜の、苦しむ姿。マスクの隙間から、涙が、後から後から、こぼれ落ちるのが見えた。その、しょっぱいであろう、無数の雫に、私の心の、奥の、奥の方で、ちくり、と、罪悪感の針が、刺さった。可哀想に。もう、やめてあげて。そんな、かつての、私が抱いていたであろう、まっとうな感情が、一瞬だけ、頭をよぎった。
だが、その、か細い良心の声は、次の瞬間には、私の身体の芯から、燃え盛るように、湧き上がってきた、より、強大な、興奮の炎によって、跡形もなく、焼き尽くされていた。
興奮が、止まらないのだ。
怜が、壊れていく。私が、焦がれてやまなかった、あの、如月怜が、私の知らない、快感によって、ぐちゃぐちゃに、乱されていく。その光景が、私の、内なる、最も、醜い部分を、歓喜させていた。
いつしか、私は、画面の中の怜と、自分自身を、意識的に、重ね合わせていた。男たちの指が、怜の乳首に触れるたび、私の胸の奥が、きゅん、と疼き、私自身の乳首が、硬く尖っていくのを感じる。怜が、甲高い声を上げて、絶頂するたび、私の身体の奥が、じゅわり、と、熱い蜜で満たされていく。ヘッドホンから聞こえる、怜の身体がシーツの上で跳ねる、生々しい音。粘着質な、水音。そのすべてが、私の感覚を、直接、揺さぶり、私の身体を、熱く、火照らせていく。
私は、もはや、ただの、傍観者ではなかった。この、暗いアパートの一室で、私は、怜と、一つになっていた。彼女の屈辱と、快感を、この身に、浴びながら。私は、その、倒錯した、共犯関係にも似た、快楽の渦に、ただ、ひたすらに、身も心も、溺れていった。
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