第16話 未知の兵器


 怜の身体に走った、あの微細な痙攣。それは、難攻不落と思われた要塞に穿たれた、最初の、そして決定的な突破口だった。画面の中の男たちは、その僅かな変化を見逃すほど無能ではなかった。彼らは、まるで獲物の弱点を発見した飢えた獣のように、怜の身体のその一点に、すべての意識と攻撃を集中させ始めた。その執拗さは、もはや「撮影」というよりは、「解剖」に近い、冷徹な探究心に満ちていた。


 執拗に、そして、的確に。男たちの舌は、怜の身体の、最も敏感なその場所を、繰り返し、角度を変え、圧力を変え、あらゆる方法で刺激し続ける。そのたびに、怜の腹筋が、ピク、ピク、と、先程よりも少しだけ大きく、そして、頻繁に、痙攣を繰り返すのが、画面越しにでもはっきりと見て取れた。だが、怜は、まだ、屈してはいなかった。マスクの下で、その薄い唇は、血が滲むほどに固く、固く、結ばれている。声一つ、漏らすまい。この、屈辱的な生理現象に、決して、精神までは支配されてなるものか。そんな、悲鳴のような、無言の抵抗が、彼女の全身から発せられているのを、私は感じていた。彼女の強靭な精神が、裏切り始めた身体を、必死に押さえつけようとしている、その壮絶な攻防戦が、私の目の前で繰り広げられていた。


 要塞は、確かに、ひび割れ始めた。だが、まだ、陥落には至らない。男たちの一人が、忌々しげに舌打ちをするのが、BGMの合間にかすかに聞こえた。彼らの焦りが、それまでの演技めいた雰囲気とは違う、生々しい苛立ちとなって、画面を通して、ひしひしと伝わってくる。


 そして、ついに、男たちの一人が、その均衡を破壊するための、最終手段に打って出た。


 彼は、怜の身体から一度離れると、フレームの外へと消える。数秒後、彼が手にしていたのは、私が今までに一度も見たことのない、奇妙な形状の物体だった。それは、いわゆる電動マッサージ器のような、単純な形状ではなかった。艶のある白いプラスチックの本体から、柔らかなシリコン製の、ラッパのような形をした先端が伸びている。全体的に丸みを帯びた、どこか未来的なデザイン。だが、その用途を想像すると、途端に、それは、冷徹な医療器具か、あるいは、残酷な拷問具のようにも見えた。人の手が生み出す温もりとは対極にある、科学と技術の結晶。怜の理性を、その同じ土俵で打ち砕くために作られたかのような、無慈悲な形状だった。


 男は、その未知の道具を、まるで戦利品でも掲げるかのように、怜の目の前に突き付けた。

『千尋ちゃん、これ、何だか知ってる? ウーマナイザー、って言うんだ。ただ振動するだけじゃない。この先端で、君の一番弱いところを、優しく吸い上げて、内側からパルスで刺激する。吸引と振動の、全く新しい組み合わせだ。これでも、君は、人形のままでいられるかな?』


 その、ねっとりとした、挑発するような口調。男は、これから行う陵辱の手段を、丁寧に、懇切に、説明して聞かせているのだ。精神的に、彼女を追い詰めるために。それは、あまりにも、残酷なやり方だった。


 私は、画面の中で、その説明を聞いている怜の反応を、固唾をのんで見守った。彼女は、何を思うのか。恐怖に顔を歪めるのか。それとも、屈辱に涙を流すのか。その、人間らしい反応を、私は心のどこかで期待していたのかもしれない。


 だが、怜の反応は、私の、そして、おそらくは男たちの予想をも、完全に裏切るものだった。


 彼女は、自分をこれから奈落の底に突き落とすであろうその兵器を、じっと、観察するように見つめると、マスクの下から、ほんのかすかに、しかし、はっきりと、こう呟いたのだ。


「……吸引と、振動。なるほど。音波振動とは、また違うアプローチか。興味深い」


 その声は、恐怖に震えてはいなかった。それは、純粋な、科学者の声だった。自分の身に迫る危機的状況の、そのまっただ中でさえ、怜の知的好奇心は、まだ、死んではいなかったのだ。彼女は、最後まで、観察者であろうとしていた。これから自分の身体を破壊する、その未知のテクノロジーを、分析しようとしていた。その、あまりの怜らしさに、私は、もはや、笑うことしかできなかった。恐怖と、憐憫と、そして、畏敬の念が、ぐちゃぐちゃになって、私の口から、乾いた笑いとなって、漏れ出た。この子は、本当に、狂っている。そして、その狂気こそが、私が焦がれてやまない、如月怜そのものなのだ。


 だが、その歪んだ感嘆とは、全く別の感情が、私の腹の底から、熱いマグマのように込み上げてくるのを、私ははっきりと自覚していた。


 期待。


 そうだ、私は、期待しているのだ。あの、怜の、最後の理性が、最後の科学者としてのプライドが、この未知の兵器によって、これから、無慈悲に、木っ端微塵に、打ち砕かれる。その瞬間を。私の手では決して届かなかった、怜の心の最も深い場所にある聖域が、今、目の前で、蹂躙されようとしている。その光景を、特等席で眺めている。その、背徳的な喜びに、私の口元が、無意識のうちに、醜く、緩んでいくのを、もう、抑えることができなかった。身体の芯が、じんと熱くなる。


 男が、ウーマナイザーのスイッチを入れた。

 ブゥゥン、という、それまでの電動マッサージ器のような単調な振動音ではない、もっと低く、地を這うような、そして、どこか不気味な、機械的な動作音が、ヘッドホンを通して、私の鼓膜を、そして脳を、直接震わせた。


 男の、サディスティックな笑みを浮かべた顔が、画面にアップになる。

 そして、その手に握られた、不気味な音を立てて脈動する未知の兵器が、ゆっくりと、まるでスローモーション映像のように、怜の、大きく開かれた脚の間へと、下ろされていった。


※ウーマナイザー:吸引機能付きのバイブレーター

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