第14話 無反応の要塞
画面の暗転は、ほんの数秒だった。だが、その漆黒の闇の中で、私の心臓は、まるで落下するエレベーターのように、急速に冷たい場所へと落ちていく感覚に襲われた。次に、この目に映し出される光景が、もはや取り返しのつかない、決定的なものであることを、私は本能的に理解していた。ごくり、と乾いた喉を鳴らす。ヘッドホンの中で、自分の唾を飲み下す音だけが、やけに大きく響いた。
やがて、画面に、再び光が灯る。
そこは、先程の殺風景な事務所とは全く違う、異質な空間だった。部屋の中央に、黒いレザー張りの、診察台のような台座が一つ、ぽつんと置かれている。壁も、床も、すべてが黒で統一され、天井に設置された無機質な照明だけが、その台座の上を、手術室のように、冷たく、そして無慈悲に照らし出していた。
そして、その台座の上に、怜がいた。
彼女は、裸だった。あの、私が焦がれてやまない、引き締まった、しなやかな身体が、一切の衣類を纏わない、無防備な状態で、そこに横たえられていた。銀色のマスクだけが、かろうじて彼女の顔の上半分を覆い隠している。両の手首と足首は、台座に固定された黒い革のベルトで、乱暴に拘束されていた。その光景は、もはや私の知っている親友の姿ではなかった。それは、これから始まる「実験」のために、まな板の上に載せられた、名もなき検体そのものだった。
私の呼吸が、止まった。画面の中の怜の姿を、ただ、凝視する。怜は、微動だにしなかった。その身体は、まるで、寸分の狂いもなく設計された、美しい彫像のように、静かに、そこに存在していた。恐怖に震える様子も、屈辱に身を捩る気配もない。その、あまりにも凛とした佇まいは、この異常な状況において、ひどく、ひどく、場違いに見えた。
やがて、画面の左右から、影のように、三人の男たちが現れた。彼らは、怜の身体を、まるで品定めでもするかのように、無遠慮な視線で眺め回し、そして、何事か、ぼそぼそと囁き合っている。ヘッドホンからは、映像に被せられた、単調で、無機質なシンセサイザーのBGMが流れ始め、その不快な電子音が、私の鼓膜をじわじわと侵食していく。
. 男の一人が、怜の脚に触れた。その指が、足首から、ふくらはぎ、そして太ももへと、ゆっくりと、しかし、粘つくように這い上がっていく。私は、自分の身体が、まるで氷漬けにでもされたかのように、硬直していくのを感じた。見てはいけない。これ以上は、見てはいけない。そう、頭の中で、誰かが必死に叫んでいる。だが、私の目は、金縛りにあったかのように、画面から、一瞬たりとも、逸らすことができなかった。
男たちの愛撫は、次第に、大胆になっていく。二人目の男が、怜の平坦な腹部を、三人目の男が、その小さな乳房を、弄り始めた。彼らの指が、怜の透き通るように白い肌の上を滑る、生々しい摩擦音が、ヘッドホンを通して、私の耳に直接届く。さらには、男たちの舌が、まるで蛇のように、怜のうなじや、耳たぶ、そして、鎖骨の窪みを、執拗に舐め上げていく。
それでも、怜は、全く反応を示さなかった。
その姿は、かつて、私の部屋で、私が祖父の電動マッサージ器を当てた時と、全く同じだった。どんな刺激を与えられても、決して揺らぐことのない、鉄壁の要塞。男たちの舌が、その白い肌の上をどれだけ這い回ろうとも、彼女の、凛とした姿勢は、少しも崩れることはない。マスクの下の、固く結ばれた薄い唇は、抵抗も、懇願も、そして、悦びも、その一切を、拒絶していた。
その、あまりの強さに、私は、不謹慎にも、安堵している自分に気づいた。そうだ、怜は、こんなことでは、決して屈しない。お前たちのような、素性の知れない男たちに、怜の心が、身体が、支配されてたまるものか。そんな、歪んだ誇りのような感情が、胸の内に、ふつふつと湧き上がってくる。
だが、その安堵感と、全く同時に。
私の心の、最も暗く、冷たい場所で、別の欲望が、鎌首をもたげていた。
もっと、怜の、違う顔が見たい。
この、鉄壁の要塞が、崩れ落ちる瞬間を、見てみたい。
怜が、このまま、何も感じなければいい。そう、必死に願いながら、その全く逆の結末を、心のどこかで、期待してしまっている、矛盾した自分がいた。私は、自分の内側に潜む、そのおぞましい欲望に気づきながらも、ただ、画面の中で繰り広げられる、一方的な陵辱の光景を、息を詰めて、見つめ続けることしかできなかった。
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