バイビー・バディ・ボディ・ベイビー
ダンジョン探索から数日が経ち、俺は大剣女の運転する車の助手席に乗っている。
「美鈴さんの葬式、終わったね。死体の一部を親御さんにお連れできて、良かったよ、ホント」
「最後のお別れ、出来たら良かったんですけどね」
葬儀に参列して欲しいと面と向かって頼まれた時は……
美鈴は俺たちが殺したようなもんだし、さすがの俺も断ろうと思ったが。
『是非、来てください……美鈴の仇を、あの子の最期を見たお二人にも、ぜひ』
美鈴の母親に、目の前で泣きながら頼まれたのだから行くしかない。
それが普通だ。
「……青になったらコンビニ寄ってもらっても?」
信号はさっきからずっと赤。葬式帰りで気まずいのもあって、あまり気分は上がらない。
黒はしんみりするから嫌いになっちゃった。
「ねぇ、コンビニで何を買うの?」
俺は座席を倒していた。今さら姿勢を上げるのも面倒なので、横目で大剣女をチラリ。
……今だにこの人の名前、聞けてないんだよな。
冒険者登録のゴタゴタで、ほとんど家で書類書いてたし。
先輩の冒険者、そしていつでも俺を殺せる人の名前は聞いておきたい。
「チーハンですよ。探索の時の討伐報酬で、それなりに金もらったんで……その、名前、」
「──君の香典、受け付けの人が引いちゃうくらい分厚かったもんね。私はお茶、奢ってほしいな」
俺の声を遮った? しかも街中で普通に運転してるし。
「分かりました……青になりましたよ」
あれから少し。
窓を指でなぞりながら、ぼけっと夕焼けを眺めていると、
「コンビニあったね。まだ冷凍ハンバーグ食べたい?」
先にコンビニを見つけたのは、大剣女だったらしい。
……何言ってんだ、コイツ。
「食べたいに決まってるでしょ」
大剣女は俺を見てニマニマと笑ったあと、
「お腹空いてるからってカリカリしないでくださいよ。それじゃあ、駐車場に入りまーす。車体をガリっと削らないよう、祈ってね」
「なんか外でガリガリ鳴ってますよ」
まぁ、ごちゃごちゃ言うことじゃないか。人をひいたわけじゃないし。
アレ、マジで痛いからな。
「それじゃ、行ってくるんで……あ、経費になんとか──」
「逃げたら、君を魔物と見なして殺す」
落とされた。
振り返れば大剣女が、
「ど、は? ……なんで?」
「──100年前の戦争で、日本は点在していた五つのダンジョンのうち、三つのコアを破壊することに成功した。ここまでは良い?」
女の表情も、眉間に突きつけられた銃口と同じくらい険しい。
「大丈夫です。知ってますよ」
刺激しないよう、両手を上げながら首を縦に振る。
さすがに、眉間に弾丸をぶち込まれたら死ぬかもしれない。
「本当は破壊されていないの。二つを合衆国に差し出し、残りの一つを日本が資源として隠し持っている。──君には、コアを破壊する手伝いをして欲しい」
「え? じゃあ、日本のどこに……?」
大剣女は、空いている手の中指で下を指した。
「ここ、私たちが呑気に住んでる、この都市の何処か」
……は? そんなの誰にも聞いてないんだが。
──コアの破壊?!
いっ、いったん落ち着かないと。
どうにか、この女を殴ってでもここから……!
『あのね、田中くん。おじさんポリスメンからの人生のアドバイスだけど──人を殴ったりしたらダメだよ』
なんで、よりによって、ここで普通を思い出す。
「……街中で銃を抜いたら、問題になるんじゃ?」
「襲われたから殺しただけだよ」
──鉄の軽い音で、俺の体はビクリと震えた。
隣の車には、子供が残っている。
もし銃弾が貫通したら、あの子はどうなる?
「話しに集中、してますよ」
「なら良かった。人殺しはしたくないんだ。私の正義は融通がきくけどね」
よくよく考えれば、逃げ出したところで魔物として殺されるだけだ。
今の俺に、拒否権はない。
魔力持ちの人生は辛いな。
「質問、良いですか? ──洞穴にコアがあるんじゃ?」
さっきからこの街の何処かと、コアの居場所がはっきりしない。
仮にコアが破壊されていないとしても、一番可能性があるのはやはりダンジョン。
考えれば考えるほど、ネットの陰謀論が頭をよぎるな。
「私もね、君と同じで移ってきたんだ。地元は魔物に壊されたから」
女の顔は、怒りに染まっている。
美人を怒らされたら怖いと言うが、本当のことらしい。
「可能性は低いよ。あの洞穴からコアが移動していないのなら、この都市はとっくに滅んでいる。奴らにも──守るべきものがあるからね」
守るべきもの、コアのことか。
「……目的は魔物への復讐ですか? だったら、協会に報告して、」
「信用出来ない。金に目が眩んだ馬鹿ばっか。手伝うの? 手伝わないの? 手伝うなら、なんでもやったげる」
女は銃を放り投げ、両の手のひらを窓にぴとりとくっつける。
完全に逃げ場をなくした。こっちの方が不味い。
……男心的に。
「美鈴さんを使って、君を復讐者にしてごめんなさい。お願い。どうしても、一郎君に助けて欲しいの」
──なりゆきで冒険者になってしまったけど、本当に普通に生きたい。
人を傷つけず。特別なことなんて、別に。
「私の名前、
「おやすみなさい。気をつけて」
空いた窓からサムズアップを俺に見せつけながら、春夏さんの車は夜の街に消えていく。
走り去る車に振る俺の右腕は、妙に震えていた。
力を貸すと、言ってしまった。
「家に帰るか。疲れた」
振り返ればボロアパート。
俺の住んでいる場所だ。
……ここに住んでるって伝えたっけ?
まぁ、協会に提出した住民票から割ったんだろ。
「うん。もう、考えたくない」
階段を登り終え、俺は自分の部屋の目の前に居る。
「鍵〜カギ〜かぎちゃん何処だ〜」
……魔物に復讐するのは、美鈴を助けられなかったのだから当たり前だと思う。
魔物がバケモノなせいで、魔力持ちもバケモノ扱いされるワケだし。
そして贖罪になる、気がする。
コアを破壊し魔物を皆殺しにすれば、迷惑をかけたバイト先、ラーメン屋の人達に。
あとは、なんだ?
俺の意思で戦う理由は他に何がある?
「──アレ、植木鉢の下に隠してたのに、鍵がない……」
背中に嫌な汗を感じながら立ち上がる。
扉の向こうから、物音はしない。
ビニール袋のガサゴソ音が、とても不快だ。
「ふぅ、開けよう。いまさらだ。泥棒にビビるなんて」
ドアノブを手に取って、回す。
がちゃり。
今日は大事な日だからちゃんと過ごそうと思って、何度も確認したのを覚えている。
だから、鍵が開いているのはおかしい。確定で黒だ。
勢いよく扉を開け、部屋の中に入る。
「おい! 誰かいるのか?! 俺は冒険者だ!! 痛い目にあいたくなかったらッ?!」
玄関に──包丁を持った女が居る。
やけに鈍く光る包丁だ。
春夏さんが持つ大剣の、それのような──
「待て?! 何をする気だッ?!」
「命令なんです! こんばんは、さようなら!!」
床の軋み、視界いっぱいの女の顔。
「痛った……!」
俺の心臓は、侵入者──目の前の女に貫かれた。
包丁は俺の体を刺し、通し、ぐりぐりと肉を抉る。
感じられる明確な殺意。
視界は色褪せ、痛みの塊のように、口から血が吹きこぼれる。
まぁ、別に死にはしないけど。
「急になに? ──死なないからさぁ?! 包丁で胸をぐりぐり抉るの辞めてくんない?」
「うぇ、あ、え?! 化け物だ?!」
強盗殺人の方が普通にバケモンだろ……
足下がおぼつかない。
後ろに倒れ込み、その反動で包丁を引き抜いた。
ズキズキする。それに胸のポケット辺りで震えが、
「──田中です。もしもし、他に伝えることでもありました? 俺は今、ガフッ?! ……強盗に襲われてて」
電話の相手は春夏さん。
丁度良かった。
「強盗じゃないです、暗殺者です!! 早く死んでください!!」
「イテテ、暴れんな、この……」
力が強い……!
このままだとまた刺される。
イカれっぷり、馬鹿力、間違いなくこのチビは魔力持ちだ。
「お前、腕がナイフになってるじゃねぇか?!」
「ひょえ?! 急に叫ばないで!!」
い、今すぐ協会に身柄を引き渡さないと……!
「家に魔力持ちの激ヤバ女が、──早く助けに!!」
電話の向こうでクスクスと笑い声が聞こえる。
何か、楽しいことでも始まったかのような。
「そっかそっか、ごめんね。その子が今日から、君の相棒──バディだから、仲良くしてね」
……はい?
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