死んじゃった、ごめんごめん
大剣女の指すダンジョンとは、洞穴の中で間違いないようだった。
……どうやって洞穴を降りるんだ? ロープとか持ってないぞ?
よくよく考えたら、誰も荷物を背負っていない。
三人で仲良く散歩、みたいな軽い感じだ。
「どうやって探索するんだ? ……日帰り?」
索敵をしながら、足りない頭でこれからどう動くのか考えていると、
「思ってたより強すぎて怖いな……田中君、なんでこの辺りが荒廃してるのか、学校で習いました?」
「そりゃあ、習いましたけど」
大剣女は、魔物の返り血で緑に染まった髪をゴムで縛りながら、
──なんで今さら? こんな所で常識テストを?
「戦争があったんですよね? コアをぶっ壊せば、ダンジョンは魔物を増やせないから」
「そこら辺の常識はあるんだ……!」
「失礼な。学校の授業、ちゃんと受けてたんですから!」
ざっと、100年前。
当時の日本政府は合衆国の協力の下、魔物に大規模な戦争を仕掛けた。
……残念ながら、敗北して今に至るが。
「ハァ、ずいぶん吐いちゃったわ。──貴方たち、スプラッタを撮りに来たワケじゃないのよ?」
戦闘中に魔物の内臓がうっかり口に入ったらしく、ゲロを吐いていた美鈴が、ハンカチで口を拭きながら戻ってきた。
「美鈴、大丈夫か? ゲロを吐きたいならまだ、全然待つぞ?」
「大丈夫。──とっとと移動しましょ。血の匂いに釣られて他のエキストラがやって来るわ」
「そうですね。田中君、お話の続きは明日があったらその時に」
ダンジョンに辿り着くまで800メートルちょいとはいえ、魔物に襲われながらだと結構な距離に感じる。
一息つけるって、こんなに良いもんなんだな。
「……車で行った方が良かったんじゃないですか?──そういや、美鈴はどうやってここまで来たんだ?」
車だよな? バスが走っているわけないし。
「担任が車でここまで送ってくれたの。私を貴方たちと会った場所の近くに降ろしたら、慌てて帰っちゃったけどね」
「車が魔物に破壊されてしまったら、帰還できませんからね」
「その時は這ってでも帰るわ! この研修を乗り越えれば、めでたく卒業。冒険者になれるんだからね!!」
「……立東担当官の車は大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ美鈴さん。この土地は私たち──冒険者の物ですので」
ふーん、魔物だ。デカいカマキリがこっちに来る。
二人ともまだ休みたいだろうし、俺が殺すか。
俺からカマキリに挨拶しに行っても良いけど、離れすぎると二人に怒られるし。……このくらいか?
拳を軽く握り、構える。
それで充分、これで殺せる。
「必殺──オーバー2・ウェルムストレート」
ヤツはもう、俺の間合いに入っている。
カマキリの振り上げる鎌は硬く、重く、鋭い。かち合う流れで俺を斬り捨てるつもりだろう。
躱せば良い。俺の方が速い。
「キシャァァアア!!」
「鎌、二振り──チョキみたいなもんか。グーで死ねや」
カマキリが繰り出す二度の斬撃を半回転で交わしきり、胴に腰を据えて一発。
緑の死神は、俺の拳で弾けてパーになった。
「──つまり、洞穴の魔物が都市に侵攻してこないのは、人間には勝てないと、戦争のおかげで脳裏に刻み込まれているかなんです」
美鈴と大剣女は、仲良く会話を続けている。
どっちも最初はウザいヤツだと思ってたけど、イイヤツそうで良かった。
「ふうん。本当に私たちにビビってるんだ。にしては、道中たくさん襲ってくるけど」
「ふふ。ここの魔物は他のダンジョンと比べると大人しいんですよ。コアを壊されているからでしょうね」
てことはアレか、血生臭かったのはここら辺に留まって共食いしてたからか。
……チッ。俺もハンカチを持って来るべきだったな。
体中、返り血でべっちゃべっちゃだ。
「どうも。要はチーハン食えなくなったから、食うのを辞めるってことでしょ?」
「それは食べ終わっただけでは? ──お疲れ様です。強いね、本当。私がつい、歴史の事業をしたくなるくらいに」
「貴方、強すぎない? 一撃で魔物を倒すなんて……こっちは楽できるから助かるけど」
話は終わったらしく、二人とも腕を組みながら俺を見ている。
「まぁな。──はい? なんで、歴史の授業を?」
「ふふ。君は思ったとおり、特別みたいだから。ついつい普通にしたくなっちゃう。良かったら、これ使って」
大剣女が微笑みながら、俺にハンカチを差し出してきたので受け取った。
「ありがとうございます」
よく見りゃ血がついてるけど、まぁ良いか。
顔を拭くと鉄錆に混じって、車の匂いがした。
「──ここまでかな。二人とも、休みませんか?」」
ダンジョンまであとほんの少しという所で、先導していた大剣女が急に立ち止まった。
「ハァ、ハァ、……どうしたんですか? 立東担当官。まだ、半分も距離がありますよ?」
美鈴は手で顔を仰ぎながら、疲れきった声を上げる。
流石に俺も疲れた。足下の小石が震えて見える。
「違うぜ! もう、半分だ。頑張ろうな美鈴。ダンジョン探索は、まだ始まったばかりだぜ?」
……やっぱり、さっきから地面が揺れてね?
「──ごめんね、二人とも。死んだらごめん」
は? 今なんて──
「何? 地面が──しまった魔物が!! ガフッ?!」
美鈴の足元が一瞬、地面に吸い込まれるように沈む──俺は、助けを求める美鈴の手を掴もうとして、バキバキぐちゃぐちゃ、べちゃり。
──踏み込みが浅かった。地面がヤツの反動で震えていたから間に合わなかった。
「テメェ、ミミズ野郎。良くも殺したなァ!! せっかく仲良くなれそうだったのによォ!!」
俺がほんの少しでも速く跳べたら、目の前で美鈴は挽き肉にならずにすんだ。
「あーあ、ざんねん。死んじゃいましたね美鈴さん。……怒られるだろうなぁ」
大剣女は無事だったようだ。
俺の少し後ろで、呑気にマスクをつけてやがる。
「この魔物の名はデスワーム。でかいだけのミミズです」
「見りゃ分かる。ぜってぇ殺すわ。許さねェ……!」
俺の正面で、血よりもドス黒い。
電柱を締め壊せそうなほどに大きなミミズが震えている。
「今回の探索は、この魔物を倒して切り上げましょう」
女は大剣を構え、俺に先に攻めろと目配せる。随分と余裕のある目つきだ。
……チッ。
俺の視界を遮るように、
「上からかよ……!」
空に舞う砂を両手でかき消すと、ミミズの巨体が俺に向かって倒れ込んでいた。
「ガッ! ぎっギギギ……!」
両手を使って押し返しても、余りに質量が違いすぎる。
このままだと、潰される!
そうなる前に指で肉を突き破って、ぐちゃぐちゃに掻き回してやる……!
「腹ぶん殴って、上にぶっ飛ばす!! その次は血祭りだから覚悟しろよ!!」
「いえ、田中君。そのままで──標的視認。斬殺許可」
ここから少し離れた大岩の上で、女は大剣を空に浮かび上がらせていた。
「声が頭に響くのは、昨日のマスクか……」
そりゃ良いが、俺にもなにか──
「オーバー1・ウェルムスラッシュ」
女の呼びかけに答え、浮いていた大剣が浮遊する。
ゆらゆらと、……あ、コレか。俺をぶった斬った技は。
「下に参ります〜君は巻き込まないから安心してね」
あの時のように視界が白く弾けると。
今での比じゃないくらいの凄まじい衝撃が腰から足を駆け抜けた。
巨大な肉塊──ミミズの頭が落ちてくる。
「戦いは終わりました。本当に力持ちですね。狙いやすくて助かりました」
「ミミズは、殺せたんだろうな? 」
「もちろん。頭を完全に破壊したので、それでは車に戻りましょうか。──研修はこれにて終了です」
……なんだか、どっと疲れた。
持ち上げていたミミズの死体を放りなげ、大の字になる。
投げた衝撃で、砂埃が口に入ってまずい。
「美鈴、死んじゃった……」
──誰かを助けたいのなら、正しい形で力を使わないと誰も守れない……!
「冒険者協会に戻ったら、書類を受け取ってください。そのあとは、美鈴さん死んじゃったので上からの事情聴取ですね」
「今日やること……?」
女は、マスクを外しながら俺の顔を覗き込むと、
「この仕事、けっこうブラックなので」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます