終わりの始まり、仕組まれている
外で春夏さんの到着を待つ間、俺は暇を潰していた。
「ふーん、このガチャ、課金しないと引けないのか」
最近のスマホゲームって、面白いな。
この擬人化? てのはよく分からないけど。
「土下座しながら引いたら、お目当てのキャラが出るよ」
顔を上げると、春夏さんが立っていた。
急いで戻って来たからか、薄着で少し色っぽい。
「さっきぶりです。車、どうしました?」
「近くの駐車場に停めて来たよ。ごめんね。色々伝え忘れちゃって……」
思わず、自分の部屋に視線が浮く。
心臓を刺された時の痛みが、よぎって。
「あの子はどうしたの? 殺しちゃった?」
「まさか、玄関が俺の血で汚れたんで掃除させてます」
『ひょえ〜、殺せないよぉ!! このままだと、私が春夏サマに殺される!!』
「……なんなんですか? アレが俺のバディ?」
春夏さんは一瞬、視線を街灯の外に向けたあと、
「まずは君のお家にお邪魔しようかな。良いでしょ?」
「……もちろん、粗茶くらいは出せますよ」
二人並んで、階段を登る。不規則に鳴る階段の鉄の音が、たまらなく不気味だった。
「君を見て暴れだしたら面倒だから、私が開けるね。──春夏です、入るねユディちゃん」
ユディねぇ、それがあいつの名前か。
「──春夏サマ!! 申し訳ないっス!! 殺しに失敗……へ?」
ドアを開ければ、包丁女がベソをかきながら俺の血を雑巾で拭っていた。
「よう、これからは仲良くしないといけないらしいな」
「手伝うよ。ユディちゃん。田中君、雑巾持って来てくれない? ワケは掃除が終わったら話すよ」
俺の部屋に今、美人が二人居る。
春夏さんはサイコパスで陰謀論者だけど、俺に優しくしてくれる。
「田中君。君の雑巾貸して、代わりに絞ってくるよ」
包丁女──ユディと言ったか、小物ですぐ泣くけど、明るいから一緒に居て楽しい。
「頑張りましょうみなさん!! 掃除が終わったらウキウキ仲良しの時間です!!」
友達は一緒のことをして過ごすと聞くけど、まさか女友達が先に出来るなんて……これもまた、普通か。
「君の血、赤くて綺麗だね。魔物の血は緑なんだ。同じ魔物の血なのに、哲学的だよね」
「そうですね。……は?」
あれから1時間ほどかけ、玄関の掃除を完了した。
俺たちは居間に移動し、春夏さんが話し始めるのを待っている。
「──田中君、研修の時のことを覚えてる? 最初のうちは、運転に慣れてる連中がつくって言葉」
「覚えてますよ。コイツがですか? こんなにチビなのに」
なんと言うか、ちんちくりん? 小学生とまでは行かないが、うーん……
「舐められてるね、ユディちゃん。どれだけすごい女の子なのか、田中君に教えてあげて」
「モチノロン!! アタシの名はユディ!! 春夏サマに捕まる前は、巫女として迷える子羊を導いていました!! 宗教2世ッス、コミュニケーションには自信があります!!」
「俺の名は田中一郎、普通の冒険者だ」
えぇ……なん、闇深。
「ユディちゃんはね、私が潰したカルトの生き残りなんだ。暗殺に便利だから生かしてるの──そうだよね?」
「アタシは魔力で、体をナイフに変えられます」
……マジかよ。
ユディが右腕を一瞬強張らせると、腕全体がナイフに変化した。
部屋の明かりに照らされて、鈍く光るナイフの腕はやはり、春夏さんの大剣に似ている。
「刺し殺そうとして、ゴメンネ? 春夏サマが……ひょえ?!」
俺の胸を貫いたのはユディが変化させた自身の腕だったようだ。
PDA──魔力持ちは、異常な身体能力を持つが、ごく稀に二つ目の能力を保持している。
俺は超回復。コイツは体をナイフに。
春夏さんは、魔力自体を持っていない。
……俺たちを組ませて、春夏さんは何をしたいんだ?
「もう良いよ。それで、なにを信仰してたらカルト呼ばわり……」
「魔物だよ。共存出来るなんて
「そうですか。相手が悪人でも、気軽に人を殺すのはダメだと思いますよ? 俺たちの敵は魔物でしょ?」
春夏さんは、手元にあるコップをカラカラ鳴らしたあと、
「そうだね。気をつけるよ。──それで、君達の今後の目標なんだけど……あ、君たちの上司は私だからこれから宜しくね」
春夏さんはあっけらかんと、肩を揉みながら話を続ける。
「待ってください。あの、ユディはコアのことを、」
「知ってるッス。私が春夏サマに飼われているのは、コアの情報を集めるためッス。……ここの所、手詰まりなんですけどね……」
俺の隣でユディは、ガックリと肩を落としている。
「そこで君なんだ。田中君。冒険者の業務は主に、ダンジョンで魔物を狩るか、魔力持ちを見つけだし逮捕することでしょう?」
「俺は人間とは戦わないですよ?」
「別に良いよ。君たちには魔物討伐で名を上げて、近々あるダンジョン内部の探索メンバーに選ばれるよう、頑張って欲しいんだ」
……朝か。
窓の外で、鳥がホーホーと鳴いている。
「いや、なんて種類の鳥だ? いちいち朝に無く必要が……」
そんなこと今はどうでも良いな。
早くダンジョンに行こう。
デスワームに用事がある。
「春夏さんは、家に帰ったか」
部屋の隅に、布団が綺麗に纏められている。
俺は床、ユディは椅子、春夏さんには布団で寝てもらった。
テーブルの上には書き置きがある。
『泊めてくれてありがとう。勝手に冷蔵庫漁っちゃってごめんなさい。簡単な朝ごはんを作りました。温めて食べてね。吉報、待ってます』
「野菜炒めと、味噌汁か。うまそうだな。──起きろユディ。仕事の時間だ。起きろ!」
「ンホッ?! あ、おはようございますセンパイ!!」
俺の手でバスタオルをガッと剥ぎ取ると、ユディは目を丸くしながら飛び起きた。
「おはよう。その、センパイって呼ぶの辞めろよ。歳も冒険者歴もお前の方が上だろ?」
でも敬いたくはない。
ユディさんと口に出す時は、コイツが死んだ時くらいの物だろう。
「そんなぁ〜、センパイは私をいつでも殺せるんですよ? 気にいって貰おうって必死なんですよアタシも〜」
春夏さんからはユディが裏切ったり、粗相をした時は殺しても良いと言われている。
『便利とは言ったけど、壊れて困るほどでもないかな。好きに使って良いよ』
「──殺すわけないだろ? これからダンジョンだ。とっとと飯食おうぜ?」
「はぁ〜い。コレ、毒入ってないっスよね?」
乗り心地の悪い助手席にも、大体慣れて来た。
だが国道を外れ、荒野に入る時の虚無感は別だ。
「なんか、無事に着いちゃったっスね。久しぶりの運転だったんで、事故るか不安だったんですけど……」
「ここまでありがとう。春夏さんより運転上手かったよ」
まぁ、当たり前か
ユディは冒険者に成る前に、正規の手順で運転免許証を取ったらしいし。
……ん? 久しぶり?
「車は境界線の近くで停めて、デスワームの出没エリアまでここからは歩きっすね。それじゃ、ピピッと」
冒険者が乗る車は、協会から支給された車両がほとんどだ。
無線やサバイバルグッズが装備されている。
「行くか。消化不良の悪──腹ごなしにはちょうど良い」
ユディと二人、歩いている。
ほんの2、3日前。
春夏さん、そして──美鈴と一緒に歩いた道のり。
美鈴にはこのガントレットを選んでくれた借りがあるし、俺の横着で助けられなかった責任がある。
この戦いは、もう一度正義の味方を張るという決意表明だ。
「悪いやつをぶん殴るとスカッとする!! ──ユディ、肩を俺に寄せろ」
地面が揺れ出した。いつの間にかデスワームの縄張りにたどり着いていたらしい。
「分かりましたぁ?!」
ユディを抱きしめながら、空高く跳躍する。
デスワームが顔を出す瞬間、反動で地面が大きく揺れる。
今の俺ではこの振動には対応出来ない。
「ここまで跳べば、土煙なんざぁ関係ねぇな?!」
なら、ヤツが顔を出す前に空高く飛び上がれば良い。
「何この高さ、──バカみたいいい!!」
ユディの悲鳴を皮切りに、俺たちの体はデスワーム目掛けて落下する。
二秒、一秒、もう殺すだけだ。
「必殺──オーバー2・ウェルムストレートォォオオ!!」
力一杯、拳をデスワームにぶち込む。
この一撃で肉を裂き血飛沫を飛ばし、完膚なきまでに殺した。
巨大が倒れ、空に舞う砂埃は血の味がしてまずい。
「よっと──大丈夫か? ユディ?」
返り血に染まりながら地面に着地する。
ユディの様子は、良かった。生きてはいるな。
「ころ、殺される……! こんなのと一緒に居たら!」
「クク、心がないからな、俺は」
サイコの小物 ドキドッキー @A4242427
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