パーテンシャル・デーモン・アニマ。ただの魔力の呼び方。
目を覚ますと知らない天井。
しかも随分と照明が強い。
この場所は好きじゃない。
いるだけで体が重たくなる。ジャラジャラと鎖の音みたいな幻聴も聞こえてきた。
「ここは冒険者協会です。相互理解は、おいおいと。──おはようございます。昨日ぶりですね」
声に惹かれ視線を落とすと、
昨日の大剣女がパイプ椅子に座っていた。
「大丈夫、いきなり殺しはしないよ。ほら? 大剣、手元にないでしょ?」
おどけた様子で両手を俺に振っている。
場所、大剣女の態度からして今すぐ殺される事はなさそうだ。
──マスクをつけていない。可愛いな、やっぱり。
「どうも、俺の置かれている状況は? 顧問弁護士を呼んでくれ。バカとは話し合いにならねぇだろ?」
……動きづらいと思ったら、やはり。
ごつい椅子に鎖で縛りつけられている。
少しでも立ちあがろうとすれば、鎖が肉に食い込むオマケつきだ。
「身動きができないとは思いますが、不合格だった場合は冒険者の一員として、君を処分するしかなくなるので」
普通に殺されるじゃん。
「はは。人権ってポケットから落とせるもんなんだな」
……マジ?
殺したあとの後片づけがダルくならないように縛っておくってこと?
古本じゃねぇんだぞ俺は。
「で? 合格ってまさか……」
「──それでは、君が冒険者として働ける魔物であるか確かめるために、面接を始めたいと思います」
俺の声を断ち切った。
無理矢理かよ。
「やあ魔物人間! 俺たちは初対面〜」
「あん? ……首まで鎖で縛る必要あります? 痛いんですけど」
俺を襲ってきた大剣女の他に、見慣れない顔がふたつ。
服装が女と同じだ。コイツらも冒険者か?
「今は私に集中して、……それでは自己アピールをお願いします」
大剣女が手に持っていた書類をペラペラとめくりながら、俺に話しかけてきた。
「
嘘はついていない。
今の俺に、取り立てた長所はない。
「うーん、短所がたくさんですか? 説明出来ない?」
大剣女は天井を仰ぎながら、笑いを堪えている。
「……すいません。出来ないっス」
中央に座っている初老の男が、タバコを吹かしながら鋭い目で俺を見ている。
「本当は得意なことしか……あーそっかそっか。そんな感じで頑張ってるんだね」
「なんか、すみません」
なんで俺が謝らないといけないんだよ……!
「まぁまぁ、──16歳ってことはまだ、高一になったばかりだよね? 高校には、行けてるの?」
最後の男──丸メガネは他のヤツらに比べて優しい雰囲気だった。
なんて言うか文系か理系? 賢そう系。
「学校、卒業できたんで高校はこっちに」
「ふーん他所から来たんだ。で、行ってるの?行ってないの?……何処の学校?」
「いや、それはチョット……」
左で佇んでいた大剣女のページをめくる速度が速くなる。
あの薄い冊子にまとめられているのは、俺の個人情報か?
「1ヶ月前に
大剣女はとても興味深そうに、冊子を人差し指でなぞっている。
その手つきを見ていると、首筋に金属の冷たさじゃない妙に生暖かい物が走った。
「……普通が一番ですよ」
「へえ〜 ふーん。やばいやつなんだ。お前も」
「そんなことはどうでも良い。重要なのは、」
はしゃぐ丸メガネを初老が遮ると、真剣な顔つきで俺を見る。
何故かは分からないが、ゴクリと唾を飲み込んだ。まるで下手をうった時のような、不安な心持ちで。
「この子は人をぶん殴れる精神の持ち主だということだ。素晴らしい。冒険者の素養をこの子は生まれながらに持っている」
「そうですね。ウザいヤツはぶん殴ればいいんですよ! 魔物とかね!」
女を除いた男二人、勝手に盛り上がっている。
「いや、ちゃんと殴ったのには理由が……」
「ふーん、どんな? 聞いたげる」
大剣女が気怠そうに肩を揉みながら、俺に話の続きを促してきた。
「同僚の子、嫌がってたのにおっさんのダル絡みがウザくて。誰も助けないし、それで、イラッとしてつい……」
女は大きく綺麗な瞳を丸くしたあと、
「正義の暴力か……なら、無害な魔物として飼っても、大丈夫ですよね?」
鎖を解かれ、会議室を出たのは午前10時。
この面接という名の茶番は、やっと終わったようだった。
『はい、冒険者の制服。突き当たりの更衣室で着替えて。着替えたら車でダンジョンへ行くから。うん、魔物に挨拶しに行きましょう』
俺は今、案内された更衣室のロッカーの前で、制服──フォーマルなブラックスーツに。関節を保護する防具が付いたものを片手に、ボケっとしている。
「……なんで? チーハン売ってるコンビニ探してたらトラックにはねられて、知らねぇ女にぶった斬られて……」
魔物として殺されたくなかったら、冒険者として働けなんて理不尽だ。
でも、
「こんなもんか」
俺は今、大剣女の運転する車の助手席に乗っている。
窓から見える景色は、どんどん荒れ果てていく。
人の地から魔の地へ、俺は本当に魔物に挨拶しないと行けないんだろうか……
「大丈夫、すぐにこの仕事に慣れるよ。君ならね」
「どうですかね。16のガキには荷が重いですよ。ヒーローごっこは」
女は片手でハンドルを操りながら、スマホを弄っている。
誰かと連絡を取っているようだ。
いや、連絡が終わったらしい。
赤いスマホを後部座席に放り投げ、大剣女は俺の目に、合わせてくる。
「──私たち冒険者はね、結構国から融通してもらっているんですよ。入職したらおまけで運転免許証とか貰えたり税金免除だったり、色々と」
「あぁ……大丈夫なんですかね? いきなり運転して人を轢いたりしたら、」
みんな俺みたいに頑丈じゃないんだし、ちゃんと免許を取って運転するべきじゃ……
「二、三人殺しても、どうせ増えるから大丈夫でしょ――って冗談ですよ。人の住んでいない地域しか走らないし、最初は運転に慣れてる連中がつくから」
ダンジョンは街の外にあるんだ。
この女、道中でガソリンを入れたのを忘れたらしい。
「……なんか変じゃね」
「あー本当に良かった。君が冒険者を選んでくれて。いくら魔物とはいえ、対話できる生き物を殺すのは──別に面白いか。だからこの仕事辞めないんだし、あらよっと」
「うわあ?! 急にブレーキを踏むんじゃねぇ!」
一瞬の浮遊感。
シートベルトを着けていなかったせいで、体がフロントガラスに投げ出された。
「イッテェェ……マジで殺すぞ、オンナぁぁ……!」
ガラスを突き破ることはなく、バコンと大きな音を立てただけだ。
どうやら、頭を強く打ってしまったらしい。
「冒険者になるってことは高校、辞めるんでしょ? その方が良いよ。冒険者にPDA──魔力持ちってバレた以上、普通の生活は遅れないんだし」
「ハァ?! いきなり何を」
気がつけば、大剣女は何処からか取り出した大剣を携えながら、車の外に出ていた。
「国が学校に義務づけた月一の健康診断、君のとこも採血あるでしょ? PDA反応を今までどうやって誤魔化してきたの? ──それとも、誤魔化す必要が無かったり?」
空いた窓からこちらを覗き込む女の調子は振り子のように気怠げで、無闇に触れたらケガをしそうだ。
俺の調子を崩さないためにも、正直に答えることにした。
「別に。測定がある日は休んで、自分で病院行ったって、偽造した書類をしれっと提出してました……すいません」
「セーフだったの、それ? 病院と高校のなんか、連携的な……」
「知らないです。親戚に偽造を頼んでそれを提出しとけばここ三ヶ月、セーフだったんで……」
でも、あのまま嘘を続けて本当に大丈夫だったんだろうか。
魔力持ちだとバレたら周りに迷惑が……はは、誰も居ないんだった。
「なおさら辞めなよ。そんな杜撰な管理の学校、イジメとかエグそうじゃん」
「イジメ? 俺の周りでは無かったですよ、そんなの」
「そりゃ良かった。で、親は? もしかして、君の預かりは親戚の人?」
いきなり普通ぶられると反応に困る。
こういう時なんて返せば、もしかして親戚の人が逮捕されたりとか……!
「──やっぱりいいや。そう言うことでしょ? PDA ……魔力を持つ人間の生は、苦しいものだしね」
「まぁ、そうですね」
慰めの言葉だとは思うが、俺に向けられたものなのかは、はっきりしなかった。
「もう。自分が特別なことを気にしなくて良いよ。これから仲良くなれたら良いね」
大剣女はぼう、と息を吐いたあと、
「トランクに私が昔使ってた戦闘用魔道具を積んでるから、好きなの一つあげるよ。早く来てね」
俺に向かって軽く手を振ったあと、大剣女は駆け出して行った。
「トランクね……」
魔道具は後回し、車を降りて大剣女を追いかけることにした。
「こっち、こっちほら、魔道具選びは後回しにした? 良いね、正解。さぁ、まずはこの景色を見てください!」
地面はぬかるみ、何だか妙に臭い。
車を停めた時からずっとこの匂いが気になっていたが、この景色を見て確信した。
──魔物の匂いだ。
屈託のない笑顔の大剣女のそこそこ先では、デカい洞穴が広がっている。
デカ目のスプーンでバニラアイスを抉った時みたいに、地面に大きい穴がべっこりと。
俺たちの居る場所から100メートル走をエンドレスで始めたりしたら、7、8セット目で穴の中に落っこちそうだ。
この都市を選んだのは失敗だったな。
このダンジョンはまだ、生きている。
「じゃじゃーん!! 反吐が出るでしょ?!」
「この巨大な
一人で勝手に盛り上がっている女を尻目に、俺は魔道具漁り。
「ただほど怖いモンはないってテレビで見たけど、やっぱ無料って魔力には抗えないよな!」
冒険者になろう。俺にはもう、選択肢なんてないんだ。
『あのね、田中くん。おじさんポリスメンからの人生のアドバイスだけど──人を殴ったりしたらダメだよ』
冒険者の仕事の中で、人を殺すことは決してしない。
敵は、魔物だ。
魔力持ちではなく人間の天敵、そいつらだけ。
「──剣、これも剣。これは銃。自分の武器はしっかり見定めないと、」
だけど、いちいち取説なんか読んでたらそれこそ魔物に殺される。分かりやすく魔物を殺せる武器はないのか?
「ん。アンタにはこれがお似合いよ!」
白く細い指が示したのは、ガントレット──拳を包んで保護する、ぶん殴り系の武器だ。
「思いっきり悪いヤツをぶん殴ると、スカッとするわ!!」
「確かに、拳で戦った方が正義の味方っぽくて良いな。ありがとう!! でも……あんただれ?」
細指の先には知らない金髪の少女が居た。
「私は
「えーと……俺は
やっぱり、冒険者学校とかあるんだ。
……俺は通わなくて良いのか? さっきは退学を勧められたけど、もしかして転校しろってこと……?
「いやーお待たせしちゃってごめんねぇ。君たち、仲良くやれそうで良かったよ」
控えめに手を振りながら、大剣女は小走りで駆け寄って来る。
──大剣は、地面に突き刺して来たのか。良く見たらかっこいいな。変にゴチャゴチャした飾りがついてなくて。
貰えるならアレが良かった。キーキーうるさく叫ばないし。
「校外実習──ワクワクしてたのに、担当官が遅刻とか言うふざけたメールをしてくると思ったら! ──新顔、どうせ貴方のせいでしょ。私の2時間返しなさいよ!!」
「そんなの俺に言われても……時間の弁償は出来ねぇよ」
この美鈴ってヤツ、イカれてるだろ。良く一人でこんな場所で2時間も過ごせたな。
「まぁまぁ、落ち着いて。──コホン。それではこの3人で、ダンジョン攻略気張っていこう!」
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