第6話 浦島太郎のメタファー

浦島太郎は、海辺で子どもたちにいじめられていた亀を助けた。その恩返しとして海の底の竜宮城へ招かれ、乙姫に迎えられ、夢のような日々を過ごす。竜宮城では時の流れを感じることなく、色鮮やかな宴と舞いが続いた。


やがて浦島は故郷を思い出し、地上へ帰る決意をする。別れに際し乙姫は一つの玉手箱を渡し、「決して開けてはなりません」と告げた。地上へ戻った浦島が目にしたのは、すっかり変わり果てた浜辺と、自分が知る人も家も跡形もない世界だった。途方に暮れ、玉手箱を開けると、白い煙が立ち上り、たちまち彼は老人の姿に変わった。


竜宮城は、時間を忘れさせるほどの美と快楽に満ちていた。現代の私たちは、映像、ゲーム、SNS、あらゆるメディア空間に同じ性質を見いだせる。そこでは現実の時間感覚が薄れ、生命エネルギーはゆっくりと吸い取られていく。


玉手箱は、竜宮城と現実を隔てる最後の境界である。開けなければ、浦島の意識は竜宮城の記憶とともに留まり続けるだろう。現代に置き換えれば、私たちも「玉手箱を開けない」かぎり、仮想世界のなかで若い意識を保ったまま、現実の老いを直視せずに生きることができる。しかし、現実は必ず存在する。玉手箱を開けた瞬間、蓄積していた時間と老いが一気に意識へ流れ込み、仮想に閉じ込めていた自我は取り返しのつかない現実と向き合うことになる。


浦島太郎の物語は、現代のメディア空間に没入する私たちの姿を鮮やかに映し出している。竜宮城はスクリーンであり、玉手箱は現実へ戻る「最後の開封」だ。開けるかどうかは自由だが、開けたとき、残っているのは仮想の青春ではなく、現実の老いと空白だけである。


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