第2話

静まり返った広間に、誰かの喉を鳴らす音だけが響く。

先ほどの“影”の正体は分からない。

だが、確かにそこに“意志”のようなものを感じた。

「……とりあえず、落ち着けよ。ここからどうするかだろ」

クラスリーダー気質の藤堂が前に出て、全員に声をかける。

運動神経も頭も良く、男女問わず人気のあるタイプだ。

「広間は安全そうだし、情報を整理しよう。誰も怪我はしてないか?」

「だ、大丈夫……」

「頭がクラクラするだけ……」

皆の返事はバラバラだが、生死に関わる怪我はない。

藤堂は頷き、次に水晶板の山を指さした。

「能力値の話なんだが……正直、バラつきがすごいな」

それは全員が思っていたことだ。

上位組はどれも10を超えているし、

逆に“3”や“2”が並ぶ者もいる。

「平均5って……マジで中央値だな、天城」

「いや、むしろ羨ましいわ。俺なんて運4だぞ? 不幸体質ってことだろコレ」

「私は魔力2……何これ。詰んでる?」

泣きそうな下位組を、上位組が半笑いで見下ろす。

「いやいや、こういう世界だろ? 才能ゲーってやつ」

「転移したはいいけど、足手まといはどうすんの?」

「早くもパーティ格差やべぇな」

軽口混じりだが、そこにはっきりと“優越感”が滲んでいた。

(これ、早くも分裂の予感しかしないんだが……)

俺は内心でため息をつく。

能力値が目に見えるというだけで、人間はいとも簡単に階級を作ってしまうらしい。

その時だった。

――ゴウン……!

広間全体が低く震えた。

石柱から光が走り、壁面の紋章が一斉に青く輝く。

「な、なんだっ!?」

「またさっきのアレか!?」

「逃げろ! どこに!? てか出口ないし!」

バラバラに動き出したクラスメイトたち。

パニックすると人は判断を誤る。

それは統計でも、現実でも変わらない。

(こんな状況で勝手に走るのは危険だ)

俺は深呼吸し、まず“出口”らしき箇所を探す。

光が走る方向……広間の正面の壁だ。

その中央に刻まれていた紋章が、光に包まれ……

音もなく、扉が開いた。

「ひっ……!」

「開いた……!? 自動ドア??」

広間の外には、薄暗い回廊が延びている。

だがその奥からは、かすかに風の流れを感じた。

(外に通じてる……か?)

パニックの中でも、藤堂がいち早く俺の近くに駆け寄ってくる。

「天城! 今の、見たか? 外に行けそうか?」

「風を感じた。空気の流れがあるってことは……多分どこかに出口がある」

「……助かる。やっぱ冷静だな、お前」

藤堂は短く息を吐き、みんなに声を張り上げた。

「よし! 一回落ち着け! 出口が見つかった! 全員で動くぞ!」

が。

その時、上位組の一人──

能力値オール二桁で調子に乗っていた祐真(ゆうま)が叫ぶ。

「なんでお前が仕切るんだよ藤堂! リーダーだって自称だろ!」

「オレたち強い組が先に行った方がいいだろ? 足手まといは後ろで待ってればいいじゃん!」

場がまた荒れそうな空気になる。

(まあ……こうなるよな)

強い者が優位を取りたがるのは道理だ。

だが、こういう状況こそ組織力が生死を左右する。

藤堂が言い返そうとした瞬間、俺は一歩前に出た。

「祐真。強さを活かすなら先頭は危険だぞ」

「はぁ? なんでだよ」

周囲が俺に視線を向ける。

「罠があるかもしれない。未知の世界で先頭を行くのは、能力値が高いからって向いてるとは限らない。

 むしろ、冷静に状況を判断できるやつが前に立った方が安全だ」

祐真が眉をひそめた。

「……つまり、お前が行きたいってこと?」

「いや、俺は平均だ。だからこそ“観察役”向きだと思うだけだ」

沈黙。

その後で、藤堂が苦笑する。

「……説得力あるな。じゃあ、天城が先頭で、俺がフォローに入る。祐真、お前らは後衛で戦闘準備だ」

祐真は不満そうに舌打ちしたが、従った。

(ふう……なんとかまとまったな)

そんな空気の中、広間の外から冷えた風が吹き込む。

未知の世界の匂い。

教室には存在しなかった、土と草と石の香りが混ざった“外”の空気だ。

「……行こうか」

俺が呟くと、20人の足音が暗い回廊へと向かった。

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