凡人転移者、神の見放した世界で生き残る──平均値のまま始まる物語
人間君
第1話
昼下がりの教室は、いつも通りの静けさに包まれていた。
窓の外では野球部の掛け声が響き、机の上には教科書とプリント。
特別なことなど何一つ起こるはずのない――そんな平凡な時間だった。
ホームルーム開始のチャイムが鳴り、担任が入ってくる。
その瞬間、俺──天城直斗は、教室の隅で何気なく腕時計に目を落とした。
秒針はゆっくりと進み、今日という一日をいつも通りに刻んでいる。
「じゃあホームルーム始めるぞー……って、なんだ?」
担任の眉がひそめられる。
教室の中央、空気が揺れていた。
熱気とも冷気とも違う。
ただ、そこだけがぼんやりと白く霞んで見える。
ざわっ、と空気が震えた。
「おい……これ、なに……?」
「なんか煙じゃね?」
「いや、違う……光?」
クラスメイトのざわめきが広がる。
俺は瞬きをして、その現象を冷静に観察しようとした。
だが、その“揺れ”は急激に広がり、教室全体を呑み込むように膨れ上がった。
そして。
光が、爆ぜた。
耳鳴り。
視界いっぱいの白。
それ以外は、何も感じられない。
時間の感覚すら消え、落ちていくような浮かんでいるような奇妙な感覚だけが残った。
「……ここは……?」
最初に声を出したのは誰だったのか。
俺の耳に届いた時には、もう皆がざわついていた。
教室ではない。
白い光が消えたあと、俺たち20人は見知らぬ巨大な石造りの広間に立っていた。
天井は高く、壁には古い紋章が刻まれている。
見覚えのあるどころか、ファンタジーゲームでもこんな場所はなかなかお目にかかれない。
「転移……なのか?」
「いやいや、そんなわけ……」
「でも、どう見てもここ日本じゃなくね?」
口々に声が上がる。
パニックというほどではないが、明らかに混乱している。
俺はまず、状況を“整理”しようとした。
(まず、さっきの光……原因は不明。意識はある。身体は無傷。全員そろっている……か?)
教室の時と同じ20人の顔ぶれ。
担任の姿だけは、どこにも見当たらない。
「先生がいねぇ……なんだこれ、ドッキリか?」
チート級に運動神経のいい大和が叫び、
逆に気弱な小林は今にも泣きそうな顔で周りを見回していた。
(ふむ……状況の把握が先だ)
俺は深呼吸し、周囲を観察する。
広間の中央には奇妙な石柱があり、薄く光を放っている。
壁には古い文字のようなものが並んでいるが、意味は分からない。
その石柱の下に気づいた。
小さな水晶板が20枚、整然と並んでいる。
「なんだこれ……?」
美咲が手に取ると、水晶板に淡い光が広がった。
《ステータス測定開始》
淡い声のような光の揺らぎが、広間に響いた。
「ほら見ろ! 異世界召喚イベントじゃん!」
「マジでゲームじゃん……」
興奮する上位層の男子たち。
その一方で、俺は冷静だった。
(ステータス測定……となると、能力の可視化があるのか?)
実際、水晶板には“能力値”らしき項目が並んでいた。
《力 9 耐久 8 魔力 12 敏捷 10 幸運 6》
美咲のステータスは明らかに高い。
女子でこの数値なら、相当なものだ。
その後、皆が水晶板を手にしていき……
次々と自分の能力値を見て歓喜したり絶望したりしている。
そして──俺の番が来た。
光が強まり、数値が浮き上がる。
《力 5 耐久 5 魔力 5 敏捷 5 知力 5 幸運 5》
「……おお……見事に平均だな」
思わず苦笑するしかなかった。
「真ん中すぎて逆にすごいよな、天城」
「中央値かよ」
「平均君ってあだ名でよくね?」
嘲笑混じりの声が飛んでくるが、俺は別に気にならなかった。
むしろ、納得した。
(俺らしいと言えば俺らしい……が)
この時はまだ知らなかった。
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