第3話

回廊は思った以上に長かった。

薄暗い石造りの通路は、冷たい空気とほこりの匂いに満ちている。

「……ダンジョンみたいだな」

「現実だと思えない……夢だったらいいのに」

弱気な声が後ろから漏れる。

だが、誰一人として後戻りはしない。

戻ったところで、元の教室があるはずもないのだから。

俺はゆっくりと歩きながら、壁に指先で触れた。

(石の温度、質感……夢じゃない。現実だ)

「なあ天城、怖くないのか?」

隣を歩いていた藤堂が、小声で聞いてきた。

「……怖くないって言えば嘘になる。ただ、怖がって思考停止しても状況は変わらない」

藤堂は苦笑する。

「だよな。お前、ホント落ち着いてるわ」

「落ち着いてるんじゃなくて……落ち着く以外の選択肢がないんだよ」

言って自分で笑う。

緊張はある。恐怖もある。

だが、それ以上に“観察しないと危険だ”という本能が働いている。

(それに……平均値の俺が焦ったって誰も得しないしな)

上位組の連中は後ろで騒ぎながら進んでいる。

「おい、魔法ってどうやって使うんだ?」

「知らねーよ、ステータスに魔力あるんだから勝手に出るだろ」

「出るかよバカ。なんか呪文とかあるんじゃね?」

「てか、俺たちってチート枠じゃね?」

(命がかかってるってのに、緊張感がない……)

だが、その“余裕”もいずれ消えることになる。

回廊を抜けた瞬間、視界が一気に開けた。

「……外だ」

そこには、地平線まで続く緑の草原が広がっていた。

雲一つない青空、遠くには山脈が連なり、風が心地よく頬を撫でる。

異世界の空気は、どこか懐かしささえ感じさせた。

「すげぇ……完全にRPGじゃん」

「マジで異世界だ……ガチ転移だよ……」

「やば……これ帰れんのか?」

皆の声が風に溶けていく。

俺は一歩前に出て、草原の匂いを吸い込んだ。

その瞬間──背後から乾いた“ガチャリ”という音がした。

「え?」

振り返る。

閉まりかけた巨大な扉が、俺たちの目の前で完全に塞がれた。

バタン!

誰も触っていないのに、自動で閉まったのだ。

「ちょ、待って! 開け! 開けよこれ!!」

「嘘だろ!? 帰れないじゃん!!」

「ふざけんなよ!!」

扉を叩く者、叫ぶ者、泣き出す者までいる。

だが、扉は微動だにしなかった。

(……完全に“一方通行”ってわけか)

戻れない。

強制的に“外の世界”へ放り出されたのだ。

俺が唇を噛んでいると、後方から声がした。

「――やかましい連中だな、お前ら」

低く、皮肉の混じった声だった。

ザッ……ザッ……と草を踏みしめる音。

声の方へ視線を向けると、そこに一人の青年が立っていた。

黒い軽装、長めのコート。

肩にかかる灰色の髪。

片手には細身の剣を提げている。

年齢は二十代前半。

顔立ちは整っているが、どこか醒めたような目つきだ。

「……誰だ?」

藤堂が慎重に問う。

青年は口元だけで笑う。

「見りゃ分からねぇか? ここの住人だよ。

 で、お前らは……転移者、ってところか?」

その言葉に、クラス全員が息を呑んだ。

青年は肩をすくめ、ため息をつく。

「はあ……二十人か。多いな。面倒くせぇ」

その態度は親切とは程遠いが、敵意もない。

ただ、とにかく“他人に興味がない”という空気をまとっていた。

(……こいつが、噂の皮肉屋か)

「お前ら、どうせ右も左も分かんねえんだろ?

 とりあえず、ついて来いよ。街まで案内してやる」

その言い方は善意より“仕方なく”的な色が濃い。

だが、今の俺たちには十分すぎる助けだった。

藤堂が前に出ようとした瞬間、青年の視線が俺に向く。

「お前だ。平均値のやつ」

「……俺?」

「そう。なんか“落ち着いてる”やつが一人いたからな。

 ゴタつく連中より、お前の方が話が早い」

俺は思わず苦笑した。

(異世界の住人にまで平均だとバレるのか……)

青年は顎で合図した。

「行くぞ。ついてこい。

 ――歓迎はしないけど、放っとくほど鬼じゃねぇ」

その背中を見た瞬間、

なぜか、俺は“この人に着いていくべきだ”と感じた。

皮肉屋で、ぶっきらぼうで、面倒くさそうな青年。

だが、ただ者ではない。

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