4話 最強の通じない世界
画面いっぱいに映し出される、赤と青で塗られたヨーロッパ地図。
そこに重ねて表示される無数の数字とアイコン。
全員が分かっているだろうと言わんばかりの説明のなさで、もし何の事前知識もなければ本当に初心者のように何も出来なかっただろう。
それでも、短い時間で辛うじて見た教科書は分かりやすくこのゲームのことを解説していた。
内政と軍隊。
そのふたつが、このゲームの基本要素であり、内政は軍隊とそれを支える物資を作り、作られた軍隊は敵と戦う。
内政は、はっきり言って全くと言っていいほど分からない。
操作する画面でさえ、どこに何があるかすらよく理解していない。
それでも、このゲームには自信がある。
それは軍隊の操作だ。
このゲームは二次元的な世界で、兵士同士が打ち合い、時に戦車や戦闘ヘリ、戦闘機、戦艦までもが出てくるゲームである。
そして、驚くべきことはこれらの攻撃は上手く操作すれば回避が可能で、理屈の上では歩兵が戦車の攻撃を避けて撃破するという芸当が可能らしい。
いかにもゲームらしい仕様である。
だからこそ、勝てる自信がある。
FPSは銃を撃ったら、ほぼその次の瞬間に攻撃が命中する。
それに比べれば、このゲームの銃弾や砲弾は確かに早いが、避けるだけの猶予のある攻撃だ。
兵士も戦車も機敏に動く。
つまるところ、これは戦略のゲームではなく、反射神経を競い合うゲームだ。
勝てない道理がどこにあるというのだろうか。
早速、敵を見つける。
歩兵が十以上。
それに対してこっちは、歩兵が三。
序盤は確かにこちらが不利らしいが、それにしても差がつきすぎている。
ビルド、このゲーム的にいえば内政の差なのだろう。
兵力的言えば三倍以上。
それがどうしたというのだ、敵の攻撃が当たらなければいいだけの話。
攻撃を仕掛ける。
奇襲になったらしく、早くも敵の歩兵を二人撃破した。
すかさず反撃が来るが、その攻撃は確かに一般人には一瞬の出来事のように見えるかもしれない。
それでも、二次元のゲームで銃弾が直線に飛んできたところで、横に移動させれば簡単に躱せる。
追尾も予測攻撃をしてくるわけでもない。
連射であるところが厳しいが、結局は移動し続ければ相手も弾切れを起こす。
その隙にこちらも攻撃をする。
相手も同じように回避するがそれでも、反応が遅れたのか二人を撃破した。
まったく持って大したことがない。
後ろに逃げる歩兵を追撃するために、前進する。
その次の瞬間だった、黒い視界の外から一発の砲弾が歩兵に向かって飛んできて、三人いた歩兵が一瞬にして全滅する。
戦車か砲兵か。
追加の歩兵が後ろにいるはいえ、貴重な戦力が消えてしまった。
でも次は避けられる。
攻撃の範囲はそこまで広くないうえに、歩兵の小銃のように連発はできない。
前進させている歩兵に、また視界外からの砲弾が飛んでくる。
今回は見えた。
丁度歩兵の隊列の中央に飛んできた砲弾の射線を開けるように分隊して避ける。
更にもう一発が、分隊した方に飛んでくる。
反応が遅れて一人撃破されたが、最小限の犠牲で避け切れた。
歩兵を突撃させて、リロードを行っているであろう戦車を撃破しにいく。
突撃した先にいたのは、戦車とそれを守る歩兵。
敵の歩兵は射程に入り次第、攻撃をしてくる。
十人以上の連射で、避ける隙間のない濃密な弾幕を、七人いる歩兵を操作して全て躱す。
戦車がリロードを完了して、砲弾を放つ。
とっさの操作で躱した瞬間だった。
耳に残る甲高い警告音が鳴り響くとともに、ミニマップには歩兵を訓練している施設が攻撃を受けていることを知らせるマークが表示されていた。
急いでその場所を見ると、戦車が十台以上見えて、更にそれを守る歩兵がその数倍はいた。
それに対して、訓練所を守る歩兵は二十人前後。
見ただけで分かる劣勢な戦場。
急いで待機していた歩兵を操作するが、五台の戦車による一斉攻撃と歩兵の射撃で全滅する。
その隙に、敵地にいた歩兵は操作が出来ずに、戦車と歩兵に飲まれていた。
一瞬の内に全ての軍を失い、その生産施設さえ失った。
空では爆撃機が自由に羽ばたき、こちらが作ろうとする施設の悉くを焼き払った。
誰の目からも分かる敗北。
『GG』
ピコンというこのゲームには似合わない可愛らしい音と共に、伊藤からの短いチャットが送られた。
腹が立つことに、それはこの現状を表していた。
『GG』
同じようにチャットを返して、ESCキーを押して表示されたメニューから、震えるマウスカーソルで投了を選んだ。
なぜ負けたのかすら分からず、呆然としていると肩を叩かれる。
「いやー、あのマイクロは凄かったぜ。でも、内政は本当に下手なんだ。そして視野も狭めぇ。やっぱり引きこもりは何にも出来ねえんだな。勝てるって言うから期待してみたが、期待外れも良いところだな」
それだけ言うと、伊藤は席に戻っていった。
ただ、嫌みを言うためだけにわざわざ席を立ってここまで来たらしい。
まだ、総当たり戦は始まったばかりだ。
ビルドも戦いながら覚えればいい。
もう一戦だ。
☆☆☆
「あぶねー、保川の奴がいてくれたおかげで、全敗を免れたー」
「おいおい、やめろよ、そんなことをいうの。本人がいるんだぞ」
「あっ、やべ」
クラスメートの会話。
でも、その会話に何かをいう気力なんて残っていなかった。
何せ、そいつらは何も間違ってはいない。
俺がいたおかげで全敗を免れたのは、事実だからだ。
三十二戦、三十二敗。
朝から日が暮れるまで、お昼休憩を挟みながら行った総当たり戦の結果は酷いものだった。
伊藤に比べれば、他の連中の軍の操作なんて取るに足らない。
砲弾を避けるどころか、銃撃すら避けずに棒立ちで歩兵に射撃をさせて、5人で20人の敵歩兵を撃破するのなんて珍しい光景ではなかった。
でも、最後は決まってこちらの数十倍ともいえる兵力で押し寄せて、逃げる隙間すら存在しない攻撃で負ける。
全てだ。
全てがそうだった。
いい勝負をしていると最初は錯覚していたが、そんなことはなかった。
何も理解していなかった。
いくら小さな戦いでは無双できても、それらを圧倒するだけの兵力で攻撃された負ける。
このゲームはそれが出来て、それは内政という差であり、最終的に操作でその差を埋められなくなれば、危うい均衡は一瞬にして傾く。
そして、その内政という物のレベルにおいては、俺とクラスメートとの間には埋めようのない差がある。
一日、二日頑張った程度では埋まらない隙間。
文字通り人生をかけて磨き上げた内政と、俺は戦わなければならない。
それと対峙できそうな銃は、まるでおもちゃだ。
得意だと思っていたゲームは、あるジャンルだけのものだった。
きっと、このゲームで頑張っても並みの実力にしかなれないだろう。
この世界では、小学校から、早ければ幼稚園のころからあのゲームをずっとしている。
それが、今日始めたばかりの人間が勝てるわけがない。
やる前から勝負はついていた。
ただ、知らなかっただけだ。
自分の実力も、この世界の人達の実力も。
でも、諦めたくはない。
ゲームはどんなゲームだって好きだ。
FPSが一番好きだったけど、このゲームだってきっと好きになれる。
勝っている時の高揚感は、FPSでヘッドショットを決めた時と変わらない。
このチャンスを今できないから諦めるなんてあり得ない。
みじめだって、自分で言いたくなんてない。
だからあいつらを見返してやる。
自分は最強のゲーマーなのだと。
最強プロゲーマー、勉強とゲームが逆転した世界で初心者スタート!? マイクなうさぎ人間 @maiku334
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