2話 因縁

 久しぶりに通る高校への通学路。

 同じ制服を着た生徒が道に溢れて、他愛のない話で賑わっている。

 もう二度とこの光景を見ることなどないと思っていた。


 正直にいって余りに場違いだと思った。

 周りを見ればグループで楽しそうに話している奴らで溢れている。

 一人でいるやつも、今仲の良いやつがいないというだけで、皆それぞれの青春を謳歌している。

 対して俺はここでは何もなかった。

 仲の良いやつも、馬鹿し合えるやつも、誇れたものも――。


 でもそれがどうしたというのだ、世界が変わったのだ。

 これから作ればいいのだ。

 

 校門を越えると、足は自然と靴置き場に向かっていた。

 半年も来てなかったのに、不思議な事に学校の構造は覚えていた。

 

 扉のない金属製の棚が並ぶ靴置き場。

 長く使われているせいで所々錆びて塗装が剥がれており、近づくと少し汗臭い匂いがした。

 半年前と何も変わっていない。

 

 上履きを取り出して教室に向かう。

 迷うことなく教室へたどり着いて、閉まった扉を開ける。

 その瞬間だった、その場にいたクラス全員の視線がこっちに向いた。

 誰だとか、なんで来たんだとか、そんな無言の圧力を感じさせる視線だった。

 

 足が竦む。

 誰も歓迎していないことなんて聞かなくたって分かる。

 それでも、今更逃げ帰るなんてあり得ない。

 席を探して、座る。

 座る頃には、さっきまで感じていた圧力は消え去っていた。


 「ねぇ、この劣勢時の戦略ってとりあえず守って、内政を作るんだっけ」

 「違うよ、この状況だと敵の戦力が多すぎてに内政を作っても破壊されるから、守るんじゃなくてハラスするんだよ」

 「俺、新しい内政考えたんだわ。これで伊藤に勝ってやるんだ」

 「おっ、フラグか? そういってお前が勝ってるところ見た事ねぇぞ」

 「なあなあ聞いてくれよ俺、ここ一週間でAPM10上がったぜ、成長期来てるぅー」


 みんな、それぞれでグループを作って楽しそうに、そして必死そうに話している。

 さながら試験直前の雰囲気だ。

 というかきっとそうなのだろう。じゃなければこんなにも話の内容が、それぞれのグループで統一されるはずがない。

 

 それにしても奇妙な光景だ。

 まるで試験勉強でもしているかのように、誰もが教科書とノートを広げている。

 

 しかし、そこまで座学に必死になるのはなぜだろう。

 大抵のゲームで勝つために知識が必要なのは分かる。

 しかし、それ以上に実践は重要なはず。

 それなのに、この教室にはパソコンはおろか、ゲーム機1つない。

 みんな教科書とノートを手に取って、ゲームの勉強をしている。

 試験直前というなら、少しでもゲームに触れて感覚を養うべきなのに。


 それとも、試験というのは実技ではなく、ペーパーテストなのだろうか。

 だとしたら、まずい。

 俺はこの世界でなんのゲームをやるのかも知らない。

 知識なんてあるはずがない。


 ここは彼らを倣って教科書を見るべきだ。

 バッグに詰め込んだ教科書から、ぱっと目についた【これで全てわかるゲームの戦略】という教科書を取り出す。

 そして一ページ目を読んで、この現状を理解した。

 

「なんでよりにもよってRTSなんだよー」


 思わず声が出た。

 また視線がこちらに集中するのを感じて、とっさに口を覆った。


 でも、なんでだよ。

 RTSなんて日本じゃ話題にすら上がらないぞ。

 どんな大会が開かれていたとか、そもそもどんなジャンルなのかすら詳しくは知らない。

 それでも、戦略ゲーに知識が必要だというのは聞かなくても分かる。

 

 道理で誰もが必死なわけだ。

 希望を託して他の教科書を見ても、RTS、それも<Red&Blue War>というゲームに関する説明しかない。

 つまり、試験範囲も実技もこの<Red&Blue War>というゲームでしか行われないということなのだろう。

 初めてプレイするジャンルのゲーム、正直なところ自信は全くない。

 でも、RTSはPCゲーだ。

 大丈夫、なんとなくプレイ方法は分かるし、基本操作はマウスのみだ。

 あとは、どれだけ実践で適応できるかにかかっている。

 

 ホームルームのチャイムが鳴ると、担任の黒川がバインダー片手に教室へ入ってきた。

 

 「それじゃあホームルームを始めます」


 起立と礼のあと、先ほどまで聞こえた楽しそうな話し声が消え、静かになった教室で黒川は重々しく口を開いた。


 「今日は、前々から告知していた通り、Red&Blue Warの総当たり戦だ。今日からの試合結果は評価に大きくかかわる。これは来年、君たちが受ける大学受験に大きく影響する」


 それは冗談のようにも聞こえた。

 ゲームの総当たり戦の結果が大学受験に影響を与えるなど、この世界じゃなければ誰も信じられないだろう。

 でも、ここはゲームと勉強が逆転した世界だ。

 誰も馬鹿にすることなく、黒川の言葉を真剣に聞いていた。


 「四月にも言ったと思うが、良いプレイヤーが良い大学に行き、そして良い大学で努力した者が良い企業に行き、人生を豊かにする」


 四月、正確にはそれよりも前に似たような話は聞かされた。

 曰く、『勉強して良い大学に行き、そして良い大学で努力したものが良い企業に行き、人生を豊かにする』、と。

 ゲームと勉強が逆転した世界でも、それは変わらないらしい。

 でも、だからこそ、ここで成功させるんだ。

 

 「人生の価値観も変わってきて、そこそこの人生を歩みたいと思う者も多いかもしれないが、弱いプレイヤーはそれすら選べない。将来のために、今日の試合を最大限頑張って、結果を残すように。それでは移動するように」

 

 短いホームルームが終わり、賑やかな話し声が戻り、先生も生徒も移動を始める。

 そんな中で、誰かが俺の肩を叩いた。


「久しぶりだな、もう来ないと思ってたぜ。保川」


 振り返る前から、それが誰か分かった。

 見なくても分かる威圧的な雰囲気、ドスのきいた声、そして誰もを見下すような口調。

 俺の高校生活をめちゃくちゃにした張本人にして、このクラスのリーダー的存在でもある伊藤だった。

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