1話 ゲーム(RTS)と勉強が逆転した世界で
気づくと、カーテンが全開に開いた窓から、雲一つない青空が見えた。
まだ少しオレンジ色に見える太陽は、朝なのか夕方なのかはっきりしない。
しかし、外から聞こえる鳥の鳴き声が、朝であることを物語っていた。
ゆっくりと体を起こして部屋を眺め、そして、昨日の出来事を思い出した。
親父にバットで粉々にされたパソコン。
三十万はするプロ仕様の代物だったが、もう数年は使っていた。
まだまだ使える性能はしていたが、この際だから買い替えるべきなのだろう。
そんなことを思いながら、パソコンのあった方に近づくと信じられない光景があった。
「なんで」
思わず声が出た。
でも普通そうだ、そこには昨日破壊されたはずのパソコンが、無傷で鎮座していたのだから。
急いで電源ボタンを押すと、ファンが回る音が聞こえ、サブでつけていたハードディスクの駆動音が聞こえる。
モニターには、ログイン画面がパスワードを要求していた。
キーボードを叩いて、毎日打ち込んでいたパスワードを入力する。
すると驚いたことに、俺が設定していた壁紙とショートカットアイコンが映し出された。
「どうなってるんだよ」
恐る恐るマウスを握り、画面をよく見る。
プレイを振り返るためのリプレイフォルダ、録画ソフト、ゲーミングデバイスの調整するためのソフト、通話ソフト、その全てが、そっくりそのまま残っていた。
でも、ただ一つだけ、俺がこよなく愛するFPS<QUATTO LEGEND>だけが、そこにはなかった。
どれだけ探しても<QUATTO LEGEND>だけがなく、調べても類似するゲームはヒットしない。
そのゲームだけが、まるでこの世界に存在してはいけないとでも言うように、跡形もなく消されていた。
あのゲームだけが、俺の世界だというのに。
でも、おかしいのはそれだけじゃなかった。
いつも目障りな検索エンジンのニュースは、いつもにもましてゲームの記事で埋め尽くされていた。
【国際戦略ゲーム大会、小学生が大人に混じり優勝を決める!】
【関ケ原高校eスポーツ大会、上山根高校が初優勝!】
【eスポーツ観戦 何を見るべき】
【eスポーツチームDDR 新コーチ就任】
まるで別世界に飛ばされてしまったかのように、ニュース欄のタイトルには普通のスポーツの代わりにゲームの事しか出てこない。
それも、競技シーンのものばかり。
おかしい、海外はともかく、日本はこんなにもeスポーツが盛んな国じゃない。
これから発展すると言われているが、まだまだ賞金のつく大会を開くのでさえ苦労しているのが現状だ。
それなのに、なんなんだ、このeスポーツの記事の多さは。
一旦席を立って部屋を見渡す。
すると、昨日まで空っぽだったはずの本棚に、数々の本が整然と並べられていることに気づいた。
どれも高校や中学の頃の教科書のように見えたが、タイトルはどれも教科書には似合わない名前がついていた。
【新しいゲーム社会学】
【ゲーム理論】
【ゲーム数学Ⅱ】
【ゲームコミュニケーションⅠ】
【これで全てわかるゲームの戦略】
本棚にあるほとんどの本にゲームの一言が書かれている。
社会も、数学も、英語もあらゆる教科書もどきがそうだ。
ゲームの一言が書かれていないのはこじんまりと置かれた数冊の小説くらいなものだ。
でも、それが答えのように見えた。
どうやら世界はゲームと勉強が逆転した、ゲーマーの夢を叶えたような世界になってしまったらしい。
あの声を聞いたのが原因なのかはこの際どうでも良い。
大事なのはゲームが勉強と同じか、それ以上の社会的な価値を持ったという事だ。
これは俺の黄金時代が来てしまったのではないか。
FPSで世界の頂点に立ち、最強の名を欲しいままにしてきた俺なら、この世界でうまくやっていけるのではないか。
もう誰も俺を惨めに笑うことも、伊藤なんて屑から馬鹿にされることも、親父から真人間になれとかほざかれる事もないんじゃないか。
そう考えれば、全てが薔薇色に見えた。
憂鬱に見えた時間割でさえ、輝いて見える。
どうやら今日は一限目から、『eスポーツ』という授業があるらしい。
こうなっては、行かないという選択肢はない。
自分の最も得意なフィールドが空から降ってきたようなものだ。このチャンスを逃すなんてあり得ない。
俺は急いでバッグを引っ張り出して、時間割通りの教科書をバッグに詰めて、長いこと着ていなかった制服に着替えた。
やってやる、もう俺は惨めで現実に居場所がない人間じゃない。
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