語り部は沈黙する
晴れ時々雨
第1話
その家へ行くと人が居なくなるという噂をきいた。愚かな好奇心が頭をもたげ、噂の人物にある人を紹介したのは運の尽きだった。妹が消えた。けれど人選の条件を満たしたことは同時に僕の優越感も満たした。
事の詳細を尋ねようとその家へ赴くと、不思議な風体の男が姿を現した。すると押し問答の末、小箱を見せられた。ガラスの箱は、振ると音がする。
「こうなってしまったら、礼を言おう」
邪険だった態度が柔和になったが、笑みには冷酷さが滲んでいる。
「素晴らしいよ彼女は。お気に入りの一つと並ぶと言っても過言じゃない」
そう言って長い指で挟んだ箱をカラコロと鳴らす。ガラスの小箱の中には一粒の輝石があった。それを掲げ、
「ほら見てごらん。何色もの彩が混じった儚げな青だ。きっと彼女はまだ何もしらない。知りたいと思うことは無限にあったろうに」
「返してくれ」
僕の伸ばす手の先で、ひらりと箱が翻る。チカ、チカ、と細く鋭い光の点が僕の網膜を焦がす。
「いけないよ。これはもう君には必要のないものだ」
(お願いだから)
情けなく、その男の前で踊った。手首を強く捻られ、男が後ろから僕を羽交い締めにする。男は腕の中の僕に箱の中身を見せた。
「綺麗だろう。一見は薄い青だ。けれどこうして光に翳すとそうとは言えなくなる。そしてこの形。涙型から派生した棘のような二つのランダムな尖り。小さいが、この切っ先は肌を刺す。立派な凶器なのだ」
男の声が現実のものなのか曖昧になる。僕は男が掲げるガラス箱に入った水色の宝石を震える眼差しで眺めた。信じられないことを言う声だけが静かに響くこの場所は、一体どこなのだろう。背後を覆うのは人か。選んだ人間を石に変えてしまうなんて。そして選ばれて石になった人間は世間からその存在が消える。しかし僕は憶えている。忘れるわけがない。妹なんだ。
「僕はどうなるんだ」
「どうもしない」
このまま帰れということか、人間のまま。
何故だ、と堰を切ろうとした瞬間、男の感触がふっと薄らいだ。
「言いふらしてやる」
「気の済むようにするがいい。君の言葉を証明できるものなどどこにもないのだ」
そして何かの植物のような香りの風を残し、気配が失せた。
気がつくと草むらにいた。
頬が濡れている。それがわかるとまた伝ってくる。あとからあとから溢れて流れていく涙に、妹がとけている。ここですべて流しきらなければ僕は独りになる。石にもなれない僕だけに植え付けられた、喪う思いに食われてしまいそうだ。
語り部は沈黙する 晴れ時々雨 @rio11ruiagent
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