来たよ。

 駅の外観も大学の最寄りの駅と同じだった。“異世界駅”という名前がついていなければ、見間違えていただろう。


「言葉とかどうすればいい? この世界のこと何も知らないんだけど。字とか読めないし」


「字はなんとかするしかないかな。言葉は気にしなくていいよ、通じるから」


「ほんとに?」


「ほら、一緒でしょ」


 宮城さんは周囲へ耳を傾けるようぼくに言った。耳を澄ますと、普通に日本語が聞こえてきた。


「ね」


「ほんとだ」


 シャキーン、シャキーン──。


 耳を澄ましていると、変な音がした。金属の擦れ合う音だと思った。後ろから聞こえてきた気がして、ぼくは振り返った。


 息が止まった。ぼくは静止した。


 あの人が立っていた。駅の階段を下りた先に立っている。

 ぼくは何の言葉も頭に浮かばず、ただあの人を見つめた。ほんとうに、あの人か? でもいくら見ても、その女性はあの人だった。

 あの人の目が、変だ。血走っている、ように見える。


「ねえ、あれ」


 宮城さんの声だった。


「なんか、浮いてない?」


 宮城さんはぼくと同じ方向を見ていた。あの人を見ていた。


「ん?」


「ほら、あれ、浮いてる。あれって、はさみ?」


 ぼくは目を凝らした。あの人の手に鋏が見えた。どこか見覚えのある鋏である気がしたが、同じような鋏なんてどこにでもある。

 あの人の目が、カッターナイフで切ったみたいに細かった。目の周りに隈が目立つ。ぼくをじっと見ている。見ているというより、睨んでいる。表情が一切変わらない。まるでそういう顔の人形みたいだ。そのままどんどん近づいてくる。


「宮城さん、行こ」


 身震いした。ぼくは怖くなった。


「やっぱり、はさみだ」


 あの人がぼくの目の前に立った。腕を勢いよく振り上げた。

 何が起きたのか、すぐには気づけなかった。

 え、と宮城さんの声がした。見ると宮城さんの顔面が、斜めにぱっくり割れていた。肉の切れたところから真っ赤な血が流れ出た。数秒あって、彼女は「痛い、痛い」と泣き叫んだ。膝から崩れ落ちた。

 ぼくはあの人から距離を取った。あの人が鋏を持った腕を振り上げる。振り下ろされる前に、ぼくはあの人から距離を取った。


「痛いぃ……」


 助けを求めるように、宮城さんがぼくを見た。

 どうしよう、どうしよう……。

 ぼくはあの人と宮城さんを見比べた。ぼくの離れた歩幅に合わせて、あの人が近づいてくる。それに合わせてぼくは下がる。


「ごめん」


 宮城さんを置き去りにして、ぼくは走った。

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