赤い女

 行きたい方向と逆の電車に乗ればいい。それが逆様電車になる。

 ラムゼンに言われた通りにすると、ぼくは異世界駅へ辿り着いていた。あの老人を探してホームの端から端まで歩いていると、ベンチに赤いワンピースを着た女の人が座っていた。

 寒気がした。ホラー映画なんかでよく出てくる幽霊くらいに赤い色をしている。いまどきこんな赤いワンピースを着て電車に乗る人がいるのかと思ったが、ここは異世界駅だ。不思議なことが起きて自然な駅だった。


「あなたも誰かに殺されたの?」


 傍を素通りしようとしたとき、声をかけられた。間違いなくその赤い女の声だった。ぼくの足が止まった。

 ぼくは振り返った。彼女の背中は丸くなっている。その背筋と似たように項垂れた長いウェット感のある黒髪によって、顔が隠れて見えない。


「あの、何か言いましたか?」


 返事がなかった。


「あの……」


 もう一度声をかけた。数秒待っていると、女がぬうっと立ち上がった。それからこちらへ振り向いた。いまになって気づいた。女の腹からどす黒い液体が滴り落ちていた。滴り落ちて、女の足元で赤黒く広がっていた。

 黒い髪が暖簾のれんみたいに顔にかかって表情が見えないが、そのうち黒い点と目が合った。ぼくは息が止まった。どす黒い瞳だった。井戸の底のように暗い。恨みが籠っている。そう感じた。髪の毛の隙間から血眼がじっとぼくを睨んでいる。


「来たのか」


 背後でラムゼンの声がした。ぼくは、ひゃっ、という情けない声を出して振り返った。

 ラムゼンがぼくを見ている。訝し気な目をしている。


「なんじゃ」


「女が」


 ベンチへ振り向いたら女がいなくなっていた。


「あれ」


「どうした」


「いまここに、女の人が」


「女?」


「赤いワンピースの女がいたんです。怖い目をした女が」


「バベルの住人みたいなこと言いよるのお。そんな女はここにはおらん、見たこともない」


「バベル?」


「近くにある魔法学校じゃよ。そんなことより、久しぶりじゃのお。上手くやっとるか? 例の片想いの件はどうなった」


 ぼくはすぐに言葉を返せなかった。女の黒い瞳が頭から離れない。


「う、上手くいきました」


 唾をのんで、気を落ち着かせながら答えた。


「バイト先の女子高生に、あなたに教えてもらった魔法を使いました」


「そうか、上手くいったか」


 ぼくは頷いた。「本物でした」


「なんじゃ、“本物でした”とは」


「嘘だと思ったんです。叫んで、それで何も起こらなかったら赤っ恥じゃないですか」


「失礼なやつじゃのお。まあよい。意中の女には試したか?」


「まだです」


「なんじゃ、まだやっとらんのか」


「名前を知らないんです」


「はあ?」


「その人の名前を知らないんです」


 ラムゼンは露骨にため息をついた。


「名前も知らんのに好きなのか。不思議なやつじゃな。お主、一体その女の何を知っていて好きなんじゃ?」


「それは……」


「ええ、ええ、無理に答えんでもええ。聞いた儂が阿保じゃった。で、彼女の名前を知るすべはあるんけ?」


 ぼくは頭をかいた。

 どうやって、あの人の名前を手に入れようか。

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