三つの条件
携帯のアラームで目が覚めた。いつもの天井が見える。天井を天井と把握したあと、それが自室の天井であることを把握する。頭が少しだけ、はっきりしてくる。
ぼくは首をやや起こして室内を見渡した。
夢か……。当たり前だろ、と自分につっこみを入れた。
スマートフォンの画面を見ると夜の〇時前だった。もう少しでジャンプが更新だ。今週は土曜日で合併号。
電話がバイブレーションした。画面に見知らぬ番号が表示されいてた。普段だったら詐欺を警戒して0120や登録していない番号からの電話、非通知は絶対に出ないのだが、寝起きで判断が行き届かなかった。
「はい」
「言い忘れたことがあった」
「どちら様ですか」
「ラムゼンじゃ」
「ラムゼン?」
「夢とでも思おたか。あの魔法を行使するには三つの条件がある。一、屋外であること。屋根のある場所では使えん。二、相手のフルネームを字面まで理解していること。三、……」
「ちょ、ちょっと待ってください。なんでぼくの電話番号知ってるんですか」
「交換したじゃろ」
ぼくはジャーナルに使っているノートを取り出し、ラムゼンの言葉をメモした。ジャーナルとは日誌、日記のことだ。日々の自分の体験や気持ち、考えを主観的に綴る。
「あの、夢じゃなかったんですか? もしくはいまも夢か……」
「寝ぼけておるのか? 夢ではない。ビンを見たじゃろ」
「赤竜……」
「あんな大きな竜がお主の世界におるんけ?」
「いませんけど」
「じゃろ」
「ぼく、どうやって帰ったんですか?」
「逆様電車に乗ったじゃろ」
「逆様電車?」
「来るとき乗ったやつじゃ。帰りもあれに乗れと馬鹿丁寧に説明したじゃろ、忘れたか」
「覚えてません」
「そうか。まあ、よい。よくあることじゃ。初めて来たときはみんなそうなる。で、どこまで話した?」
「呪文の条件を二つまで」
「ああ、そうじゃった、そうじゃった。三つ目は“ライトニング”と大声で叫ぶこと。よいか、小さい声では駄目じゃ。叫ぶんじゃ」
「叫ぶ?」
「小声では効能は得られん。
「いえ、特にはないですけど」
「では頑張りたまえ。お主のような迷子を助けるのが儂の役目であり、趣味じゃ」
「趣味……」
「何かあればまた駅に来なさい」
「どうやって」
「それも忘れたか。行きたい方向と逆方向の電車に乗りなさい」
電話が切れた。
ぼくはしばらくノートにメモした三つの条件を見つめた。
夢じゃなかった。ぼくは自室で一人、うんうんと頷いた。見た、ぼくは赤い竜を見た。あれが夢ではないということは、つまりこの魔法も夢じゃないということか? あの駅も本物か。
早計過ぎる。いや、ではいまの電話をどう説明する。彼はあのしわがれた声で、ラムゼンと名乗っていた。やはり変な名だ。
「あれ……?」
携帯の着信履歴を確認すると何も表示されていなかった。そんなはずはない。いま喋ったばかりだ。声を覚えているし、メモもした。もう一度ノートのメモを見た。
「三つの条件……」
屋外で、相手のフルネームを知った上で、大声で“ライトニング”と叫ぶ。
「きっつ」
自分がそれを実行しているときの姿、それから実行し終えたあとの周囲の奇異の目を連想してしまった。身の破滅だ。大学を卒業するまで変な人だと思われ、陰口を叩かれるだろう。曽根や他の二人にも距離を置かれるに違いない。何故かは知らないが、うちの大学の学生たちはみんな周囲から変だと思われないように普通であろうとしている気がする。大学とはもっと高校や中学とは違う自由な空間なんだと思っていたが同じだった。街中でなく周囲を畑や山に囲まれた田舎にキャンパスがあるからだろうか。誰かの噂話をずっとしている。立ち回りを間違えば、ぼくもその噂の中の一人になるのだろうか。
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