第6話 ライオンの長

魔猿を食ってからというもの地面に降りていない。もう一度魔猿と戦っても、おそらく勝てない。ボロボロになった指を見ながらそう思う。だが、動かないでは何も得るものはない。比較的傷の少ない、親指と小指も使い、枝を登る。小指をかけてバランスを取りながら、脚をかけて一枝一枝慎重に。今いるのは幼い木だ。折れないように一層注意したが、頂上はほんの5mほど上でしかなかったのですぐ行き止まる。今は秋だ。甘い果実をよく見かける時期なのだが、見当たらない。隣接する大木の枝を噛み、固定してから脚をかける。また同じようにして頂上に登っても、結果は同じ。しばらく考えたがよくわからないので、代わりに見つけた小さな池に行き、魚を探すことに決めてた。降りるのは一層むずかしい。指や歯で支えることはできないので背中をつけながら降りる。心の便りがあるだけでもいいものだ。枝は密集していて体は自然に僅かに安定する。そのためもあり無事に降りることができた。しかし、頂上から見えていたトカゲが怖くて進みたくない。このままとどまってもむしろ食べられるだろうし、飢えるかもしれない。と思うが、体は正直でこのままではトカゲに気づかれないような精密な動作はむずかしい。弱腰なビビった考えが更に判断ミスの予感もさせている。まずい、このままではお先真っ暗だ。悩みに悩んだ。結果は、待機。勝てないのなら、勝てるようになることはできないだろうか。少しの間で、健康状態を改善、戦術を考えることでそれは可能になるのではないかと思い、さっそく地面に飛び込んだ。・・・腹を満たすためである。肉食なため、効率は非常に悪いが、戦いの前の腹ごしらえというならば少しだけでも望むものだ。草の根をかき分け、食べる。一つ、2つと食べるうちに、でっかい根をもつ草があった。しかも、この根は苦みが少ない。うまい。むっちゃむっちゃとその根の草だけ掘っては食べた。もう腹はいっぱいだ。水がむしろ飲みたくなって、逆効果になってしまう。さらに腹に溜めときたい気持ちを抑え、次の対策に移る。戦術を考えるのだ。トカゲは高い瞬発力と丸い顔についている大きな口にズラッと歯が生えている。まわりに擬態し、獲物に気づかれないように素早く飛びかかり、頭をまるかじりにするのだ。恐ろしい相手であるが、身長に進んでいけばさきに相手を見つけることもできるだろう。見つかっても逃げればいい。脚の早さは体高のあるこちらが勝っているためだ。そうと決め、ゆっくりと林の下を進み始めた。ここは荒原と草原の中間で、風の加減で雨量が大きく変化する。そのため、落葉の季節があり、あたりは黄色の葉に染められている。木やくさにまぎれてないか、足元に埋まっているないか慎重に確認して進まないと、もし噛まれたら首がすぐに繋がってないかのようになってしまいそうだ。ガサガサと小さなトカゲや虫たちが音を立てているが紛らわしい。ライオンの優れた目だが、ひっそりと動く敵と見つける能力は草食の生物より劣る。ライオンの移動に合わせて木をくるりと移動する存在の僅かながらみせた隙を、見逃してしまった。トカゲが木に張り付いたままライオンの背中を見つめる。そして飛び来るトカゲ。跳躍の音はさすがに聞こえ、ライオンは振り返る。すぐに引き下がるがすでに目前に迫っていた口はその頭を覆いこんでいく。だがライオンは死の直前の超速の思考で対応した。脚を曲げ、勢いづいてむしろ口に突っ込む。肩も突き出し、できるだけ首をもたせるまで耐えないとまず死んでしまう。狙いどおり、背骨もギリギリ届かないところで、腕を割り込んだ。鋭い歯だが、ライオンの鍛えられた腕はそう簡単には切り裂けない。力が拮抗するが、相手に利がある。メリメリと少しつづその噛みつきは命に届こうとしていた。意識が揺らぐ、連戦で血がすくないし手の出血もひどい。血管丸ごと外につながったみたいな血の出ようだ。切れてしまったかもしれない。、、どうせなら。歯がメリメリと食い込む音が聞こえる。深く刺さってしまい、動かすに動かせないが無理に力を込める。爪を立て、顎に突き刺した。上顎には上に、下顎は前に突き出させるように。無理に更に深く刺す。赤くお互いが染まる。あまりの苦痛にグァァと声を上げながら、傷を覚悟で爪を突き立てる。力が弱まった。が段々と押し負けている。どうやら、先に限界が来たのは俺の方らしい。意識がおぼろげになっている。ああ、終わりたくない。終わりたくない!と最後の力で腕がどうなっても口を開けてやろうとした。手に力が入らないが構わず、腕をお仕立てた。怪我を追った獣はためらいがなく強いが、雄叫びを上げながら自ら腕を傷つけると、だんだんと押し返せてきているようだ。なにがおきているかも理解せず、腕を押し立てる。ある程度押し返したところで腕が伸び力が落ちたタイミングで首を引き抜いた。力が衰え、口が塞がれる。バン!と一本手首が絡まったようだ。こっちの番だと俺は攻撃を開始した。左手を突き出す。噛まれている右手は動かせない。激しく振られる首に合わせるように体を揺らしながら蹴りや突きを食らわす作戦だ。ドコドコと音を立てる打撃をものともしない。それどころかとげで左の方もだめになりそうだ。このままだと食いちぎられる。咄嗟に判断し、やつの首をぐるっと締める。力勝負だ。息のしにくい今なら、締めも危ないんじゃないか?とギリギリと首を絞め立てる。だが、動いてくる。こいつ重すぎるが、やるしかない!と全身で抱え込むような体制で仕掛ける。トゲが刺さりスパイクになっている。冷や汗か、全身から汗が吹き出、これを終えたら動けないだろう気する。やっと動かなくなったのはあぁぁと雄叫びを上げ始めてから17分後のことであった。がくっと膝をつく。傷ついた手首を直し、出た血を補う術はない。薄まっていた意識はいつの間にか消えていた。

「ガァ」と声を上げる。前にいるのは悪魔の如き皮膚と鎧のような長方形の硬い皮膚を耳の丈夫に少し傾けてつけているような象。「パオォォン」と言う声が辺りに響き、こだました。少しも慄かず、ライオンとしての誇りを持って怪物へと挑む。正面からではだめだ。円の方向に回りながら、隙を伺う。バサバサと耳を広げ、威嚇してくる。しばらく睨み合う。はじめに動いたのは、こちら。バサッと前方に跳躍する。と同時にやつは鼻先をこちらに向け、ボコッと付け根が膨らんだかと思うと、鼻先までスライドされ、放たれた。上に大きく跳ね上がり、躱す。弾丸のような勢いで過ぎていったそれは土をサッカーボールほど砕いている。あの速さと大きさなら当たったところは粉砕骨折だろう。そんなことを考えながら、横に振り払われた長い鼻を急ストップで避ける。やつの大きな額に飛びついた。爪を立て、上下に付く鋭き牙でえぐる。このサイズの獲物は普通なら狩れない。奴らの皮膚は硬く、いくら傷つけても致命傷にはならないため、大人数で押し倒し窒息させるのが鉄則だ。しかし今は己一匹。相手は魔象だ。結果は見えている。とは思わない。

 魔像は耳にエネルギーの塊である板を耳を守るようにつけている。また、それはエネルギーを生み出してもいるのだが、ともかくその強力なバリアともいえる急所を砕くことができれば、迎撃はできる可能性がある。しかしバリアは水を生み出すほどの高エネルギーであり、もしそれが完全に解き放たれたなら地形が変わることさえ予感される。それ故に、もちろんバリアは狙わない。このバリア以外は背中にある水嚢以外は他の魔物と変わらない。その水嚢というのは背中を通す無数のくだのことだ。筋繊維の間を通り、量にして魔像1頭分の体積の水を圧縮、収納している。つまり、常に背中の筋肉は張り、盛り上がっている。そして、そこはそれ以上固くはならないのだ。そこが弱点。狙い通りに鼻から額、そして背中へと移動する。ガシュッと切り裂き、やや柔らかい感触のあと、頬に鋭い痛みが走った。ガァアと思わず声を上げる。圧縮された水が想像以上の勢いで傷口から噴出されたのだ。傷口は大きく裂け、血が吹き出た。その隙に鼻がこちらを向き、睨み付け、牙を顕にしていた。ボンという音と同時に水鉄砲が放たれる。避けきれず、額に被弾するが下へとかがみ直撃を避けた。攻撃はやめられない。背中は唯一の弱点であり、手放せば水の猛襲を受けることになる。これといった急所のない大物に状況の利まで取られるわけにはいかないのだ。再度来るには時間がかかるだろうと考え、鋭い牙で背中をえぐりとる。シュと水の針が頬を過ぎ去るが避けきった。もう一撃、二撃と食らわす。景色が反転する勢いで動き出した。奴が振り下ろそうとしているようだが鋭い爪は相手を捕まえるためのスパイクでもあるのだ。そう簡単に振り下ろされはしない。一度傷つけた皮膚に再度牙を刺し、体を固定する。薄い血が滲み出ている。水嚢なのであまり血は通っていないのだ。やつの動きは止まらない。体力のあるままに暴れているのか?疑問がよぎる。そういえば、、、ふとエネルギーのバリアが目に入った。紫色から黒色に変色していた。おどろくことにみるみる小さくなっているようだ。手のひらほどにまで圧縮されたと思うと、その漆黒の板は煙を出し始めた。と思うと背中もボコッと膨らみだす。攻撃されている!横に大きく体振られ、体がふっと浮く。牙を食いしばる。重力に従い戻って来る脚を振り抜いて腹に爪を刺す。足場となった腹に力を込め再び背中に乗り上げた。一、二と傷つける。膨らむほうが早く、更にあたりはだんだんと紫に染まっていく。まずい。三、四、五とさらに傷つけやつから水を奪う。こころなしか柔らかくなっているような、、。それより、この煙は何だ?爆発するのか、毒ガスなのか。なにかヒントは、、体が膨らんでいる。毒だ!たてがみが湿っている。煙で湿るなんてありえない、長い時の中で磨かれた野生の勘がすぐに逃げろと訴えてくる。打撲など気にせず、自ら振り落とされた。1t近い体重で振り落とされれば、ひとたまりもない。が上半身をひねり、続けて下半身をひねる。空中で方向転換し、脚から着地し衝撃を殺した。ごろごろと2、3回転げたあと素早く立ち上がりやつを見据える。背中を大きく膨らませた山の如き巨像が丸太のような鼻でこちらを注視していた。横に飛び跳ねる。その直後キュッと瞬間的に縮んだかと思うと鼻がボコンと何かを溜め込み暴発させた。落ちた茂みが吹き飛ばされる。とんだ木を避け、そのまま横腹に突進する。グルッを目を向けた魔像は縮んだ体を更に縮め、再び暴風を放った。縮んだ瞬間をみると、着地のまま前傾に倒れ、上に飛んだ。くるっと逆さになる。その下をヤツ自身さえ耐えられまい風が通り抜ける。少し引きずられながら、後ろ15mほど下がり着地する。今度こそ駆け飛びかかり、鼻面に噛みついた。そのままでは踏み潰される。ツンとしてきた目を閉じ、鼻を通り過ぎ前足の股下に入り込む。腹に噛み付く。硬い皮膚はなかなか食い破れない。動き回るやつに合わせて、もう一度背中に前足と後ろ足二回の収縮で登り切る。牙を突き立てるが、なんと刺されど切れない。水を出し切ったことにより、筋繊維がより密になったためだ。勢いを殺さず次の策に移る。次は尻尾だ。背中を駆け、尻尾にかぶりつこうと飛びかかる。ムシと噛みついたのは先の毛と少しの尾。落ちる!ブシッと一部裂断できたようだ。空中で回転し、一歩距離を取る。攻撃は続いている。影が被さったかと思うと悪寒が走る。全力で跳躍する。ドン、、、と何tあろか想像もつかぬ塊が振り下ろされていた。一瞬の硬直。フッとよそ風が通った気がした。同時に視界が暗転し、激痛が目を走った。やられた。感覚を頼りに180度方向転換し命だけでも願い、逃げる。結果として逃げきたのは幸運だとしか言いようがないだろう。それがライオンの長たる俺がこんなところにいる理由なのだ。

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