第4話 タイマーストップ
魔王城は崩壊した。誰でもない、俺の焼きリンゴ剣によって。
周囲はまるで隕石が落ちたかのようにくぼみ、瓦礫が散乱していた。
RTAとは時に速度を重視するあまり、見栄えというものを完全に無視してしまうことがある。
今回のが正にそれだ。俺は魔王と相対することもなく城ごと魔王を破壊した。
いや。これは逆に見栄えがあるかもしれないが。
どちらにせよ、ただのバグ剣ごときでストーリーのラスボスを倒してしまえるのは少し悲しかったりもするのだ。
「にしてもグラブレはすげーよな。設計時点で魔王城を破壊可能オブジェクトにしておかないと、こんな真似出来なかったはずだから」
そんなことを思いながら、俺は半壊した魔王城の少し奥にある唯一無事なままの塔に向かって走る。
もちろんこれは偶然じゃない。剣を振り下ろした瞬間から、破壊範囲を調整し、この塔だけは残るようにしたのだ。
なぜならそう。ここにグランデ王国の王女、リリーナ・グランデが捕まっているからである。
彼女は物語が始まる数か月前に魔王軍によって誘拐され、この魔王城に幽閉されていたのだ。
もちろんこのグランデブレイブというゲームの最終目標は囚われのお姫様である彼女を助けることにある。
だから、これがこのRTAチャートの最後の行程だった。
崩れかけの石壁を前に、俺は深呼吸する。
——興奮で動悸が止まらなかった。
今までの練習の集大成がここに詰まっているんだと考えると、とてもじゃないけど落ち着いていられなかった。
そんなデジャブを感じながら、俺は塔の扉を開けることもなく、すぐ隣の壁に激突した。
魔王城が崩壊した影響で、ここ周辺の物理演算の挙動は少し狂っている。
その隙をつく事で、扉を開けるよりも数秒速く、壁抜けて塔の中に入ることができるのだ。
半ば強引に体を滑り込ませ、最後の難関を俺は何とか成功させる。
そんな俺の目の前に広がったのは、うっすら光に満たされた広間だった。
奥に、グランデのお姫様がいた。
その黄金の髪は布地のように艶やかに揺れ、青いドレスは大空のように自由に舞っていた。
彼女はふと、何かの気配に気づいたように振り返り――。
俺の姿を見ると彼女は泣き出しそうになりながら、俺に笑顔を向けたのだ。
「助けていただき、ありがとうございます」
ここでタイマーストップだった。
俺はお姫様の神秘的で儚い笑顔につられそうになりながら、どうにか手元の時計の表示を見た。
時刻は12時29分51秒37。
タイマースタートは12時ちょうどだったか。
つまり記録は29分51秒37ということである。
そう、この記録は――。
「30分切りの文句なしの世界記録だぁぁぁぁぁ!!!」
今までのグランデブレイブRTAではありえなかった30分切りの記録。
旧世界記録から10分も短縮した歴史に残る新記録である。
こんなの叫ばないことなんてできないだろう。
前世での努力が実を結び、ようやく世界の頂点にたどり着いたのだから。
……いやまて、本当に叫ばないことなんてできないのだろうか。
今そこに、助けられたばかりのお姫様が佇んでいるっていうのにか?
(やばいっ。恥ずかしいとこリリーナ姫に見られ――)
「すぴー。すぴー。すぴー」
一人で喜んで、一人で焦って、そしてようやく俺が気づいたのはリリーナ姫が床に転がって安堵したように眠る姿だった。
彼女は小さく息をしながら静かに寝ていた。
それもそうである。この少女は一人で化け物たちの巣窟に連れ込まれ、夜も眠れずに震えていただろうから。
「でも、こんな描写ゲームになかったような……」
いや、ないに決まっているはずなのだ。
俺がタイマーをストップした瞬間から、この世界にエンドロールが流れなかった瞬間から、この世界はゲームのシナリオから完全に引き離され、新しい物語を紡いでいくこととなる。
そんな、わかりきったことを俺はRTAを走っている間、全く考えもしなかった。
「あぁ。これからどうしていくべきなんだろうな」
前世のやり残しに気を取られ、何も考えないままに始めてしまった俺の冒険は、たったの30分で終わってしまった。
この後何がしたいのかも、何をするべきなのかも、今の俺は思いつかなかった。
「すぴー。すぴー。すぴー」
そんなことを考えている中でも、リリーナ姫は静かに寝息をたてる。
「いや、マジでこの子はどうするべきなんだ?」
◆
※リリーナ姫視点。
ふかふかの何かにくるまれながら、私のまぶたは開きました。
天井には見慣れた天蓋付きのベットが。
そして、横には私を心配そうに見つめる侍女の少女がいます。
「ッ!? リリーナ様、目が覚めたのですか!」
その少女は私が目を覚ましたことに気づくと、きれいな銀髪を揺らして泣き出してしまいました。
彼女の名前はシェラ。
小さいころから私に仕えてくれている少し年上の侍女です。
少し、懐かしいですね。
私のほうが年が下だったこともあり、私は彼女を姉のように慕っていました。
しかし、彼女がこんなにも慌てて、泣いていることは滅多にありません。
いったいどうしてしまったのでしょうか。
「ああああ。うわぁん。リリーナ様。おそばにいたのにお守りできなくて申し訳ありませんでしたぁぁぁ」
シェラはタガが外れたようにずっと泣き続けています。
その姿を見ていると、何となく何があったのか思い出してきました。
私はあの日の夜、突然城にいたところを魔王に襲われて、魔王城に囚われてしまっていたのです。
道理で懐かしいはずでした。
だって私がシェラを最後に見たのは、連れ去られる私に手を伸ばして、それでも届かなくて、きれいな顔が絶望に歪んでしまったあの姿だったのですから。
魔王城に囚われた後は地獄のような日々でした。
食事は出ますが、それも最低限のものだけ。
生きてさえいればいいと思われているかのような待遇でした。
でも、あの時。
近くで雷が落ちたかのような轟音の後に、牢を閉ざす壁が激しく揺れ、瓦礫の隙間から光が差し込んできました。
そして、そこに立っていたのは、一人の人影。
焼け焦げた匂いの中、彼は剣を携え、静かな瞳でいつの間にか佇んでいたのです。
その姿を見た瞬間、私は心の底から安堵し、力が抜けてしまいました。
そこから先の記憶はほとんどありません。疲れと緊張が限界を越えて、私は眠ってしまったのでしょう。
そして私は気が付けばこうして、自分の城のベッドの上にいたのです。
「……シェラ。私をここまで連れてきてくれたのは、誰だったの?」
私の問いかけに、シェラは涙を拭き取りながら首を横に振りました。
「それが、目撃した者が誰もいないのです。確かにリリーナ様は城門の前に横たわっていて。けれど、近くに誰かの姿はなくて……」
シェラの言葉に私は目を伏せます。
そんな私を横目に、シェラはさらに続けました。
「魔王城も突如として半壊したと聞きました。そちらについても誰がやったかはまだ分かっておりません」
つまり、あの方は雲隠れしまったということなのですね。
私はどんな方だったか思い出そうとしましたが、まるで夢の中で見た幻のように、輪郭だけがぼやけていました。
でも、ひとつだけ確信できることがありました。
あの方がいなければ、私はここにいなかった。
だからこそ、もう一度会わなければならない。
「シェラ。父様に伝えてください。私を救ってくださった方を――勇者様を必ずお探しするのだと」
シェラは驚いた顔をして、私に尋ねます。
「勇者様、ですか?」
そうです。
かつて魔と戦い、世界を救った神話の存在、『勇者』。
「あの方は、私を暗闇の中から救い出し、それだけでなく、この世界も闇から救ってくださいました。ならば、そうお呼びするべきでしょう?」
こうして私は決意したのです。
どんな手を尽くしてでも、あの勇者様を見つけ出すと。
◇
これは、何も考えずに世界を最速攻略してしまった少年と、それを探す一人の少女の物語。
故に彼らの冒険は、物語は、ようやくここから始まる。タイマースタート。
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