第6話
「こういう時、主人公だったら特別な力に目覚めて一瞬で場をおさめちゃうんだろうなぁ……。
俺、逃げ回ってモンスタートレインしただけだよ」
「………ああ、がっかりしたよ」
ため息をつくシスと、苦々しい表情で周囲を見る支配人。
事態は収拾したものの、元通りの日常になったわけではない。
周囲にはたくさんの死体が転がっており、建物や道がたくさん壊れている。
泣き声が聞こえている。
騎士団を責める声も聞こえる。
遠くの方、大きな建物をいくつも挟んだその先からも低い音、いや声が聞こえる。
多くの人が国から出ようとしているみたいだ。
先ほどのふざけた雰囲気も忘れて、シスと支配人は暗い表情になった。
「……だというのに、我関せず拷問を楽しむ馬鹿野郎がいるのは看過できないね」
「確かに君の言うとおりだねぇ、支配人。
しかし、彼らのためにコイツを痛めつけることは必要なことだと思わないかい?」
「……それで何が帰ってくるってんだい。
そんな目障りなもの、さっさと殺しちまいな」
「それもそうだねぇ」
フッと笑顔を消し、無の表情で水の鎌を作り出すクライ。
それを見て支配人も忌々しげな表情を改め、神妙な表情でクライを見つめる。
「…………」
痩せた男……いや、水によってブクブクに膨れ上がった男の首元に刃をあてる。
男は気絶しているのか、もはや何も言わなかった。
「君が今日受けた痛みは、彼らの痛みには敵わない。
この死は罪への罰ではなく、君の償いではない。
残された者たちへのせめてもの安寧を示すものだ」
この男の死の意味を示す言葉。
大声で告げたわけでないにもかかわらず、それは不思議とその場に居た全員の耳に届いた。
騎士団も、泣いている人たちも、罵倒していた者たちも思わず静かになってそちらを見る。
それを確認し、クライは鎌を振り上げる。
「気絶したまま逝くのが残念だよ。屈辱と苦痛に塗れて、無力さを感じながら死んで欲しかったのに」
ゾッとするほど冷たい声で呟くクライ。
支配人は苦い表情になり、シスは目を見開く。
さっきまでクライが楽しそうに男を甚振っていたのは、男に屈辱を与えるため。
わざわざ襲い掛かる前に男に幹部の頭を見せつけたのも、絶望を与えるため。
いやそれ以前に、幹部を即殺している時点で彼女がこの状況を楽しんでいるわけがなかった。
全ては男への憎悪から出た行動だったのだ。
「死ね」
掲げた鎌を振り下ろすクライ。
その刃が首を斬り落とす瞬間を見届けようと、皆が凝視する。
男はやはり気絶しており、動くそぶりを見せない。
今まで通りの日常が帰ってくるわけではない。
しかし、これで今日の惨劇には一区切りがつく。
はずだった。
「お前だけは道連れだああああああああああ!!!!」
突然、男が叫び声をあげて身体を破裂させ、大量の黒い矢を放つ。
咄嗟にクライは男から離れ、騎士団も民衆の前に出て庇おうとする。
放たれた大量の矢は無差別な方向に飛んでゆく……わけではなかった。
「っ!?」
幾つかは縄のようにクライと騎士団、そして支配人に巻きついて拘束する。
残りの矢は雲を貫き、天高く飛び上がり、空中で一つの塊となり、こちらに向かって飛んでくる。
豆粒のように小さく見えるそれに目を凝らして、どうにか矢の向かう先を確かめようとする。
が、この距離で分かるはずもない。
先程の行動からクライを狙っていると予想し、迎え打つために各々魔法を用意する。
「クソガキぃぃぃ……死ねぇ………」
聞こえるか聞こえないか、ギリギリの声量で転がった頭部が呟く。
縮れた神経で頭部と繋がる眼球は、真っすぐにシスの方を向いていた。
*
「くっ!!」
クライが水龍を矢に向かって飛ばす。
両者は互いにぶつかり、龍は消える。
しかし、矢は全く消えず止まらない。
「クソッ!!」
「てぇっ!!」
支配人が炎を放つ。
騎士団も各々の魔法を放って矢を止めようとする。
しかし、やはり矢は止まらない。
変わらずシスを射抜かんと飛び続ける。
「畜生!!なんだいこれは……!?
力が全く入らない…………!?」
「この拘束自体、"手放された運命"に満ちている。
直接、侵食されずとも影響を受けてしまうのだろう」
「リミテッドNo.1のアンタすらもそうなるとはね……!!
だが、じゃあ、これを解けばあれを止められるんだな!?」
「恐らく」
「ダメだ……っ!!
拘束を解こうとするなっ!!
"黒"が感染る……!!」
「「「っ!?」」」
拘束を破ろうとしたクライ達だが、悲鳴にも近い制止の声に動きを止める。
声の方を見ると、一人の騎士が黒い瘴気に纏わりつかれながら蹲っていた。
鎧に隠れていない部分は、ほとんど黒い痣に覆われている。
どうやら、拘束を解くとこうなってしまうらしい。
「じゃあどうすれば!?」
「なんで幹部でも無い奴がこんな力を……!?」
「クソッ!!どうすれば……!?」
焦燥、怒り、絶望、それらの声を嘲笑うかのように矢はシス目掛けて飛び続ける。
「アンタ!!アタシの後ろに隠れな!!」
支配人はどうにか上体を起こしてシスを庇おうとする。
しかし、声をかけられてもシスは矢を見たまま動かない。
「………」
頭に手をやり、くしゃくしゃと髪を乱すシス。
手の動きは徐々に早くなり、表情が引き攣ってゆく。
「ァアアアアアあああアアア!!!??」
裏返った叫び声をあげるシス。
ガリガリぐしゃぐしゃと頭を掻きむしり髪をぐちゃぐちゃにした後、全力で走り出した。
「おいアンタ!?」
「シス!!」
支配人とクライの制止の声も聞かず、何かを確かめるように首をブンブンと振りながら走り続ける。
「……ここか!」
何かを見つけたようにシスが立ち止まる。
広場に散らばる人達から、絶妙な距離を保った地点。
「……ごめんここしか無かった。
移動させてあげたいけど、時間がない」
横たわる死体に謝罪を告げ、矢を隠すように右手を顔の前に持ってくる。
引き攣った笑みを浮かべ、震える膝を左手で抑える。
「ああカッコ悪い……もっと殊勝な態度取っときゃよかった……」
しかし恐怖に耐えきれず、膝から崩れ落ちて赦しを乞うように跪く格好となる。
ぎゅっと目を瞑り、歯を食いしばって喉の奥から湧き上がる悲鳴を殺す。
騎士団やクライが絶望の表情を浮かべる。
市民たちも顔を背ける。
それらに構わず、黒い矢はシスに直撃した。
*
数分前。
クライの導きにより運命の書を出現させたシスの視界は、今までとは全く異なるものとなっていた。
(何か、黒い光が見える……?)
あちらこちらでそれが見え、その直後に魔法が人を襲ったり建物が破損して落下した瓦礫が人を潰していた。
光が見えた直後に人が死ぬ。
ひとまずシスは、"人の死を予測できる能力"に目覚めたのだと予想した。
その能力のおかげで、男に襲撃された時も事前に察知することが可能だったし、クライがサンタに勝ったことも分かった。
これほどの緊急事態でも余裕を保つことが出来たし、何なら調子に乗っていた。
(俺は、特別なんじゃないか……?)
今までしてきた数々の妄想を思い出し、これからの未来に輝きを見る。
男の死を見届け、能力をクライ達に明かして驚愕のリアクションをもらいチヤホヤされるのだ。
それが勘違いだった。
「お前だけは道連れだああああああああああああ!!」
そう、特別な力に目覚めたから何だ。
その後すぐに死なない保証などどこにもない。
調子に乗って敵に舐めた態度を取り、不興を買ってしっぺ返しを喰らった。
トドメをさしてもいないのに勝った気になっていたその姿はお笑いもの、まさに道化だった。
"死を予測する能力"によって自らが黒い光を発しているのが見える。
どうやら、逃れられないらしい。
「ああカッコ悪い……もっと殊勝な態度取っときゃよかった……」
死を目の前に、走馬灯が流れる。
気にも留めていなかった家族との会話、朝ごはんを何にするかや生活費を渡すなど気に留めるはずもないもの。今月の生活費はもう出していた、危ない。ギリ親不孝な息子で終わることは無かった。いや、そうでもないか。
忘れていたはずの恥ずかしい失敗、今日と同じように調子に乗って大勢の前ですっ転んだ出来事。これは、要らないな。鮮明に思い出したくない。
微妙な関係を感じる友人との交流、さっきまで仲良くしていたのにソイツが居なくなったら嫌なところを列挙する。特定の誰かではなく、誰が居なくなってもそうで、悪口を言ったはずのソイツとも仲良く盛り上がっていた。自分もそうなのだろうかと、それを受け入れられない己を友情に向いてないと感じた。
それほど時間は経っていないはずなのに懐かしい故郷の田舎町、交差点で信号が変わるのを待っていたら通り過ぎるトラックがディスクを窓から投げ捨てて呆然としたこともあった。通り過ぎる車が無感情に踏み荒らしていくのを拾うでもなくただ見つめた。そのまま見ぬふりして立ち去った自分を、別に嫌いにはならなかった。
記憶の捏造が発覚した今では、それらが正しいものなのか分からない。
でももう別にどうでもいいことだ。
もうすぐ、全てが無意味になる。
なだれ込む過去を引き延ばされた時間の中で受け止める。
やがて勢いが緩やかになり、現在の"死"へと辿り着く──
『死ねば、来世で今よりもいい人生が待っていますか?』
『私は、貴方と幸せな"今"を見つけたいです』
「───っ!!」
突然聞こえたその声に、意識が一気に引き戻される。
諦めは消え失せ、目の前の
何か手はないのか。
なだれ込んだ記憶を掻き分け、"生"への道筋を探す。
そして、運よく一つの解を見つけ出す。
「っ、ああ!!」
小さなことでも、大きなことでも、少しでも運命を感じた瞬間の記憶をありったけ引っ張り出す。
偽物か本物かはこの際どうでもいい。全部出せ。
もうこれしか方法が思いつかない。
「!」
やがて、矢を隠すために前に出していた右手に、光の粒子が形成される。
そしてそれらは集まって一冊の書となる。
運命の書が形成され、身を護る盾のように矢を受け止めた。
「運命の書で防いだ……!?」
「確かに彼本人よりは硬いだろうけど……!!」
「ぐっ、う………!!」
参考にしたのはつい最近の記憶。
数十分前に、強く印象に残った出来事。
"運命を感じた瞬間を思い描き、運命の書を出現させる"
"自分の運命の書を見た時、黒色の紙が入っていた"
矢の黒色と紙の黒色はよく似ている。
それが何を意味するのかは分からない。
もしかしたら、同じ色だったというだけで関連が無いのかもしれない。
しかし、今はそれに賭けるしかない。
「何とかなれええええええええ!!」
鼻血を流し、唾液か胃液かも分からずに口から液体を垂らして叫ぶシス。
殺意を増したように大きくなる黒い矢。
踏ん張り合いの取っ組み合い相撲。
片方は素人の勘任せ。
が、片方も死人の遺産。
どちらが先に倒れるのやら。
シュウゥゥゥゥ……
「!」
どうやら、運命はシスに味方したらしい。
運命の書は黒い瘴気を吸い始めた。
「「「なっ!?」」」
クライ達が驚きの声をあげる。
シスも目を見開きつつも、黒を取りこぼさないようにしっかりと右手に力を込め続ける。
気持ちいいほどに吸い込まれていく黒。
形が崩れ、霧散し、ファイルの中に収まる。
自らが発していた黒い光も徐々に弱まっていく。
光が消えるのと矢を吸収し終えるのは、ほとんど同時だった。
「ハァ…………ハァ…………」
かくん。
膝に力が入らなくなった。
体勢が崩れて地面に身体を叩きつけられるが、痛みを全く感じない。
身体から力が抜けてゆく。
視界が黒に染まり、意識が闇に落ちてゆく。
疲労による気絶か、もしくは死か。
回らない頭でそんなことを考えるも、何も感じられない。
抗いがたい睡魔に飲まれながら、思い出すのは先程走馬灯で聞いた言葉。
『ほら、飛び込むならこっちです』
その思考を最後に、意識が途切れた。
白の運命 景寄 彩 @KageyoruSaya
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