第4話
「ふぅ……食べたねぇ」
「学生の身体の食欲……じゃ、説明できないですね。何ですかこれ?」
食後、優雅にカクテルを楽しむクライと、綺麗に片付いた大量の皿を前に首を傾げるシスの姿があった。
最初の時点で既に数十品揃っていた上、そこから追加の料理も作った。
クライだけなら異世界人の神秘で説明できるのだが、シス自身も今までに食べたことのない量を苦もなく胃の中に収めた。
「ではそれを一つ目の質問としよう。
結論から言うと、君の中にはコレがあるからだ」
「どれですか?」
「"運命の書"」
クライはおもむろに右手をシスの方に差し出すと、手のひらに光の粒子を出現させる。
粒子は徐々に数を増やし、それらが融合して一つの形になってゆく。
30秒ほど経っただろうか。
金の装飾が施された、青い辞書のようなものがクライの右手に収まる。
タイトルは読めない文字で書かれており、それはカウンターの奥にある酒のラベルに書かれた文字とは違う雰囲気だ。
「"魔導書"と言った方が伝わりやすいかもねぇ。
さっき使った魔法や身体能力の向上、肉体年齢の最適化、あとは寿命の飛躍的向上など様々な恩寵を与えてくれる便利なものさ」
「おおー異世界要素だ。
だけど……胃袋がデカくなるのはメリットなんですか?」
「ああ、満腹が遠くなるわけではないから安心したまえ。
例えるならば、HPやMPの上限が増えるような感じだ。
料理を食べることでそれらが回復する。
それでも無限に食べられるわけではないけどねぇ」
「なるほど……身体能力は上がらないのになぜそれだけ発現したんだ?」
「若返りも発動しているじゃあないか」
「なんで頑なに身体能力と魔法は発現しないんです?」
悔しそうに眉を寄せるシス。
若返った身体のせいで、側から見れば子供が駄々をこねているようだ。
"酒場で駄々を捏ねる中身大人のガキ"
そのあまりにも滑稽な絵面にクライはニヤニヤし始めた。
「ククッ、傑作だねぇ」
「……これだけ恩恵を受けていながら言うのも何ですが、貴方だいぶ性格悪いですよね」
「何を言う!?私は死にかけの人を自らの手で救いだす人格者だねぇ!!」
「普通、病院に届けるでしょう。
……そういえば、今日の散歩でも病院は訪れなかったですよね?
何か理由があるんですか?」
「…………注射が怖いねぇ」
「この人、逆サバ読みしてるんじゃ……"肉体年齢の最適化"って言ってたし」
「コホン!ともかく、君も運命の書を出したまえ」
話が変な方向に逸れ始めそうになったところで、クライは咳ばらいをし、話題を元の方向に戻す。
シスもこれ以上追及することはせず、右手をクライの方に差し出した。
「ここからどうすれば?」
「何でもいいのだが、これまでの人生の中で自分が最も"運命"を感じた瞬間を強くイメージしたまえ。
その感触を手のひらに流していく感じだ」
「なるほど、分からん」
「これが出来るか出来ないかも、多くの能力を発現できる条件の一つかもしれないねぇ」
「運命かぁ……」
シスは今までの人生を振り返る。
小学校から大学まで同じだった人、なんてものはいない。
ボールを蹴った瞬間、ゲームを触った瞬間、バットを握った瞬間、コイツとは一生の相棒になると感じたこともない。
仕事だって、やりたくてやっているわけでもない。
恋なんてもってのほかだ。
「んー……」
どこを探しても、運命的なシーンなど見当たらない。
時間だけが過ぎてゆく。
諦めモードに入りかけ、クライも少し苦笑いを浮かべ始めた。
ザザッ──
「…………ん?」
何も無いまま記憶のゴールにたどり着きそうになった時、ノイズが走った。
*
思い出していたのはつい最近のこと。
"目覚めたら異世界にいた、の直前の夜"
その日も普段と変わった行動をとることは無く、仕事で疲弊した身体を帰宅早々ベッドに投げ出していた。
「んむ、ん……」
二日前くらいの出来事なので、細かく思い出せる。
部屋の景色も帰宅までの道のりも、何もおかしなところはない。
しかし、ずっと何かがおかしいと感じる。
"何かがあったような気がする"
それが見つからない。
ノイズだけがずっと走っている。
(……そういえば)
"ちなみに異世界人はそれほど珍しくないよ。数十年に一回はこちらに迷い込む者がいる"
クライがそう言っていたことを思い出す。
あの言葉に引っ張られて深くは考えなかったが、ある日偶然、別の世界に迷い込む、なんてことが何のきっかけも無しに起こりうるのだろうか。
そして、数十年に一回起こるほど、迷い込むこと自体は珍しくない。
仮に迷い込むのが偶然だとすると、偶然が何回も、珍しくないほどに起こっていることになる。
無いな。絶対にない。
何らかの法則に従って起こっていると考えた方が自然だ。
それが自然のものか人工的なものかは知らないけど、絶対に何かある。
「何も違和感が無いこと自体が、違和感……」
ポツリと呟く。ノイズがさらに酷くなる。
細かいところまで思い出せていたのが、段々と細かくない部分まで思い出せなくなってゆく。
映像を流すように思い出せていたのが、写真を一枚ずつ見るような感覚になる。
そうして思い出せる部分は、意識が消える直前の閉じた瞼の裏に映る暗闇と、全身を襲う疲労感しか無くなった。
あるいは、それ以外のすべてが偽物の記憶だったのかもしれない。
それらがそぎ落とされて、本物の記憶が見えるようになった。
(何か…何かが、ある)
もはや何をしようとしていたかすら忘れ、その違和感を探ろうと再び記憶を探る。
瞼を閉じる直前のことを必死に思い出していると、やや形の定まらない黒いシルエットが見えた。
それの形を掴もうと脳をフル稼働させて思い出す。
(あれは──)
「おっ、出来たみたいだねぇ」
「……?」
不意に、クライに声をかけられる。
それと同時に思考が中断されて、黒いシルエットは不鮮明なまま消え去った。
もう一度思い出そうとしても、何故か全く思い出せない。
不満を言おうとクライの方を向くと、差し出しっぱなしだった自分の右手が目に入る。
そこにはいつの間にか光の粒子が出現していた。
「…………あっ、そっか」
そこでようやく、自分が何をしていたのかを思い出す。
運命を感じた瞬間を強くイメージし、運命の書を出現させようとしていたのだ。
(……んん?なんか変じゃね?)
"運命を感じた瞬間をイメージすることで、書を出現させる"
しかし、さっきの記憶は運命を感じて思い起こしたわけじゃない。
違和感は感じたが、運命は感じなかった。
何故、出現の予兆が起こっているのだろうか。
(えーっと、つまり……)
逆に考えると、思い出せはしなかったものの、"あの瞬間に運命を感じる何かがあった"ということだろうか。
なんかめちゃくちゃだな。
いきなりイレギュラーが発生して困惑気味だ。
「えっと、クライさん」
「おっ、もう出現するみたいだねぇ」
今起こったことをクライに説明しようとするが、それよりも先に運命の書が出現したようだ。
クライに向けようとした視線を手元に戻し、視覚に固まった光が色づくのを見届ける。
いや、色づくと言っていいのだろうか。
現れたのは一冊の白い書物だった。
「おお!やったねぇ!」
「……ん?」
流石に興奮するクライと、対照的に首を傾げるシス。
二人の温度差はそれに触れているか否かによるもの。
現れた書物には違和感があった。
図鑑のように分厚くて大きいくせに、異様に軽い。
片手で持ち、楽に上げ下げできる。
というか遠くまで投げることもできるだろう。
「…クリアファイル?」
中を見てみると、そこにあったのはページではなく重ねられた透明な紙入れ。
なるほど、道理で軽いわけだ。
いや、それにしてもこの軽さは異常だと思うが。
「あっ、何枚か入ってる……けど、何だこれ?
真っ黒な紙?」
「取り出すな!!」
中に入っている紙に指先が触れた瞬間、シスはクライに腕を掴まれた大声で怒鳴られた。
さっきまでのニヤケ面はどこへやら。
血管が浮き出るくらいの剣幕で、シスを睨んでいる。
「…………え、っと」
「……………!!」
困惑するシスと、何かに気がついたように険しい表情のまま正面の酒棚を見るクライ。
掴んだままのシスの腕を引っ張り、椅子を倒す勢いでカウンターを蹴って後ろに跳ぶ。
それと同時に酒棚が轟音と共に吹っ飛ぶ。
いや、棚というか、壁ごと破壊されたようだ。
固まったままのシスは映画でも見ているように、後ろに引っ張られながらその光景をぼーっと眺める。
「さっきの事については後で再び質問タイムを取ろうじゃないか今はコイツの対処が先だ!」
「…………え?あ、はい」
焦りの滲むクライの早口に、ほぼ無意識で惚けた声で返事をするシス。
そして間を開けずに、温度差の激しい二人の会話に、さらに温度差の違う声が入ってきた。
「聖夜の奇跡は永遠よ。
それが、アンリミテッド 第12席 "ディセンバー"の所以だぞい。
子供達よ、プレゼントは好きかい?」
破壊された壁からフロアに入ってきたのは、白い眉とひげモクモクで赤い服を着た、見た目まんまサンタクロースの男だった。
大きな白い袋をブンブンと回しながら、何かヤバいことを言っている。
(アンリミテッドって、確かクライさんが言っていた……)
「クリスマスに乗り遅れた悪ーい男の子よ。儂がプレゼントしてやろう。絶望をな!!」
唐突な展開続きで脳も身体も動かないシスを後ろにやり、クライは臨戦体制を取る。
ディセンバーと名乗った男が持つ白い袋から、さっき見つけた紙と同じ黒色の瘴気が溢れ出した。
白紙の運命 景寄 彩 @KageyoruSaya
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