第2話

「あれがこの国の中心に位置する時計台さ。

大鐘楼は6時、12時、18時に鳴り、朝・昼・夜を知らせてくれる。

内部観光は人気が高過ぎて予約が取れない状況となっているよ」

「へー」

「今日みたいに太陽が見えない曇り空でも、正確に時を人々に伝える。

私たちの生活に寄り添う親愛なる隣人さ」


次の日、シスとクライは街中を歩いていた。

自己紹介の後、異世界について生活基準や人々の能力など根掘り葉掘り聞こうとするシスに、口頭で話すよりも実際に体験した方が理解しやすいだろうとクライが提案したことから始まったものだ。

目覚めたときには既に午後になっていたことと、シスが直前まで死にかけていたこともあり、次の日に決行することにした。

沢山の汽車が蒸気をふかして雪に威嚇している様子が見れる駅。

馬車(正確にはその中にいる者)を妬ましそうに睨む人々が歩く大通り。

道行く人に「ちょっと温まっていきません?」と、店内を指さす善意の悪魔が大勢いるレンガ造りの商店街。

アニメでしか見たことのない軍服を着た兵士が集まっている騎士団養成施設。

リミテッドが設置されている端の地区から、国の中央に向かって歩いていた。

雪が降り積もっているにもかかわらず、二人の足取りは軽かった。


「街並みはこんな感じだが、文明レベルは君のいた世界とそう変わらないはずだよ。何なら他国に行けば、君たちの想像する近未来の景色も見られるねぇ」

「ほんとに想像していた通りの異世界だ……」

「ちなみに異世界人はそれほど珍しくないよ。

数十年に一回はこちらに迷い込む者がいる。

全裸で冬の川にダイブする狂人は初めて見るが」

ニヤニヤと笑うクライはサングラスをかけ、髪を後ろで纏めて、白いダッフルコートを羽織るというラフな格好をしている。

「……その話、蒸し返すのやめてくれませんか?」

嫌そうな声色を出すシスの方は帽子に耳当て、マフラー、手袋、ダッフルコートと完全防備だった。

もはや誰だか分からない。

寒さを凌ぐためだと本人には説明していたが、目的は別にある。

「どこに居るんだ!?昨日のアイツら!!」

「すみません、この人見ませんでしたか?」

昨日の騒ぎで結構な数の記者が、街中に湧いている。

彼らから身を隠すためであった。

シスの方はバッチリと写真を撮られてしまっている。

顔を晒していればすぐに見つかってしまうだろう。

「………あっ、クライさん!!お疲れ様です!!」

「おや、私の粗を探るネズミくんじゃないか。奇遇だねぇ。

昨今のネズミは冬眠しない習性なのかい?」

「まさか!!貴方にそんな無礼を働けるわけないじゃないですか!!

それよりこの男か女を見かけませんでした!?」

一人の記者がクライに気づき、血走った目で駆け寄ってきた。

恐らく、昨日から寝ていないのだろうと内心嘲笑いながらクライは嫌味を言う。

しかし、記者はそんなこともお構いなしにお目当ての物を探すことをやめない。

「……アニメかマンガのイベントかい?」

「違います!!実は昨日このようなことがありまして……!!」

ふむふむ、んー?と、何も知らないふりをするクライ。

どうやら昨日の奇妙な格好をした女性とクライを結びつけることは、まだ誰にもできていないようだ。

「そういえばこの女は青い髪だったんですよ!!しかもとんでもない実力者で!!

クライさん、本当に何も知らないんですか!?」

「心当たりは無いねぇ……私の評判を貶めようとする何者かの仕業かな?

しかし、話を聞くと人助けをしていたみたいだが……君たちが騎士団も呼ばずに"ニュース"に声を荒げていたところで」

「知らないのならいいんです!!ありがとうございました!!」

「いや、お構いなく」

クライの返答を聞くや否や、記者は去ってゆく。

慌ただしい背中を見送ってから、クライはため息を吐く。

「国中に広まったニュースを知らないという不自然さにも気づかない。

あまり、褒められた姿勢では無いねぇ」

「貴方が組織のトップだから、トラブルを起こさないように余計な詮索を避けただけじゃないですか?

青い髪のことについてもあんまり聞いてこなかったですし」

「あ、そうとも言えるねぇ」

呆れた声を出すクライに、シスの冷静なツッコミが入る。

うっかりと言った風にクライはサングラスをクイクイッとした。

「……それにしても慌ただしいですね。

生の記者を見たことが無いので詳しくないんですけど、普通、このニュースでここまで騒ぐことってありますか?」

「君を回収する過程で、世界でも上位の実力の一端を見せてしまったからねぇ。

そんな実力者が拾っていった不審な荷物。

まあ、話題性は高そうだねぇ」

「なるほど」


ゴーン……ゴーン……。


ふと、聞こえてきたのは心にまで響くような荘厳な鐘の音だった。

「あ、さっき言ってた12時の鐘ですね」

「ちょうどいい、お昼を食べに行こう」

「…もしかして、酒場に行くんですか?」

「ソワソワしているところ悪いが、あそこは情報集めと酒が目的の場所だ。

空腹を満たすのであればもっといい場所がある。

ああそれと、昨日は身体を休めるために質問タイムをお預けにしたねぇ。

食事ついでに聞きたいことに答えてあげよう」

目に見えて動作が速くなるシスに苦笑いし、クライは時計台の方を指さす。

「時計台前の噴水広場には美味しいレストランがある。

そこに向かうとしよう」

「……時計台と同じく、予約が必要そうな場所ですけど」

「私専用の席が空いている」

「あなたが所属している"リミテッド"って、もしかして凄い組織ですか?」

「まあ、そんなところだ。

こうやってトップが自由にサボ……休みを取れるからねぇ」

「さすが異世界。ファンタジーを平然とやってのける……うおっ!?」

嫉妬の眼差しを向けるシスを見て笑ったかと思うと、突然クライはシスを担ぎ上げた。

そしてそのまま目にもとまらぬ速度で近くの建物の屋上にたどり着き、そのまま建物の屋上を渡りつぎ始めた。

「……え?何で急にこんな?」

「あれにのまれないようにするためさ」

「……ん?なんだこの音」


ドドドドドド……。

大地が震えているような音が聞こえる。

いや、ようなではない。

実際に地面が少し揺れている。

ピッ、とクライが下の方を指さすのでシスはそちらを担がれながら覗いてみる。

建物という建物から人が道になだれ込み、我先にと様々な方向に走り始める。

あっけにとられているうちに人は増え続け、走る人たちも足を止めてしまうほどの密集状態となった。


「なんじゃこりゃあ!?」

「国中、一斉に昼休憩になるからこういうことが起こるんだよねぇ。

観光客も多いから渋滞が毎日のように発生する。

問題ではあるけど、なかなか直しにくいものだそうだ」

「さっき見た馬車、大丈夫かな……」

「馬に蹴られてケガする者の方が多いだろう」

「……ってか、屋上に登っている人他にもいるし!?」

「おっとそうだ。ここも安全では無かった。さっさと向かってしまおう」

言うや否や、クライは再び高速で動きだし、建物を渡り次いで目的地に向かう。

シスは帽子やマフラー、コートを飛ばさないように抑えて負荷に必死に耐える。

二人の姿は誰にも捉えられることなく、曇り空の代わりに昼を知らせる時計台だけがただ見守っていた。



「ここが件のレストランの屋上、私専用の席だよ」

「……また裸にならずに済んだ」

「支配人を呼んでくるから少しここで待っていてくれ」

装備品をロストしていないか確認するシスを横目に、クライは下に飛び降りる。

5階建ての建物からの投身。自殺ではない、移動だ。

とてもファンタジーしている。

「うっ!?」

そして、ファンタジーでない凡人は真冬の、しかも高所の強い風がブーストする寒さに耐えきれずに蹲ってしまった。

屋上にあるものと言えば、真ん中の方に大きな日傘が一つにテーブルが一つ、そして椅子が二つだけ。

恐らくクライが言っていた専用席だろう。

余計なものが一切無いのは、絶景を楽しむためだろうか。

立って楽しみたいところだが、寒すぎて立てない。

異世界人の身体は本当に丈夫なようだ。

「おーい!!」

「…………ん?」

この後のランチタイムのことを考えて憂いていると、下の方から何やら声が聞こえてきた。

恐る恐る下をのぞき込むと、入り口のところでクライが大声で叫んでいた。

「すまない!!君の身体について配慮が足りなかった!!下に降りてきてくれ!!」

「……へっ?」

下に降りる?どこから?

見つけていないだけで階段でもあるのだろうか?

様々な推測をするシスに、クライは簡潔な答えを示した。


「大丈夫だ!!受け止めるから!!建物にぶつからないように助走をつけて飛び降りておくれよ!!」

「あー、飛び降りて受け止める。なるほどー」

「さっきの屋上散歩の感覚を思い出すんだー!!」

「あーアレ経験したからまあ確かに…………」


うせやろ。


シスは顔を引きつらせて椅子に座り込む。

先ほどまで端にいたはずだが、"飛び降り"というワードを耳にして、無意識のうちに身体が安全地帯まで戻ったらしい。

下の方ではまだクライが何かを叫んでいる。

しかし、その内容を聞き取れないほどにシスの精神は混乱していた。

「……もしかして、気づいていないだけで俺も身体能力が上がっているのか?」

シスは椅子から立ち上がり、思い切りジャンプしてみる。

結果は地球人の基準の高さ。

むしろ、身体が縮んだ分、記録が落ちたかもしれない。

「うん。クライさんが受け止めミスったら死ぬわコレ。

というか、受け止められても死ぬかもしれんわコレ」

再び椅子に座り込む。

今度は両肘をついて頭を抱えてもいる。


"クライに迎えに来てもらえばいいのではないか"

"というか、何故クライはそれをしないのか"

"何故わざわざ飛び降りをさせるのか"

"クライが受け止めるといっているのだから普通に飛んでも大丈夫なのではないか"


恐怖でそんな単純なことすら思い浮かばず、瞳をぐるぐるさせるシス。

その状態で五分ほど座り込み、思考を巡らせた結果、シスは一つの解にたどり着き、神妙な面持ちで立ち上がった。



「夢囲花 支栖。ここで死す」



わけの分からない言葉をつぶやいたかと思うと、思い切り端に向かって駆け出す。

マフラー、帽子、耳当て、ダッフルコート。

先ほどまで大切に守っていた装備品を投げ捨て、身体を軽くして飛翔へと備える。

シスのたどり着いた解はいたって単純。


"もうどうにでもなれーっ!!"だ。


そう、最初にクライが示した答えに戻っただけである。

違いはただ一つ。

"勇気"が必要な答えに、"諦観"を以て彼は挑んだ。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

半ば悲鳴に近い雄叫びを上げながら思いっきり地面を蹴って、太陽を阻む雲を殴らんと空に向かって飛び出す。

その蛮勇を称えんと追い風が背中を押し、シスは今まで到達したことのない高みにたどり着いた。

道行く人が思わず足を止めて、その男の姿を目に焼き付ける。

そして太陽すらもその男を望んだのか、雲に一筋の切れ目が出来て、この世で最も熱い視線が男に注がれた。


「クソッ」


しかし、星の抱擁は彼がその腕から離れることを許さなかった。

太陽と視線を交わしたのも束の間、抗えない力で大地に引っ張られて視界も体勢も崩されてしまう。

遠のいていく空と意識。

絶望が心を支配して視界は黒色に染まっていく。

(クソッ…………!!)

どれだけあがいても、黒も抱擁も振り払うことが出来ない。

やはり、人が太陽を目指すのは傲慢なのか。

許されざる大罪なのか。

(…………クソッ)

次第に足掻く力も消え、先ほどとは違う冷たい諦観を持ったその瞬間、全ての感覚が消えて真っ黒な空間に落ちた。

身体は動かないし、心も動かない。

僅かな陽の光も差し込まないその空間の中でシスは見た。



"夢囲花 支栖の異世界転生" 完



終わりを告げる文字の羅列が、スクロールしていくところを。

それを最後に、シスは深い眠りへと落ちていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る