運命に翻弄されるストーリー

景寄 彩

第1話

寒さが肌を刺す12月末のある朝。

時計と鐘の国、【クロックベル】の街中を流れる川で一人の男が発見された。


通行人は最初、それを水死体だと思った。

当然だ。雪の降る極寒の冬の朝、川に裸で浮かんでいたのだから。

悲鳴をあげる者。

飲酒でもして落っこちたのだろうと侮蔑の目を向ける者。

取り合えず引き上げようとする者。

騎士団支部に報告しようと駆け出す者。

我先にとレンズを向ける記者たち。

通行人たちは様々な反応を見せた。


「ふむ…どうやら、辛うじて生きているみたいだが?」


突然、喧騒の中でもハッキリと聞こえる声が上から降ってきた。

何事かと人々は声の聞こえた方を向く。

3階建ての建物の屋上に人が立っている。

アイマスクを付け、黒いドレスに身を包んだ水色の髪の女性が裸の男性を脇に抱えていた。

「えっ!?」

再び川の方を見ると男性の水死体が無くなっている。

人々は困惑の声をあげた。

特に、記者たちの戸惑いは大きかった。

彼らは女性の声が聞こえるまで、一瞬たりとも男性からレンズを離さなかった。

つまり、人々が彼女に振り向く瞬間に男性を屋上に移動させたことになる。

どうやって移動させたのか、まるで見当もつかない。

とても人間業だとは思えない。

「おっと、流石に屋上は寒いねぇ。

あまりこの子の身体を冷えさせるわけにはいかない。

帰るとするよ」

「え?あ、あの…!!」

「この子は私に任せたまえ」

回収するのが早ければ、去るのも早いらしい。

疑問、困惑、好奇。

その場の全てを置き去りにする勢いで女性は男性と共に姿を消した。

「追え!スクープの匂いだ!」

記者たちはすぐに女性が立っていた建物の入り口へと向かう。

野次馬達も周辺の建物や道路に留まり、彼女の行方を追った。


しかし、誰一人として彼女の姿を捉えることは出来ず、肩に雪が降り積もるばかりだった。



ゴーン…ゴーン……


闇の中で、荘厳な鐘の音が微かに聞こえる。

朝を告げるアラーム音だろうか。

いや、設定したアラーム音はもっと違うもののはずだったが。

まあどうでもいい。

あと5分だけ寝かせてほしい。


「おーい、生きているかい?」


遠くに女性の声が聞こえる。

母の声とは違う。彼女か愛する妹、もしくは姉の声だろうか。

いや、そもそも恋人はいなかったはず。

愛すべき姉と妹もいない。悲しい現実だ。

……現実じゃない?ならば夢だろうか。

そうだ。きっとアラームも脳が作り出した幻覚だ。

ずっと眠っていられる。


「狸寝入りしているのかい?」


違う。本当に寝ているんだ。

狸では無いよ。泥のように眠っているんだ。

答えるのが億劫だから察してくれ。

そもそも泥は喋らないし、期待されても困る。


「ふむ…それっ」


(……!?)

何だ。急に息苦しくなった。

呼吸が出来ない。

鼻も口も塞がれている。

泥は呼吸をしない、しかし人は呼吸をする。

(そうだ、俺は人だ……!!)

このまま闇で永遠を過ごすことは耐えられない。

瞼を開いて光を受け入れなければ。


「……ぷはっ!!」

「おっ、ようやくお目覚めかい?

月曜日の正午までお昼寝とは、なかなか贅沢な時間の使い方じゃないか」

「はぁっ…はぁっ……しょ、正午?」

息苦しさで顔を真っ赤にして飛び起きた男性に告げられた一言は、社会人にとっては死刑宣告と同義の事実だった。

赤から一転、顔を真っ青にした男性はベッドから飛び出ようとする。

「あっ、まだ激しく動かない方が…」

「ぐぎゅっ!!」

しかし、異様に重い身体の感覚と逆に感覚のない足に翻弄されてベッドから転げ落ち、床に顔面を打ち付けた。

「痛いぃ……うぁい?」

ぶつけた部分を両手で抑えて、痛みに悶えようとしたところで、痛みが全く無いことに気が付いた。

「……あれっ?へか、こころこ?」

舌も上手く回らない。そして部屋の風景も知るものとは違う。

特に暖炉など初めて見るものだった。

パチパチと薪が燃えている様子は、アニメや漫画の中でしか見たことのないそれそのものだった。

「何から話すべきか迷うところだが…君は冬の川を裸で流れていて死にかけだった。

私が助けなければ、今頃三途の川流れ、となっていただろうねぇ。

そして、会社はすでにクビになっているだろう。

今更焦っても仕方のないことだ」

「あえぅぇぁあへ??あああへる…そへはあへる……!!」

「とりあえず身体の中を温めたまえ。

舌が回らないせいでとんでもない言い間違いをしているぞ」

女性は男性の肩をぽんっと叩き、テーブルに置いていたスープを持ってくる。

スプーンで具を避けるようによそい、フーフーと息を吹きかけて冷ましたうえで男性の口元に近づける。

「適温だ」

「……いはらきまう」

一口目。男はむせた。

普通に熱い。舌先が痺れるくらいに。

何でさっきは痛覚無かったのにギャグ要素の時だけ律儀に機能すんだよ。

黒いドレスの女性を見ると、ニヤリと悪だくみが成功した子供の笑みを浮かべている。

どうやら、騙していたらしい。

「現実とは思えない状況だが、夢や幻覚じゃなかっただろう?」

「……えすね」

「私はどちらかというとサディストだが、これは君のためにやったことだぞ?」

「はみまひた」

「ああ、存分に食むといい」

適当な言葉を返しながら、今度は普通にスープを冷まして飲ませる女性。

恐る恐るといった風に飲む男性。

しばらくは会話も無く、運ぶと飲むを繰り返した。

器が空になるころには男は体の芯まで温まっていた。

食事が終わると女性は風呂を勧め、男性は頷いて湯に身体を沈めた。



「さっき食べたスープの味を覚えているかい?」

「コショウ…コンソメですか?」

「意識もハッキリとしてきたみたいだねぇ。

眠気を覚ますにはスパイスが良く効く。

もっとも、君にはスパイスよりも強い刺激を与えられているみたいだが」

「……まぁ」

ようやく舌が回るようになった男性はこめかみをぐりぐりとしながら顔をしかめる。

身体の調子が戻るにつれ、思考も回転するようになっていった。

その結果、自身の目に映る異様で膨大な情報に頭を痛めることとなっていた。

「何から聞きたい?」

ソファに腰掛けながら、楽しそうにニヤニヤと笑う女性。

男性はため息を吐きながらいろいろな場所に視線を巡らせる。

レンガ造りの部屋、見たことのある暖炉と見たことのない機械、記憶よりやや縮んでいる自身の身体、窓の外に見える中世ヨーロッパのような街並み。

そしてソファに腰掛ける黒いドレスとアイマスクが特徴的な、水色の髪の女性。

一度瞑目して、心を決めたように男性は口を開く。

「……えっと、冬の川を裸で流れているところを助けてもらったんですよね?」

「ああ」

「そのうえで不躾な質問ですが、貴方はどんな人ですか?」

「ふむ、そういえば自己紹介がまだだったな。

コミュニケーションの第一歩を飛ばすとは、私もまだまだ未熟だな」

アイマスクの紐でパチンパチンと遊びながら苦笑いする女性。

その仕草を見て、男性は思わず目を泳がせながら借りた服の襟をいじいじと弄ぶ。

コホン、とわざとらしい咳ばらいをして女性は胸を張って名乗った。


「私はクライ・イツカだ。クライと呼んでくれたまえ。

"リミテッド"のリーダーにして、歳は……見てもらえば分かるとおり、18歳"前後"だ。君は?」

「夢囲花 支栖、です。

目が覚めたら見知らぬ場所にいた三十歳"近く"の弱者男性です」


女性もといクライは立ち上がり、男性もといシスに右手を差し出す。

「なるほど。ではよろしくお願いするよ、シス」

「よろしくお願いします。クライさん」

シスも右手を差し出し、握手を交わす。

やや遠慮がちな握り方にクライはクスクスと笑い、シスはポリポリと首元を掻いた。

「こうして異なる世界の人と心を通わせることが出来たこと、実に喜ばしいねぇ。

握ったこの手がいつまでも繋がれていることを祈るよ」

「異なる世界…ってことはやっぱり」

「そう」


「ここは君たちが言うところの異世界だ。ようこそ、新しい人生へ」

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