第9話えっ、、、ありがと

期末テスト当日の朝。


とうとうこの日が来てしまった。


ついこの間は2週間前だったのに。


それから今日まで、放課後の勉強会や神崎宅での勉強合宿など、本当にいろいろなことがあった。


俺はこの日のために、昨日はきちんと日が変わる頃には布団に入りしっかり睡眠時間を取った。


いつもは一夜漬けでなんとか学年40位を取り、それで満足していたが今回は違う。


本気で臨もうと決めたのだ。


神崎のテストへの真剣さに感化されたことと、桐谷に負けたくないという気持ちが契機となった。


やはり、頑張っている人が身近にいると自ずと自分も頑張ろうと思えるものだ。


努力は伝染する。


これは、俺が今回の神崎達との勉強を通して得たある意味一番の学びだった。


それまで何事も真剣に取り組んでこなかった俺にとっては。




教室のドアを開けると、壁に掲示された時間割が目に入った。


今日の科目は、英語・数学・現代文。


これらは俺の得意寄りの科目なので、特別不安要素もない。


予め把握していたことだが、改めて俺はそのことに安堵した。


席に着くと、隣の神崎は頭を抱えていた。


「何か不安な科目があるのか?」


「あ、もっちーおはよ。数学がやばい」


「あーーー、、、」


確かに、神崎は数学に苦手意識があるようだった。


そのことは、放課後の勉強会で知ってはいた。


しかし、それから今日まで神崎が必死で公式を理解し例題を解いてきたこともまた知っている。


「今の神崎なら大丈夫だろ。頑張ってたじゃん」


「えっ、、、ありがと」


彼女の予想外のことを言ってしまったのか、神崎は少し驚いたような照れているような微妙な顔をしている。


そんな顔も可愛いのがこの女のずるいところだ。


一体何人の男子から思いを寄せられていることだろう。


まあ、そんなことは今どうでもいい。テストに集中しないと。


神崎との会話が一段落したので、俺はテスト範囲の英単語を復習することにした。




チャイムが鳴り、監督の先生の合図があってから試験は始まった。


うん、当たり前だけど範囲通りの教科書の長文が出題されているな。


つい先ほど復習していた英単語が出題されたのはラッキーだった。


俺は試験時間20分前に解き終わり、見直しも終えると突っ伏して寝たふりをしながら隣の神崎を視界の端で見ていた。


何も知らない人から見たら、俺はカンニングまたは美少女を凝視する変態のどちらかに見えるかもしれない。


しかし、俺は神崎より全体的に成績が良いので、前者に関しては否定したい。


後者については、ノーコメントと言っておこう。


何より俺は、神崎が心配なのだ。


一緒に勉強会をしてきて、俺は神崎が留年するようなことが起こってほしくなかった。


シンプルに、俺と神崎は仲良くなったんだと思う。


そうして横目で見ている限りでは、神崎は順調そうに問題を解き進めていくことができているように見えて安心した。


その後、神崎は苦手な数学も特に躓くことなく解答することができたようだった。




「二人とも、本当にありがとうね!」


すっかり習慣となって、俺と神崎と桐谷は三人で一緒に校門を出て駅へと向かっていた。


「いや、神崎が頑張って勉強した結果だろ。感謝されるようなことは何も」


「そんなことないって!二人がいたからだよ」


「まだ最後まで終わってないわよ。安心するのは早いわ」


完全にすべて終わったつもりでいた俺と神崎は、桐谷のその言葉で一気に現実に引き戻された。


こいつ、さすが学年上位なだけあるな。意識が高い。


俺はこの女に勝てるんだろうか。


二人と別れ、自宅に帰った俺は、明日の科目の勉強をしようと机に向かった。


「794うぐいす、平安京か、、、」


口に出してはみるものの、頭にはあまり入ってこない。


というより、知識自体はこれまでの勉強で定着しているので、集中できない、が正しいか。


なぜ集中できないのだろう。


考えてみると、今の俺の学校生活は明らかに異常だった。


ほんの一か月前までは、業務連絡以外女子はおろか男子ともまともに話さない、クラスの端っこの陰キャだった。


それが、隣の席のとある女子が不登校をやめて学校に来るようになってから、俺は連絡先を交換したり、そのことで彼女の友達に窘められたり、足繫く通うカラオケ店で二人がバイトしてたり、テスト対策と称して三人で泊りの勉強会をしたり。


その女子こそが、神崎紗代という人間だ。


でも、俺は決して彼女を恨んだりなんかはしていなかった。


確かにいきなり学園生活がガラリと変化したことへの驚きはある。


が、心から感謝しているのもまた事実なのだ。


今の生活は、俺がそれまでギャルゲーや恋愛アニメで散々憧れてきた、しかし勇気が出せず実現できなかった日常だ。


何が言いたいか。


ズバリ、俺は神崎に恋をしているということ。


「ちょろい」って、思われるかもしれないし、実際そうなんだろう。


だが俺はそれに気づいてしまったのだから、もう仕方がない。


など、俺は自分の気持ちを整理してみたら少し楽になったような気がした。


俺は日本史の勉強を再開した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る