第10話よかった
金曜日の放課後、教室。
ほとんどの生徒が終礼と同時に下校していて、騒がしい昼休みとは真逆の閑静な様相を呈していた。
「せーのっ」
神崎の合図で、俺たちはテストの点数を見せ合った。
「え、紗代すごいじゃん」
「本当だ。頑張って勉強してたもんな」
「二人ともありがとう。めっちゃ助かったよー」
そう謙遜する神崎の成績は全科目平均点を超え、特に苦手としていた数学も点数を伸ばし赤点を無事回避することができていた。
放課後の勉強会では、俺や桐谷も確かに勉強していたが、神崎が一番没頭して取り組んでいたように思う。
「もっちーもすごいじゃん!学年17位って」
神崎が俺の成績表を指さして言った。
そう、俺は今回の期末テストで学年17位を取った。
ちょくちょく単語帳を開いて復習していたのが功を奏したのだと感じた。
いつも40位だった俺がここまで順位を上げられたのはすごいことだと、自分でも思う。
「えっ!莉央ちゃん10位!?」
「まあ、今回は本気でやったからね」
高順位に驚く神崎と、少し誇らしげに胸を張る桐谷をよそに、俺は一人落ち込んでいた。
俺は桐谷に負けたのだ。
彼女に勝とうと、今回こそは本気で対策してきたつもりだった。
でも、足りなかった。
結局俺は女子とのお泊り会やらで浮かれていて、全然努力できていなかったのかもしれない。
いや、努力はできていただろう。
それでも浮ついた気持ちがあったことは否定できない。
俺が調子に乗っている間に、コツコツ努力していた桐谷が俺より上位にいくのは当然のこと。
それだけのことだ。
俺は三人で下校している間も、まともに口を開かず脳内で自分を責め続けていた。
その間二人とも俺に話しかけてはこなかったので、なんとなく察してくれていたのかもしれない。
勝手にふてくされて会話しないなんて、ガキだな俺は。
帰宅しそのまま自分の部屋のベッドに寝転がってダラダラとスマホをいじっていた。
すると、神崎から一件メッセージが届いていたのに気づく。
『明日、一緒にカラオケいこ』
俺は迷った。
なぜ美少女が俺なんかを遊びに誘ってくれるのかわからない。
ホイホイついて行ったら、怖い男の人にボコボコに殴られるんじゃないか。
まあ神崎に限ってそんなことはしないと思う。
今回の期末でわかった、あの子はとてもいい子だ。
では、なぜだろう?
と、いくら考えても答えが出るはずもないので、俺は行くことにした。
本当に単純な男だと自分でも思う。
可愛い子から遊び誘われて、乗らないやつがいるかよ。
翌日の昼。
神崎は先に部屋に入っているらしい。
なんで現地集合なんだよ、休日に俺と待ち合わせは嫌ってか?
俺らはもう、一つ屋根の下一緒に寝た仲だっていうのに。
語弊しかない発言を脳内でしまくって歩いていると、カラオケの指定された部屋の前に到着した。
ああ、めちゃくちゃ緊張する。
このままドアを開けずに帰ってしまおうか。
いやでもそれはだめだ。
でも心臓がもたない......
と、葛藤を繰り返していると、勝手に目の前のドアが開いた。
「もうっ、早く入ってよ、もっちー」
ウェディングドレスのような全身白の私服を身に着けた神崎が俺を迎え入れる。
美しすぎて、一瞬カラオケではなく天国に誤って来てしまったのだろうかと錯覚した。
しかしその幻想も、部屋のソファに座る神崎ではないある人物が目に入りぶち壊される。
「まったく、遅いわよ」
「ーーーなんでお前がいるんだよ。聞いてないぞ」
「ごめん、私が呼んだんだ。二人だとやっぱ緊張しちゃって」
俺はがっかりしたが、神崎の可愛さに免じて許すことにした。
神崎に感謝しろ、桐谷よ。
そんなわけで部屋に入りソファに荷物を置くと、俺はドリンクバーへ向かった。
俺は恐ろしいことに気づいた。
いや、気づいてしまったのだ。
ーーーあれ、女子の前で歌える曲なくね?
冷静になって思い出した。
そうだ、俺はアニソンしか知らない陰キャだったんだ。
女子高生とカラオケというあんなことやこんなことが起こってしまいそうな組み合わせに悶々と妄想していて、歌える曲がないという状況を全然想定していなかった。
どうしよう......
とりあえず、俺はコーラをコップに注いで部屋に戻った。
戻るとすでに神崎が歌い始めていた。
これは今流行っているアイドルの曲。
いつも声優のキャラソンしか聞かない俺でも知っているほど有名だ。
それにしても、神崎の歌がかわいすぎる件について。
顔が良いのは前提として、マイクを持って一生懸命音程を合わせようとしている表情とか、高めの声とか。
美少女って、カラオケで歌う姿すら絵になるんだな。
そうして神崎の歌が終わると、次は桐谷の番になった。
ちょっと古いけど、有名で良い曲だな。
ーーーうん、こいつはシンプルに歌が上手い。
神崎は下手じゃないけど、可愛い系の歌い方だったが、桐谷はガチでうまいタイプだった。
そして、堂々の95点を記録。
「はい、次望月君の番」
そう言ってマイクを渡してくる桐谷。
あ、しまった。
二人の歌を聴くことに夢中になっていたら、選曲何も考えてなかった。
俺は安牌を行った。
知ってるアニソンの中で、最も大衆受けしそうなものを選んで予約した。
以前一度神崎に俺の歌を聞かれているとはいえ、ここでガチガチのアニソンを歌うわけにはいかなかった。
今は桐谷もいるしな。
少し長めの前奏が終わり、歌が始まる。
俺は普段カラオケに好きで行くだけあって、さすがに下手とは言われないはず。
これは好機だ。
歌声で魅了して神崎を落としてやる。
さあ聞け、俺の歌を!
俺氏、54点を記録。
爆笑も嘲笑もされない絶妙な下手さだった。
「まあまあもっちー、そんなときもあるよ」
神崎が頑張ってフォローしてくれている。
「ーーークスッ」
その横で、桐谷が堪えきれず笑っている。この野郎。
俺はいくら調子が悪い日でも、ここまで低いのは取ったことがない。
考えられる理由は、極度の緊張のせいだろう。
無理もない、クラスの女子どころか男子とすら一緒にカラオケなんて行ったことがなかったのだから。
最後に人と行ったのは、確か小学校低学年に家族と行ったときくらいだ。
声が上ずって裏返りまくった結果、このような点数を記録してしまった。
俺はこの時点で帰りたくなった。
その後も交代でマイクを回して歌っていったら、思ったより早く終わりの時間は来た。
俺はホッとしたのと同時に、後半はかなり楽しくカラオケできていたので少し寂しかった。
「今日は来てくれてありがとね、もっちー」
「こちらこそ、誘ってくれてありがとうな。本当に楽しかったよ」
「よかった」
少し儚げに微笑む神崎はとても綺麗に思えた。
駅で解散するとき、桐谷が小声で耳打ちしてきた。
「今日は、紗代があなたを元気づけるために企画してくれたのよ。後でもう一度感謝しておくことね」
そう言うと桐谷は俺と神崎に手を振ってホームの方へ行ってしまった。
やっぱり、いいやつなんだよな。神崎も桐谷も。
俺は下心を抜きにして、二人と仲良くなれたことを心から幸せだと思った。
「なあ、神崎」
ホームで電車を待つ神崎が俺の声で振り向いた。
「マジでありがとな、今日」
「さっき聞いたって。どういたしまして」
真剣な顔で感謝を述べる俺が可笑しいのか、ニヤニヤしたような照れたような顔で神崎が言った。
その頃にはもう俺の、テストで桐谷に負けて陥った自己嫌悪はとっくにどこかへ消え去っていた。
俺は俺のペースで、できることをやっていこう。
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