第8話またしようね、お泊り会

状況を整理しよう。


俺は陰キャ男子高校生。アニメ、ゲームオタクで友達もいない。


そんな俺だが、現在クラス1の美少女の家の風呂に浸かっている。


うん、意味が分からん。どうしてこうなった。


本来リラックスできるはずの入浴という行為が、今に限っては逆に悶々として心が休まらない。


息子がどうにかなってしまいそうだったので、素数を数えて落ち着くことにした。


「2,3,5,7,と、、、」


ガチャ、と何かが開くような音がしたが、気のせいだろう。


「11,13、、、」


「もっちー、シャンプーどれか教えるの忘れてたよ」


突然、神崎が浴室のドアを開け平然と中に入ってきた。


「神崎!?」


当然全裸の俺。


神崎の眼前には、驚いて湯船を立ち上がった俺の息子があった。


「え、え、、、」


平静だった神崎の顔が、だんだん真っ赤に染まっていく。


「わ、わあ!?ご、ごめん!」


それに気づき、湯船に体を沈める俺。だがもう遅い。


「右端、だから、、、」


「?」


「シャンプー、右端のやつだからーーーーーーーーっ!!!!」


神崎は両手の指で目を隠し、速足で浴室から立ち去っていってしまった。


静かになった浴室で一人、俺は頭が真っ白になっていた。


今起きた出来事を処理するのに、かなりの時間を要した。


ーーーあれ、これ俺悪くないよな。


とりあえず裁判になっても負けることはなさそうだと一安心すると、ボディソープはどれか教えてもらっていないことに気づいた。


頭を洗った後、数多あるいろんな色のボトルから、それらしいものを使わせてもらい体を洗った。


着替えてリビングに戻ると、今度はまだ少し顔の赤い神崎と、桐谷の二人が浴室に向かっていった。


数メートル先で服を脱いだ女子高生二人が入浴している様子を想像すると、開かれた手元の単語帳には全く集中できなかった。


まして、浴室の方から「莉央ちゃんおっきいー!」などという言葉が耳に入ってこようものなら、英単語なんか頭に入るはずがなかった。




小一時間ほどして、二人はリビングに戻ってきた。俺は安心した。


三人でさらに一時間ほど勉強をすると、すっかり夜中になったので、寝る準備をし始めた。


「川の字で寝るのでもいい?」


「もちろん。どういう並びで寝る?」


「私は、寝てる紗代が襲われないよう監視するために、望月君の隣がいいわね」


「そんなことするわけないだろ。まあ、なんでもいいけど」


「私も、もっちーの隣がいいなー。莉央ちゃんに手出したら嫌だもん」


全く、どいつもこいつも。そんなに俺が信用できないかよ。


てなわけで、端から神崎、俺、桐谷の順で寝る形になり、電気を消し横になった。


「じゃあ、おやすみ」


桐谷はそう言うと、ものの数十秒で眠ってしまった。


俺を監視するんじゃなかったのか、こいつは。


今俺が神崎を襲ったらどうするんだよ。できないけど。


まあ、そんな桐谷も少しかわいいかもしれないなんてことを俺は思った。


「寝ちゃったね、莉央ちゃん」


「俺らも寝るか」


「寝れるの?」


「全然」


寝れないんじゃん、と神崎は微笑みながら言った。


クラス、いや学年有数の美少女と横になって布団から首だけを出して向かい合っている状況に、俺の心臓はずっと激しく鼓動していた。


「私ね、ずっと友達いなかったから、お泊り会にすごく憧れがあったんだ」


神崎が語り始める。


去年の夏休みの少し前くらいから、最近まで神崎はずっと不登校だった。


「でも、桐谷とは前から仲良いんだろ?」


「連絡は取ってたけど、去年は長いこと入院してたから、遊んだりもできなかった。退院した後も、莉央ちゃんが気を遣ってくれたから、ご飯を一緒に食べる程度にしか会ってなかったんだ」


「そうだったのか、、、いいやつだな、桐谷」


うんうん、と横になったまま神崎は頷いて、言った。


「でも、薬を飲めば体もだいぶ良くなったから、こうしてお泊り会できて嬉しいよ」


「俺も、楽しかった。誘ってくれてありがとな」


「こちらこそありがと。またしようね、お泊り会」


「一応、勉強合宿な」


「そうだった。えへへ」


そう微笑む神崎は、やっぱり可愛かった。単に顔がいいからというだけではない。


この子を包んでいるオーラが、雰囲気がとても柔らかく穏やかで、一緒にいて心地よい。


ほんと、なんでこんな子が俺にかまってくれるんだろう。席が隣だからかな。


学校にクラス替えがなくて本当に良かった。


これから一年半くらいは、同じ空間で授業を受けられるのだから。


俺はひと時の喜びを噛みしめながら、目を閉じて眠りについた。




翌朝。


目を覚ますと、右で桐谷は横になりながらスマホをいじっていた。


左を見てみると、神崎がいない。


他の部屋にでも行っているのだろうかと考えていると、ふとある違和感に気が付く。


自分の布団が下半身の方でもぞもぞしているのだ。


上体を起こしておそるおそる布団をめくると、神崎が俺の太ももを枕にすやすやと眠っていた。


神崎は左の布団で寝てるはずだったのだが。


ーーーもしかしてこいつ、相当寝相悪い?


朝ということもあり息子の元気さに神崎が気づくと良くないので起こそうかと思ったが、彼女があまりにも気持ちよさそうに寝ているので憚られた。


結局、桐谷に助けを求め神崎を隣の布団へそっと移動してもらい、俺は無事布団を脱出することができた。桐谷には呆れられた。




そんなこんなで三人は駅で解散し、色々あった一夜の勉強合宿が幕を閉じた。

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