第5話三か月前って言うと、八月頃か
俺は勉強を終えた後、コーヒーを飲んで一服しながら、ある考え事をしていた。
なぜ、神崎が特に仲良くもなかった俺に話しかけてくれるのか。
しかし、いくら逡巡していても何も判明しないことが、30分ほどして理解できた。
そこで俺は、神崎に、ではなく桐谷に聞いてみることにした。
翌日の昼。祝日で学校は休み。
俺は、昨日の夜メッセージのやり取りを行い、桐谷との約束を取り付けることに成功した。
待ち合わせ時間は12時。現在11時50分、桐谷はまだ来ていないようだ。
メッセージで聞いてもよかったんだが、対面で話すことで、誠意やこちら側の本気度も伝わりやすいだろうと踏んだ。
しばらく携帯ゲームで時間をつぶしていると、桐谷が小走りでやってくるのが見えた。時刻は12時7分。
「ごめん、待たせたわ」
「まあな。ジュース一本で許してやる」
俺は指で1を立て、カッコつけて言った。これは決まったな。
「モテる男なら、『今来たとこ』って言うのよ」
「ふん、知ったことか」
俺は静かに、立てた人差し指を下ろした。
「ーーーそれで?話って?」
俺たちは学校の最寄り駅近くのカフェに来ていた。
桐谷はカフェオレを、俺はブラックのコーヒーを注文した。
決して、女子の前で苦いの飲める俺かっこいいをやりたいわけではない。
お忘れかもしれないが、桐谷はメガネで地味な女だ。神崎はともかく、この俺が桐谷に意識するなんてあり得ない。
「神崎のこと教えてほしくてさ」
「やっぱりそれね。あなたがただの遊びに私を誘うわけないもの」
その通りだ桐谷。俺は笑ってごまかした。
「神崎は、なんで俺を気にかけてくれるんだ?」
「昨日言った通り、あの子があなたに好意を抱いているからだと思うわ」
「でもさ、俺別に前までそこまで仲良かったわけじゃないんだぜ?きっかけがないだろ」
「そこなのよね。私も不思議だわ」
注文の品が届き、それぞれ一口飲んでから、会話を再開した。
「私は紗代の不登校時代も連絡を取り合ってたんだけど。三か月前会ったとき、髪色やメイクが丸々変わってたの」
「三か月前って言うと、八月頃か。その時点で、今の容姿になってたのか」
「そういうこと。夏休みだけのイメチェンかなって思ったんだけど、かなり強い覚悟があるみたいだった」
「なるほどな、それが『神崎の好きな人』と関係あるわけか、、、」
うーん、ますます俺じゃない感じがしてきたな......ま、別に期待してなかったけど。
「その様子じゃ、あなたもその時期に心当たりはなさそうね」
少しがっかりした様子で、桐谷はため息をついた。
「なんでお前が残念そうにするんだ」
「だって、友達、いえ、親友が私に隠し事してるのよ?なんか聞いても、はぐらかされちゃうし」
確かに、神崎にとっておそらくたった一人の親友に、はぐらかすような態度をとるのは少し不自然だ。
「俺も、隣人のことは気になるから何か思い当たることがないか考えてみるよ」
「そうしてくれると助かるわ」
話が一段落したところで、俺は昨日のことを尋ねてみた。
「あ、そういや昨日神崎からこんなメッセージ来たんだけど、何か知らないか?」
「ああ、それは」
「私があなたと紗代の間で間違いがないか血眼で監視してたのを、あの子が心配してくれたのね」
他人から見てわかるくらい必死に見てたのかよ......俺と神崎がくっつくのがそんなに嫌なのか?ショック......
「屋上で話したこと、神崎に匂わせてないだろうな」
「それは大丈夫」
「確証がないことを仄めかして、あの子の脳内に一秒でもあなたが存在しないように努めているから」
意地悪な薄笑いを浮かべて、桐谷は言った。
いくらなんでも、俺のこと嫌いすぎだろ、こいつ。そんなに関わってもいないってのに。
ただ、ふと、そんな顔で笑う桐谷を、「かわいい」と思ってしまった。
なぜかは分からない。俺はドMなのかもしれない。
そんな雑念を振り払い、「そろそろ解散するか」と言って、二人で店を出た。
ちなみに、俺は奢らされた。まあ、話聞いてもらったんだし不服ではないが。
夜。
俺はベッドで横になって惰性でSNSに目をやりながら、脳内では今日の桐谷との会話を反芻していた。
『三か月前会ったとき、髪色やメイクが丸々変わってたの』
三か月前、か......
思い返しながらスマホのカレンダーアプリを遡ってはみたが、これといった特別なイベントはなさそうだった。
ふいに八月のとある日にちに目がいった。『コミケ』と書いてある。
「ああ、そうか」
そういえば、この日だった。あれは楽しかったな。
コミックマーケット、通称コミケ。
俺が普段見てるアニメの同人誌が売っていたり、少しHなコスプレイヤーがいたりと、この日のことは刺激的で、とても印象に残った。
中でも群を抜いて美人なレイヤーさんに声をかけて、写真を撮ってもらったっけ。
俺は思い出を振り返りつつ、それが飾られている部屋の壁を一瞥した。
「やっぱ彼氏とかいんのかなあ」
など、とても恥ずかしい独り言をつぶやいて、悶々としながら俺は眠りについた。
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