第4話あなたのことが、好きなのよ
「おい、いきなりなんなんだよ」
「あなた、紗代のこと、本当に気づかないの?」
場所は屋上。進行形でワイシャツの上から俺の胸ぐらをつかもうとしているのは、桐谷莉央。メガネの地味な女だ。
そして、俺の知る限り神崎の唯一の友達でもある。
桐谷は俺との身長差のせいか、うまく掴むことができずに、その手は俺のみぞおち程までしか届いていない。
ーーーってか、桐谷ってこんな気の強そうなしゃべり方だったっけ......?
いや、ちゃんと会話したのは数えるくらいしかないけども。
「気づくって、何にだよ」
「はあ......」
彼女は深いため息をついて、呆れたように俺から手を離す。
俺たちは自然と、入口付近の段差に並んで腰を下ろした。
「あなたのことが、好きなのよ」
「・・・はい?」
耳を疑った。俺は、この女に好かれるだけのイベントを踏んでないぞ。
どういう経緯だか分らんが、まずはありがとう桐谷。そして、ごめん。俺には心に決めた嫁(2次元)が......
「もちろん紗代が、ね」
あ、ですよねー......って、え?
「え?」
俺は驚きのあまり心の声をそのまま漏らしてしまった。
「だから、紗代が、あなたのことが好きっぽいのよ」
「それは、、、神崎が言ったのか?」
「いや、私の勘だけど」
まさか女の勘を疑うんですか?とでも言いそうなほど自信ありげに桐谷は言った。
「どうしてそう思うんだ?健全な男子高校生の純情を弄んでるんじゃないだろうな」
「誰がそんな無意味なことするのよ、、、」
「ーーー普通に、話してたらわかるわ。紗代が垢抜けたの、好きな人に見てもらうため、って言ってたし。」
「まじか、、、いやでも、その好きな人が俺とは限らないだろ」
「まあ確証はないけど。でもあの子、教室ではあなたのことばかり見てるわよ」
「そうなのか、全然気づかなかった」
俺は返事だけはしながらも、気持ちはずっと上の空だった。幽体離脱しているかのような。
あまりに現実味のない初耳情報の連続で、俺は一つの仮説に至った。
これは夢、なのだと。
「なあ、桐谷。俺の頬をつねってくれないか」
「急に何?女の子に頬をつねってもらうことに快感を覚える変態なの?あなたは」
「や、やっぱいい、、、」
あまりに冷たい言葉の雨を浴びせられ、それでも目が覚めないことから、俺はこれが現実なのだと認めた。
「それで、無いだろうが万に一つ神崎が俺のこと好きだとして、なんでお前はそれを俺に言うんだよ?」
「それは、あなたに紗代と付き合わせないために決まってるじゃない」
いたって冷静に桐谷は言葉を放った。効いた。
「な、なんでだよ。仮に俺が神崎とどうなろうと、お前には関係ないだろ」
「あるわよ。私には友達がこんなニヤニヤしてる陰キャと一緒にいてほしくない」
「火力が高すぎる、、、小学生以来初めて泣きそうだ」
「とにかく、あなたはもし紗代にアプローチされても断ること」
「それは俺の自由だろ。お前が紗代の友達とか、俺は知らん」
まあ、そもそも神崎が俺に好意をもってること自体、ないだろうが。
「わかったわ。今日のところはこれで勘弁してあげる」
やっと長い恫喝が終わったか......。今日といわず、金輪際控えていただきたいものだ。怖いので口にはしないが。
「じゃあね。いつも私が監視してるってこと、忘れないで」
そう告げると、桐谷は屋上を去っていった。と同時にチャイムが鳴り昼休みの終了も告げられた。
「俺、飯食ってないんだが、、、」
高校2年生望月健太は、屋上で一人むなしく独りごちた。
放課後、俺は本日溜まった特大のストレス発散のために、カラオケに行こうとしたところで、神崎や桐谷がバイトしてることを思い出し素直に帰宅した。
ちなみに、昼の一件以降、桐谷は授業中であっても、後方の俺と神崎をチラチラ監視してきていた。あいつ、席一番前なのに。
桐谷の友達を想う気持ちに少々引きながら、俺は勉強を始めた。
勉強はいい。集中して問題を解いている間は、人間関係の嫌なことを忘れさせてくれる。
かの福沢諭吉も言っていた。人と人とを分かつのは、勉学に励んできたか否か、だと。
少し勉強したくらいで己に酔いしれていると、卓上のスマホが振動し、通知音が鳴った。
「なんだなんだ?いい時に」
俗世に下ってやるか、とハイになっていた俺は何も気にせず画面をタッチすると、メッセージアプリに遷移した。
チャットルームの名前に目をやると、『sayo』と書かれている。
え、神崎が俺にメッセージだと......?
内容を見ると、「莉央ちゃんがもっちーのことすごい敵視してたけど・・・何かあった・・・?」と。
え?あいつ、神崎に屋上でのこと、話してねえだろうな......
とにかくノリノリだった俺は、急に現実に引き戻され、頭を冷やした。
既読を付けてしまったので、なにか返さないと......
俺は「さ、さあ。なんなんだろうな?」とごまかしの返事をしておいた。
神崎とメッセージのやりとりができたことに喜ぶ反面、新たに俺の穏やかな学校生活を妨げる桐谷という存在に怯えながらスマホをそっ閉じして勉強を再開した。
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