第10話
その最悪の日は、来たるべきして訪れた。
花を抜いての強行を開始してから、
幸せそうに同じ微笑みを浮かべる二人は、互いの手を取り合いながら〝その終わりの日〟の準備をし始めたのだった。
私は二人が何をしようとしているのかそれを察して、何度も何度も幻に罵声を浴びせ続けた。なんとしでもそれを阻止するために足掻いてみせたかった。
それをさせてしまったら今までの私の労苦がすべて無駄になる。盛りたければいくらでも盛ればいい。でもそれだけはダメだ。
二人の居場所から隔った場にいる私には、持ちうる手段などないのに、なんとしでも妨害してみせかった。
耳元の声も、逼迫した私の焦りを察して《急げ急げ》と煽り立てる。
私は躍起になって花を抜き、走って走って、走りまくった–––––––。
〈そして今日この日、二人は白無垢の衣装を着て門出を迎える。
盛大な結婚式だった。〉
快晴が澄み渡り、久々に地平線の先まで砂漠の果てが見える。
今日の日に限って二人を祝福するように、日中の砂漠には嵐がなかった。
そのおかげで幻を見ることができる訳だが、目の前の幻はいつもと仕様が変わっている。広めの画角から、二人以外の人物たちや、桃色に染まる庭園までを映し出していたのだった。
やはり男は高貴な生まれ者だったらしい。女の方も貴族の家柄だとは今までの幻の中で情報を得ていた。
大勢の来賓がおり、王族の一同が介しているようで、国を上げての大きな式であることは間違いなかった。
花々が舞い散る会場で、異国式の雅やかな婚礼が粛々と執り行われていた。
二人は桃色に染まる幻想的な風景の中に溶け込んでいた。
花びらを絨毯として、今日一対のものとなる男女が、皆々の祝福を受けながら、ゆっくりと進んでゆく。
私が憧れて、憧れ抜いて、心に思い描いていた式よりも、ずっとずっと綺麗だった。
正直、この時ばかりは二人の美しさに見惚れて、嫉妬すら忘れていた。
これが辿り着いた。私の旅の終わりだった。
⚪︎
「‥‥嫌だ嫌だ。こんなものは嫌だーーー!」
我に返ると、絶叫した。
砂漠の果てに向かって、泣き喚いた。
あんまんりだ。こんなものは認められない。
あれだけの苦労がこんな終わりであっていいはずがない。
幾度も花を摘み、不眠不休で歩んできた。
強風に転がされても何度も何度も立ち上がってきた。
欲しかった。欲しかった。だからひたすらに追い求めた。
男は私にとって希望そのものだった。希望は私の未来を照らして、燦然と喜びの光りで輝いていた。
あの女が現れてからも、諦めずに必死になって手を伸ばし続けてきた。
なのに欲しかったものには手が届かない–––––––。
今日、希望は完全に失われた。
「‥‥アー、アー、アーーーー!‥‥」
私は手を伸ばして、呻き声を上げる。
空には寄り添いながら華やかな道を進む男女の姿があった。
それを見て、駄々っ子のようになって半狂乱に地面を叩いた。
意味もないのに幻に向かって砂を投げつける。
暴れて暴れて、それから急に正気に戻って、一言呟く。
「‥‥それじゃあ私は、これからどこへ行けばいいの?」
ヒヒヒ、と口から乾いた笑いが漏れる。
砂漠の上に寝転がって笑い転げた。
⚪︎
「‥‥‥殺してやる」
笑いがおさまって、そう呟いた時だった。
《そうだ。殺してやれ!》
耳元に響く声が聞こえた。
今でのものよりも明瞭で、もっと近くに声を感じた。
‥‥あの女。あの男。あの女‥‥
‥‥あの男。あの女。あの男‥‥
私は心の中で何度も怨念を吐き散らかして、二人を呪った。
そして再び声が漏れ出す。
「‥‥‥殺してやる」
《そうだ殺してやれ!》
思わず憎しみを呟くと、今度は同調するように、声が重なった。
私はおもむろに立ち上がる。
のそのそと歩き出し、探し物をする。
花だ–––––。私はすぐにでもあれをバラバラにしなくてはいけない
だが、探してもどこにも見つからない。
砂漠を彷徨く幽鬼のようになって辺りを探索する。
もうほとんど取り尽くしてしまったのだろう、昨日も一昨日も探すのに難儀した。
そうして日は暮れる頃に––––––。
あった。
花だ
恐らく最後の一輪。
私はそれに近づき、引き抜こうと手をかけた。
《そうだ。それを抜け!》
強く煽る声がする。
私はその声に頷く。
早くあの場へ行き、私はあいつらに思い知らせてやらなければならなかった。
「‥殺してやる」
《殺してやる!》
呟く私の声に、瞬時に同調してくる声がする。
「‥殺してやる。‥殺してやる」
《殺してやる! 殺してやる!》
またさらに声が同調してくる。
私の荒んだ内心に寄り添ってくれるその声は心地よい響きを持っていた。
しかし、すぐにでも抜いてしまうつもりだったのに、なぜだかそうできず、花を抜き取るのを躊躇われていた。
「‥殺してやる。‥殺してやる。‥殺してやる」
《殺してやる! 殺してやる! 殺してやる!》
私の声と耳元の声は、同調を繰り返しつつ、徐々に重なってくる。
躊躇っていた手に私は力を込める。
「殺してやる。殺してやる。殺してやる」
《殺してやる! 殺してやる! 殺してやる!》
何度も同じ言葉を繰り返し、言葉の意味に込められる感情を確かなものにしてゆく。
「殺してやる。殺してやる。殺してやる」
《殺してやる! 殺してやる! 殺してやる!》
頭の中で殺意の言葉が疾走する。
何度も何度も『殺せ』と、私は自分に命じ、または命じられる。
覚悟が固められていき、心の中で明確な形になる。
《殺してやる!》
「殺してやる!」
そして、ついに耳元の声に追い越されて、私が同調することになった。
私は茎に手をやり、思い切って力を込める。
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