第7話
そっと、耳元に声が聞こえてくる。
その声は二人の姿を愕然として凝視する私に、ささやくようにして惜しむのだ。
《‥‥見ただろう? 奴らは砂漠の手前にいる。お前はあと一歩だったのに‥‥》
その声を聞くと、私は言葉にならない呻き声を発して立ち上がった。
オタオタとよろめきながら満身創痍のていだったが歩き出す。
怒りで興奮して、視界が充血していた。
あの女を強く強く呪って、倒れそうになりながらも足を進めた。
「許さない‥。許さない‥‥」
私は油断した。
こんなところでモタモタしていたから先を越された。
彼の懐に女狐が入り込ませてしまった。
「許さない‥‥。売女‥‥。私の男を奪って‥‥」
乾いた喉からは声がうまく出ない。それ程、疲れ果てていた。
これ以上、無理をすれば、体を壊してしまうかもしれなかったが、怒りの感情がそんなものを構わせなかった。口が動く限り、私はあの女を呪って罵倒し続けるつもりだった。
けれども肉体は弱い。女を呪いながら数歩進み、よろめき、呆気なく体力が尽きて前のめりに倒れ込んだ。
「‥‥あの女‥‥‥」
足どころか両腕にも力が入らず、全身どこかしこにも力など残っていなかった。それでも這いつくばって「‥あの女。‥あの女」と罵りながら前へ進もうとする。
もう気を失う寸前だった。呂律も回らなくなる。
それでも私の内にある強い憎しみの感情だけが黒々と燃えており、それを動力として、前へ進もうとした。
そのような凄まじい気力を持っていても、しかし人間には限界は訪れる。
体は石のように重くなり、ピクリとも動かなくなる。
目がうっすらと閉じかかってくる。
私は眠りつこうとしていた。
そうして完全に瞼が閉じかかる寸前、不思議なものを目にする。
––––––花だった。
いつの間にか、何の脈絡もなく、またあの幻の花々が私を囲んでいた。
相変わらずどうして現れるのかは分からない。
でも––––––––。
とても綺麗だった。
花々は疲れ果てた私を慰めてくれているようだった。
香り立つ匂いが、安らかな気持ちにさせてくれる。
黒い感情が静かに溶けてゆく。
このまま眠りに落ちたら、今の苦しみを忘れさせて、どんなに幸せを感じることか。
私はこの心地よい眠気と花園に身を委ねて、目を閉じようとしていた。
–––––––(‥‥ッザケルナ!)––––––
だが、心の中で憎しみが暴れ出した。
強い怒りが安息をよしとせず、眠ることに抵抗して、突発的に次の行動を私にさせた。
残された力を振り絞って、私は目の前に咲いている花の一本を抜き取ったのだ。
(‥‥あの女!)
幻の花は手に取ることができた。私はそれを八つ当たり目的で、女を呪いながらバラバラにした。花に手をかける前に一瞬だけ何かを躊躇ったが(誰かの小さな悲鳴が聞こえもした)、自分の癇癪を止められなかった。千切られた花は音もなく消えていった。
そうすると不思議なことが起こった。
指を動かすのも億劫だった私の体が動くようになったのだ。
ならばやることは一つだけだった。
劇的な体調の変化を深く考えることもせずに、私はすぐさま立ち上がった。そして足下で散らされる花など構わずに駆け出した。
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