第4話



 私が街から離れたのは、まだ少女と言える頃だった。それから長い年月を経て、これまでにどれだけの距離を進んで来れたのかは、はっきりとは分からない。

 昨日も今日も‥‥。いいえ、この砂漠に一歩踏み入れた時からずっと、同じ風景の中を歩んで来た。依然として目的地は予想もつかず、終わりが見えない。進んでも進んでも、変わり映えのしない荒涼とした砂の大地が続いている–––––––。


 でも、時間の経過のほどは、だいたい把握できている。

 私がどれだけ時間を砂漠で過ごしてきたのかは、彼の成長する姿を見て推測できたからだ。

 旅の始めは、まだ少年の面影を残していた彼は、今ではすっかり成長して、落ち着いた雰囲気を持つ青年に姿を変えていた。


 彼は元々、ずいぶんと大人びた雰囲気を持つ人だったが、それが若くして成熟してしまった感じだ。かと言って、魅力としてあった少年性が完全に失われた訳ではない。その特性を程よく残しながら、彼は立派な男性となっていた。

 かつ、もう一つの美点でもあった女性的な優美さも損なわれることはなかった。

 そう、彼は男としての魅力を十分に備えながら、やはり美しいと表現してしまう細やかさがある。


 あの美しさをなんというのだろう。

 ‥‥‥あだめかしい?


 不意にそう思うと、私は彼の首筋に目をやる。

 それから視線を少し下げ、衣服の襟元から覗ける胸板を見てしまう。

 そしてほんのりと自分の顔が赤みがかるのを感じた。



          ⚪︎



〈–––––––月夜に一糸纏わない男の姿が浮かんでいる。

 銀色に輝く髪を光らせて美しい男が私を見つめている–––––––〉



 何をきっかけにこうなったのかは分からない。

 突然の状況の変化だった。

 毎夜、男は裸体で私の前に現れるようになっていた。

 

 最初、それを目撃した時、まだ生娘であった私は、男のあられもない姿に面食らい、ただただ恥ずかしくて頬を赤らめた。

 そして一晩中、顔を伏せたまま身じろぎもせずにその場に立ち止まった。

 私は何もできず。何も言うことができず。男の逞しい肉体を恐れた。


 それからも男は容赦がなかった。次の日も次の日も、夜に現れる彼は決まって裸であり、私にありのままの姿を隠そうとしなかった。私はなおも恐れ、恥じらった。

 しかし、幾日も同じ夜が続くと次第に慣れた。

 私は恥じらいつつも、思い切って顔を上げて、男の肉体を目に刻みつけるようになったのだった。


 彼は衣服を何一つ身につけていない。今まではけして見れなかった男の隠された部分が露わにされている。

 肌には張りがあり、細いながらも体は鍛え抜かれていた。

 私は順繰りに見てゆく。彼の胸板を。乳首を。引き締まった腹を。

 それから下半身––––。

 意を決して、視線をもっと落とす。

 私は見る。彼の陰部を–––––。

 

 身体が熱くなる。

 胸が高鳴り、息が深く吐き出されてゆく。

 その吐息も熱を持っているようだった。

 私は絵も言われぬ感情を胸に宿しながら、熱心に調べた続けた。––––彼にあるものをすべてを。

 不思議と男の裸を見ていると、いっそう関係が深くなったと思えてくる。

 今まで感じることができなかった彼の体温や息遣いを想像できるようにもなった。

 いくつかの夜をそうして過ごした。

 

 そして、ある日。私は思い立った–––––––。


 青い月が輝く夜。

 私は近辺を見晴らせる一際高い砂丘の上に立っていた。

 そして彼を瞳を真っ直ぐに見つめながら、自分の衣服を一枚、また一枚。ゆっくりと脱ぎ捨てていったのだった。


 (見て、–––––どうかしら、私も美しいでしょう?)


 あなたはこの褐色の肌を気に入ってくれるだろうか?

 この育った乳房はどうだろうか?

 見て。あなたが美しい若者に成長したように、もう私も少女ではない。

 女になった。


 私は砂丘の上から彼を抱きしめるように両手を広げた。


 あの唇も。あの胸も。私のもの。

 いずれ私はあなたに辿り着くことだろう。

 そして、いずれあなたはこの乳房の間に顔を埋めるの。


「来て、–––––あなたを感じたいの」


 男は微笑みながら私を見つめている。

 私も彼を見つめる。


「‥‥ああ、好きよ。私のあなた」


 青い三日月が照らす砂漠の夜に、私は彼と初めて愛し合った。

 いつの間にか足下の砂地は花園に変わっており、満開となっていた。



《‥‥‥に近づく程に、一輪、また一輪、お前は花を失ってゆく‥‥》






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