第3話
––––––星々が空を埋め尽くす夜を
いくつ越えて来たのだろう
幾百もの流れ星を見つけて
それを見送って来たのだろう
どれだけの願いを星々に捧げて
私はここまで歩んで来たのだろう––––––
それからも私は、年月をかけて、彼を求めて砂漠を歩き続けた。
飢餓の難。怪我の難。熱さの難。寒さの難‥‥。
苦労があったかと言えば、あったのかもしれない。
だが、私はそれらのどれもを大したものと記憶していない。
砂漠に出てからの私は、いつも幸福だったからだ。
胸には熱い願いがあり、砂漠の寒い夜でも私を温めてくれていた。
「‥‥私はいつも空を見上げて、あなたを願っている」
星が静まるこの夜に
こんな凍える砂の世界で
あなたを–––––
あなただけを–––––
私は温もりにして
切に求め続けている
この世に彼以上の男性などはありはしまい––––––––。
見つめても見つめても飽き足ることがない彼の魅力は、底知れぬ泉のようだ。
私はその一挙手一投足のすべてに夢中だった。
あらゆる側面から彼を学び、意欲的に彼という人間を理解し続けた。
今では動作の癖や手振り、時おり見せてくれる小さな微笑みの意味まで知っている。
この世界で私ほど、彼を理解している者などいないだろう。
「‥‥だから、きっと。–––––私とあなたはそうなのね」
旅立ちは漠然とした願望から始まった。
最初は、彼を〝見つめ〟続けるための旅路だった。
それから〝知り〟続けるための旅に変わり。
そうして彼を〝知り〟続けることで、ついに私は解釈した。
この不可解な運命の正体をだ。
––––きっと私は彼の花嫁として選ばれている。
––––誰よりも幸せな花嫁として求められている。
察するに、これは婚姻のための準備の期間のようなものではないだろうか?
花嫁の私は、長い年月をかけて自分の花婿の姿を知らされている。祝福され迎え入れられるその日の為に。
だから、こうして今も彼を学び続けながら、いずれ〝会う〟ために砂漠を歩み続けているのだ。
また一つの砂丘を越えると、視界には広大な砂地のみがあった。
どこまでも続く、果てのない寂しい砂の世界だった。
でも私はここに確かな道があるのだと信じていた。
彼へと向かう真っ直ぐな道がだ。
〝運命〟
そんな言葉が頭に浮かんだ。
砂漠の震える風は、私を愛しい人のいるあの国へ運んで行ってくれている。やがて彼の元へ辿り着く私を、あの人は温もりのある腕で迎え入れてくれるだろう。
私は、夜空に浮かぶ彼に微笑んだ。
そして、優しく語りかける。
いつもそうしているように。
「‥‥愛しているわ。いつか会えるでしょう」
⚪︎
「ねぇ、この関係は不思議。私たちの絆はとてもロマンチックね」
まるで意地悪な天の差配によって愛が試されているよう。
けれども、もう疑う余地もない。
これは運命に違いない。
ならば、––––これが宿命で結ばれた絆なのだとしたら
はたして私〝だけ〟が彼を見ているのだろうか?
いいえ。あなた〝も〟いつも見守ってくれていた。
遠く、私たちがやがて出会う約束の地から。
この空から。
きっと、あなたも私との絆を感じ取ってくれているはず。
あなたがいれば、恐くはない。
何も辛くはない。
今がどれだけ孤独でも構わない。
信じているわ。
二人が今も見えない絆で固く結ばれていることを。
私は月夜の闇に浮かぶ彼を見つめる。
横顔を向けていた彼が、優しい微笑を口元に浮かべながら、こちらに顔を向けた。
それは私の呼ぶ声に答えてくれているようでもあった。
そして私たちは目を合わせる形になり、しばらく見つめ合った。
私は胸を切なくさせながら–––––––、
願いの火の灯った温かな胸の内で彼に語りかける。
‥‥ねえ、そうでしょう?
私のあなた。
私の–––––––––蜃気楼の恋人。
《‥‥‥に近づく程に、一輪、また一輪、お前は花を失ってゆく‥‥》
またあの声だ。
くぐもった冷たい声。
恋人との逢瀬に水を差すようにして、またあの声が割り込んで来た。
そうだとすれば、足下には–––––。
ほら、またこの花園。
いったいこの花はなんなのだろうか?
声は私が花を一輪失ったと言うけれど。
そんなものは見分けがつかない程、花園は依然として、花を咲き誇らせて、砂の一面に広がっている。
––––そうね。思い出してしまったわ。
故郷の交易都市に住まう民族の一つに、結婚などの祝い事がある時に、道に赤い花を敷き詰める風習があると聞いたことがあった。
これから神の元で結ばれようとする二人が、仲睦まじくして聖堂の中心へと向かうのだ。
見て。この花園も同じよう。
まるで私が彼へと赴くその道を祝福してくれているみたい。
––––だとすると‥‥。
これはまるでバージンロードね。
そう言えば、結婚式に赤い花を敷き詰める風習は、子供の頃にずっと憧れていた。
幼い私は母親に、街の外れで行われるというその結婚式を見に行きたいとねだったこともあった。
––––赤い花に導かれての結婚式。
‥‥本当に素敵だわ。
だけれどもこの足下の花は、野薔薇のような白い花なのだけれど。
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