1.『謎の青年レイガルド』

セリシア王国王都

"特別魔法使い"であるエルダー・カテイラに招集がかかる。


王都中心部に位置する王国の管轄するセリシア王国本部。その地下では、1人の青年が身柄を拘束されていた。


「エルダー様、お気をつけ下さい...彼の魔力量は規格外です...」


黒いマントを羽織っている白髪の女性。

エルダーの隣で額に汗をかきながらも、エルダーに書類を確認させる。


「分かってるさ、ヘルリア。そんな心配すんな、俺だってもう大人だ。誰彼構わず戦おうなんて思って--」

「そんなの大前提ですよ!もう三十路近いんだから!戦闘狂みたいな事やめてくださいね!後で怒られるのは私なんです!」

「...お前も大人になったものだな...」


美しく輝く銀色の髪に真っ赤に燃える瞳の色。

190の背丈で身体付きも申し分無いその男、エルダーは地下に続くエレベーターへと足を進めていた。

隣にいるヘルリアはエルダーの肩程の背丈の為、歩幅が大きく異なり、若干早歩き気味になる。

その為、ただでさえ早いエルダーの歩きに合わせようと更なる早歩きで動くことになりそこまで体力も無い彼女は汗が止まらない。


「で、コレが報告書ねぇ...」

「...はい、正直私は、その報告書を見た時...震えが止まりませんでした...。」

「...なるほどね。まだ..."魔女の血"は絶えていなかったのか...。」


チーン


エレベーターが到着した音が、鳴り響く。

2人は薄暗いエレベーターの中へ足を進めた。


エルダーは黙って報告書に目を通していた。





報告書

『カギ村事件について』



『--王国歴 1516年 10月25日夜8:41王都より西に位置するカギ村周辺において、大規模な魔力の衝突を確認。』



「よっ!お前がレイガルドだな?よろしく!」

「...」


勢いよく左手を上げて満面の笑みでエルダーはレイガルドに挨拶をする。

完全に両手を縛られ、鉄格子の中にあるベッド上で座り込む黒髪の青年、レイガルド。

エルダーの方を見向きもせずただ床を眺め続ける。


『--2級魔法使い5名、1級魔法使い1名、騎士10名をカギ村へ派遣。到着時には既にカギ村は崩壊。

村を襲ったと思われる魔族の残穢をその場で確認。その場で5体の魔族が死んだと思われる。』


「...おいおい、無視はきついぜぇ。」

「エルダー様、本当に気を付けて下さいよ?」

「わーってる...って、お前なんか遠くない?」


鉄格子の目の前にいるエルダーの、およそ100メートルは離れている位置にヘルリアは立っていた。


「...だって...怖いんですもん...」

「ふ〜ん...そうだなぁ...色々聞きたい事だらけなんだか...」


ビクビク震えるヘルリアをよそ目にエルダーは後ろ髪をかきながらレイガルドの方を見て喋る。


『--村の中央に、生き残りの青年発見。怪我をしていた為、その場で1級魔法使いが処置を施そうとする。しかし、瞬時に怪我が自己再生。触れた1級魔法使いが突然吹き飛ばされる。青年を重要参考人兼容疑者の1人として魔禁鉄の錠で拘束。』


「お前、"魔女の末裔"で合ってるな?」


『--後、その青年の血筋が魔女"アイリス"の子孫である事を確認。』


魔女の末裔、その言葉にレイガルドは少し身体を硬直させ額から汗を流す。

ポツリと落ちた汗の音は静かな牢獄の中で響く。


「そんで、カギ村に襲ってきた魔族を撃退したのは、お前なんだな?」

「...」


否定も肯定もせず、床を永遠に眺めている彼にヘルリアは離れているにも関わらず若干不気味さを感じた。

エルダーは再び後ろ髪を掻きむしり、手元にあった報告書を眺める。


「いやぁ...信じられないね。1級魔法使いってのは極わずかの逸材にしかならない魔法の局地に君臨するらヤツらなんだよ。」

「...」

「そんなヤツをお前はいとも簡単に吹き飛ばしたらしいなぁ?それに魔力量も桁違いに感じる。やっぱ魔女の血筋が関係あんのかな?」

「...」


何も語らない。何も発信しようとしない。

仕方ない、と思ったエルダーは微笑みながらため息をつく。


「わーったよ、じゃ最後に俺から言わせてくれ。」

「...」

「今ここで死ぬか、最強の魔法使いを目指すか、選べ。」

「...ぇ」


初めて、レイガルドが床から目を離し、エルダーの方を見た。つぶらな瞳の中にある潤いは1つの光に照らされた。


「...はっ!?!?!?」


離れた位置から、その会話とは言えない会話を全て聞いていたヘルリアはエルダーの方を見て、今日一番の大声で叫んだ。困惑、混乱、パニック、怒り、ぐちゃぐちゃに思考を掻き乱された感覚がヘルリアを襲う。


だが、そうなるのもおかしくない。

何故なら今、エルダーは"魔女の末裔"である彼を生かす事を選択肢に入れているからである。


「...いや、いいです.....死にます...」

「...どうして?」


レイガルドは少しの間目を見開いてエルダーを見ていたが、すぐにまた目を細めて床に視線をズラした。

そして、エルダーの残した生き残る道を自ら放棄した。


この世界において、"魔女"は悪魔と言っても過言では無い。かつてまだ人類が魔法を全く理解していなかった時代、魔族の様に魔法を操る彼女達を人々は神のように崇めた。


しかし、神の絶対的な力に人類は逆らうことが出来ず、人類は魔女の絶対政治に苦しめ続けられていた。


やがて人類が魔法を理解し、大反乱を起こす。

犠牲を出しながらも、人類は魔女の討伐に成功した。

それから、魔女の血筋を持つ存在は『悪魔の子』と思われる様になり、徹底的に差別されていた。


魔女が滅亡して1500年経った今、魔女の血筋は滅亡したかのように思われたが、まだ、その血は途絶えていなかった。

レイガルド・サターン、最後の魔女の血を受け継ぐ者が居た。だが、生まれてから罵られ続けたその人生。


「...もう、生きたくないです...死にたいです...」


彼に、生きる気力は既に無かった。


「...だったら、なんで魔族を倒した?生きる気が無いんならその時に命を放棄していたはずだろ?」

「...ダメなんだ..."アイリス"が、僕を守るんだ...」

「ふぅん...」


レイガルドとエルダーの会話はその後しばらく続いた。話によると、レイガルドの身体に触れようとすれば、魔女アイリスの魔法が作用し、自動的にその存在を敵視し魔法攻撃が繰り出されるらしい。


"魔女の末裔"である彼は、カギ村とは少し離れた小さな家で暮らしていた。

彼の家系は、カギ村の村長の計らいで国に彼が魔女の血を受け継ぐ者というのは報告されていなかった。


それでも、無邪気な子供達や村長以外の大人達は彼を完全に卑下する目で見ていた。

村の近くにある果物を取りに行く時は必ずと言っていいほど、子供達に見つかり暴力を振るわされそうになる。その度にアイリスの魔法が作用し、子供達は返り討ちとなり、その親はまた一層レイガルドを嫌悪するようになる。


------


「...やっぱり、魔女の血を受け継ぐという事だけでも死罪に値してしまうこの世の中。多分...これまで数え切れない程自殺を試みていたんだと思う。」


地上へ戻るエレベーターの中で、エルダーは語る。


「それでも、アイリスが彼の死を拒み、強制的に生きる事を強要してくる...結果、彼以外の全てが血に染まろうとも。」

「死にたい...って気持ち、ちょっと分かる気がするな。...ま、死なせる訳ねぇけど。」


暗い顔になりつつあるヘルリアを見て、エルダーは声高らかにそう喋った。

しかし、横にいるヘルリアは少し不満げな顔をしながらじっと資料に目を通していただけだった。


「あの、エルダー様..."あれ"が通る可能性はかなり低いと思っていてくださいね?...上が、彼を生かす命令を下すとはとても思えないですけどね。」

「いーさ、そん時は俺がギャン泣きして駄々こねる作戦でいく。」

「はい」

「お前...めんどくさがんなよ...」


そんな会話を乗せながら、エレベーターは地上を目指す。


------


「--あの、エルダー様...もう一度...」

「--だーかーらー、コイツを魔法学校に入学させる。」


2人の男女がそんな会話をしていた気がする。


「...死にたい...」


暗い牢獄の中、レイガルドは静かに呟いた。


「--つーわけで上と交渉してくる!お前今んとこ死刑一直線だから!まー、運良きゃ生きてられると思う!俺を信じて待ってろ!」

「--この子は、死にたいって言ってますけどね...」


レイガルドに親指を見せつけ、薄気味悪いウィンクをしたらその男はその言葉を最後にエレベーターへと走って行った。


「...僕が、魔法学校...なんて、...ハハ、笑える。」


レイガルドはこれまで、誰にも必要とされる人生を歩まなかった。

誰彼構わず彼を差別する。

魔法だって、欲しくて授かったものでは無い。いらない。のんな野蛮なもの。


「...どうせ、死刑さ。...でも、どうやって殺すんだろう...」


レイガルドはそんなことを考えながら、硬いベッド上で眠りに着いた。


魔法学校...聞いた事はあるが、そんな所で暮らせる自分の未来を全く想像できない。

いや、想像するだけ時間の無駄だ。どうせ、死刑になる。

どうせ、明日にはギロチン台の上にいる。

どうせ、死ぬ。




「....魔法...学校...」


呟いた彼の声は真っ暗な部屋の中で、水雫の音と共に響いていた。


そして、朝が来る。



「ほら、起きろ。行くぞ。」

「...ん?」


銀色の光がレイガルドの眼を覆った。

キラリと光る八重歯と真っ赤な目、どこもかしこも光り輝いていて朝から見るにはカロリーが高い。


牢は開けられており、エルダーとヘルリアがレイガルドの部屋に入っていた。


そして、エルダーの発言に疑問を抱く。


「...行くって?」

「決まってんだろ、魔法学校。」


嘘を全くついているようには見えない目で、エルダーは堂々と言った。


「まずは、試験ですよ。」

「あ、そっか。まぁ大丈夫だろ?」

「...ぇ?」


ヘルリアがしかめっ面でエルダーの言葉に付け加えるように言うと、エルダーはそんな心配ご無用と言わんばかりの声色でレイガルドの方を振り向く。

明らかにレイガルド次第だということもあるので、大丈夫かどうか、確認を求めて来た。


朝から頭が大混乱の中、レイガルドは沈黙しているとすぐに腕を引っ張られ外へ連れられる。


「..え、ちょ....」

「おら、シャキッと歩けボケナス。」


猫背のレイガルドの背中に喝を入れるようにバシッと平手打ちを叩き込む。

目をぐるぐるとさせているレイガルド。


分からないことだらけだが、まず気になるのは。何故、触れられるのか。

レイガルドに触れた者は例外なく魔女の魔法によって攻撃を受けるはずなのに。


「...あの、...なんで...触れ...」

「ん?あー、俺は触れんだよ。そんなんいいからはよはよ。」


レイガルドの質問を2秒で適当に受け流す。

これまでレイガルドに触れた者は居なかったため人生初めての経験だった。それを適当に有耶無耶にされたのは普通に悲しかったのか、少し顔を曇らせる。


「あの、どこに?」

「だーかーらー、魔法学校--」

「試験ですよ。レイガルドさん。」


エルダーの言葉をさえぎり横からひょこっと顔を出したのはヘルリアだった。

真面目な性格の彼女は混乱中の彼の心情を思い、適格な説明をしだした。


「エルダー様が仰った通り、貴方にはこれから魔法学校へ通って貰いたいのです。貴方にはその才能がある、と、エルダー様はいっているので。」

「...でも、僕死刑じゃ?」


そう、彼は死刑対象の存在。

才能だらけの魔法学校に免れる存在ではない。


昨日まで、遂に生涯の幕引きとなる事を思いこれまでの人生の振り返りを何度もしていたと言うのに、急な展開に頭が追いつかない。


「死刑に条件をつけてやったのさ。お前のその力を上のヤツらに見せつけりゃ、才能大好き政府のヤツらは目の色変えてお前を優遇するぜ。」


一行は、エレベーターで地上へ上がり、魔法学校を目指す。

成り行きで連れて行かれた形ではあるが、レイガルドは死刑を免れた。

と、思われていた。


久しぶりの空を見て感動しているのもつかの間、レイガルドは人々の視線を必要以上に恐れるようになっていた為、王都という人でごった返す場所ではパニック寸前だった。


それでも、エルダーの大きな背中が道しるべとなってくれたお陰で、辛うじて進むことは出来る。

そこで、とある疑問をぶつけることにした。


「...あの、さっき言ってた...条件っていうのは?」

「ん?あー、死刑につけた条件ね。」


エルダーが思い出しかのようにリアクションする。


「簡単簡単。お前はこれから行われる魔法学校の試験を突破する。それだけで死刑は免れる。」

「...え、それだけですか?」


正直、もっと理不尽かつ無理難題を押し付けられると思っていた。

政府が長年探し求めていた魔女の血筋をそう易々と世界に解き放つわけが無い。

何か裏があるのではないかと顔を顰め探っていると、


「大丈夫です、本当に条件はこれだけなんですよ。」


その顔から察して、 ヘルリアがレイガルドを安心させる。


「...そ、そうなんですか?」

「ええ、殆どエルダー様のわがままで無理矢理通した条件ですけどね。」

「つーか、ハナから条件とか要らねぇんだわ。死刑とかアホくさ。」


一体この大人が上司に向かってどんなわがままをしたのか気になりはするが、とりあえず感謝すべき人間だということは理解出来た。

エルダーがいなかったら、レイガルドはとっくに死刑だっただろう。


一行が歩き始めて15分経った頃。


「さ、着いたぜ。」

「...ここが。」


3人は大きな建造物の前に立つ。

大きな門があり、門の奥には巨大な建物がある。中央部には時計が埋め込まれており、紫色の屋根を携えた最高建築。


「ここは、セリシア王国最大の魔法学校『アバドン魔術学園』。」


アバドン魔術学園--国の中でも魔法の才能にたけた若者達が集結するセリシア王国最大の魔法学校。


その艶やかな色合いの建築に思わず唾を飲み込むレイガルド。


「レイガルドさん、これより貴方はこの学園へ入る為の試験に挑戦してもらうことになります。」

「...え、今から!?」

「別に今からでもらいいと思うけどっ...!!!...いてぇなぁ。」


あくびをしながら横槍を入れるレイガルドの腹を思いっきりぶん殴るヘルリアは鬼の形相でエルダーを睨んだ後、少し呼吸を整え再び話の路線を戻す。


「今からという訳ではありません。試験はこれより2週間後です。それまでに、レイガルドさんには魔法の基礎的動作を覚えてもらいます。」

「....はい。」


よく分からないがとりあえず頷いておく。


「...でも、じゃあなんで今ここに来たんですか?」

「ん?」


レイガルドの質問に?を飛ばすエルダー。


「いや、まだ試験じゃないんなら、この学校入れないし、来た意味がよく...」

「え?ノリだけど?試験の前に学校の下見ぐらいするもんでしょ?」

「...えぇ?」

「基本無視で良いですよ。この人のことは。」


エルダーの言葉に目を回していたら、ヘルリアが助け舟のように助言をくれる。

会って間もないが、レイガルドは頼れる存在を1番手にヘルリアへ置くこととした。


「そんじゃ、ひとまず修行だな。」

「しゅぎょう?」

「あぁ、お前が難なく試験突破出来るように、叩き込むぜ。」


ニヤッと笑うその笑顔はレイガルドの鳥肌を立たせた。


そして、これよりアバドン魔術学園試験突破訓練が始まる。

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