依頼その4 後編 特製からあげ争奪戦

 駆け抜けた。

 幸い、チャイムが鳴ったばかりだからか誰もいない。

 だが、近いうちに出てくるだろう。

 廊下に、ノイズが走った。

 −−放送部だった。

 『今月もやって来ました!29日・肉の日ですね、特製からあげ発売日!限定20個の超人気からあげは、誰の手に渡るのでしょうか!?』

 −−たかが、からあげに。んな大袈裟な!と霧峰は、思った。

 だが、たかがからあげ。されど、からあげ。からあげの人を惑わす力を、侮ってはならない。

 どんな時も油断するな、というやつだ。

 実際、そうだった。

 その通りだった。

 一年A組から、運動部の男子が数名出て来たと思ったら。隣のB組からは、カースト上位であろう、派手に化粧をした女子たちが、血相を変えて廊下を全力速ダッシュというやつである。

 あっという間に、廊下はからあげを求める生徒で、埋め尽くされた。

 移動する−−と言っても、ほぼ身動きが取れないような状態になってしまっている。

 「こりゃあ、エレベーターも中央階段も、無理だな」

 拓篤が言った。 

 「あきらめにゃいのよん!全ては、便利屋の認知度をあげるためなのーッ!」

 −−それは、そうだけど。でもなんか、ずれてませんか?目的が。と霧峰は思った。

 「まぁ、ソレもそうだけど、和田さんの依頼が優先だよ」

 「で。バカ羽どうすんだよ、やべえぞ」

 その通りだった。

 お兄さん、お姉さん!あんたら、自分らの置かれた状況正しく認識してるんっすか?

 くっちゃべってる時間なんぞ、ないんですよ。

 「バカ羽ってひどくにゃい?」

 「ひどくねーよ、つか事実です」

 「いじめっ子!ジャイアン!!リアルジャイアン!!今、俺のび太の気持ちわかっちった!!」

 と軽口を、叩きながら高羽は、人があまりいない西階段の方へ、向かった。

 「西階段って、やべーって俺聞いたんだけど…いいのかよ」

 拓篤が、いきなりそんなことを言い出した。

 一体、いきなり何を言い出すのだろうか。

 「いいの、いいの。特ににゃにも、ないのよん」

 霧峰は、わからなかった。

 2人が何について喋っているのかが。

 そうこうしている内に、放送部が参加者たちを煽る、煽る。

 『さあ!特製からあげ販売開始からわずか1分で、もう10個も売れました!』

 −−やばい。と3人は、同時に思った。

 そう、やばいのだ。

 ジャイアン!だの、なんだの騒いでいる暇はない。

 3人は、ただ一心不乱に西階段を駆け降りた。


 西階段は、食堂に一番近い階段だ。かつて、特製からあげゲットを、狙った生徒が階段を、ローリング落下したのは、あまりにも有名な話の一つである。

 西階段は食堂の目の前にあると言っても過言ではない。

 だから、普通なら西階段に、人が殺到するのだが…。そんなことは、なかった。

 噂である。

 特製からあげ発売日に、西階段を使うと何か不幸なことが、起きる−−というあるあるな噂があったのだ。

 だから、誰も使わなかった。

 のに。

 なんということでしょうか!

 高羽くんは、堂々と降りているのではありませんか!!

 一階に、着いた。

 

 さすが、食堂の目の前にあるだけはある。

 食堂に向かうだけでも、数多の生徒の波を越えねばならないのだ。

 「これって、かなりキツくない?」

 弱音が、出てしまった。

 「大丈夫だろ。霧峰」

 手を引っ張っていた拓篤が、優しい声でそう言った。

 −−なんだろう?ひどく、爽やかに見える。目の錯覚か、何かかな?と霧峰は思った。

 拓篤は、続けた。

 「俺らがなんとかするから」

 はい!ここで。私が、正直に思ったことを暴露しちゃいます!

 3、2、1、いっせーのーで!あらやだ、かっこいーー!!

 である。

 あまりの、かっこよさに霧峰は、一瞬・誰だお前と、思ってしまった。

 とにかく、3人はからあげを狙う生徒たちの、大きな群れの第一波に、突っ込んだ。

 幸い、まだ最前列組。

 からあげゲットの確率はまだ、ある。

 なきにしもあらず、みたいな。

 『次々と、参加者たちが!特製からあげをゲットしていきます!残りはもう一個になりました!』

 特製からあげゲットを狙う集団の横を、カメラが横切った。

 −−放送部、これ全校放送のテレビで、流してるんだ!!うわぁぁぁぁ!!!!

 はっきりに、言っておくとぐっちゃぐちゃのゴッタゴタだった。

 あまりにも、自分が特製からあげをゲットしたいからか、乱闘みたいなものまで、自然発生してしまっている。

 お金をすぐに出す準備はできている。

 あとは、ただ一心不乱に特製からあげを、手に入れるだけだ。

 「女子が…!調子のんじゃ…ねえ!!」

 足を、引っ掛けて来た。

 「うわっ!」

 転びそうになる。

 が、持ち堪えた。

 ここで、転んでしまっては、ダメだ。と霧峰は思ったから。

 意地でも、絶対転ばないと、思ったから。

 前を行く高羽を、霧峰は見た後。拓篤を見た。

 −−心強いな、と思った。

 「霧峰!」

 拓篤が、霧峰に気を使って止まった。

 「気にしなくていいよ、止まんないで!」

 そう言うが否や、拓篤は霧峰を、転ばせようとしたスキンヘッドを、人睨みした後再び、霧峰の手を引いて走り出した。

 ゴンっ!!

 鈍い音が、響いた。

 高羽が体勢を崩して、倒れ込んだのだろう。

 「霧峰」

 拓篤が、短く言った。

 「俺はお前にかけるから。」

 はい?何を、言い出すんですか?急にあなたは。

 「行ってこい!」

 そう言って拓篤は、霧峰を前に来させた。

 なんで、先を走っていた拓篤が急に、そのような行動をとったのかは、謎だが霧峰は、思った。

 −−止まらない。

 止まれないじゃないか!

 目の前に、目標はあるんだから!!

 霧峰は、挑戦権カードを出し、机に叩きつけた。

 息が、上がっているのがわかる。

 「…ハァッ…ハァッ…っ、特製、からあげ一個…ください」

 「お金」

 購買のおじさまが、死んだ魚のような目をしながら、そう言った。

 「わかってますよ」

 1人では、多分特製からあげゲットなんぞ、できなかった。

 そう、感慨深さに浸りながら、霧峰はポケットにあらかじめ入れておいた120円を、出そうとした。

 「…あれ?」

 ない。

 入れた覚えがあるのに、ない。

 あんなに確認したのに、ない。

 おじさまの機嫌が、悪くなるのがわかる。やばい。

 −−依頼が、解決できないじゃないか!と霧峰は思った。

 こうゆうパターンが、一番悔しいじゃん、と。

 「お金なら、心配ないのよん!」

 復活した高羽が、財布から120円を出した。

 購買のおじさまが、金を仏頂面で受け取った。

 そして、

 「本日、29日の特製からあげの販売は、終了いたしました」

 宣言がなされたことで、入手できなかった生徒たちが、崩れ落ちる。

 すぐさま、放送部のレポーターらしき人物が、霧峰たち3人の方に、やってきた。

 『なんと!最後の一個を手に入れたのは!女子だぁ!!』

 うるさい実況が入った後、抜き打ちインタビュースタートです!

 「特製からあげを、入手した気持ちは!?」

 「…ハァッ…ハァッ…へ?」

 「めっちゃ嬉しいっす!」

 答えられない霧峰の代わりに、高羽がハイテンションで答えた。

 「みなさんで、食べるんですか?ここの3人で」

 「いや!頼み込んでくれた子にあげます」

 霧峰が、答えた。

 息はまだ上に上がっているが。

 「そにゃの、そにゃのー」

 「ふざけんなバカ」

 いつものノリ、みたいなことをし出す高羽・拓篤に霧峰は、呆れた。

 次の質問が、来た。

 「みんなに、伝えたいことをどうぞ!」

 …質問でもなんでもなかった。

 「イッ…イェイ?」

 「便利屋!やってます!旧校舎の三階、多目的っす!興味あったら、来・て・だっちゃ!以上2年D組、高羽優希っしたー!」

 本当に、宣伝するんだー…と霧峰と拓篤は、思ったのだった。

 「ちゃっかり宣伝すんな、バカか」

 拓篤が、静かに突っ込んだ。

 

 教室に戻ると、まさにお祝いムードだった。

 「拓篤ー!お前すげぇよ!」

 と、加山が。

 「すごくねーから」

 満更でもなさそうなため、一体どこがすごくないんだろう?と拓篤は、周りにそう思わせる。

 「やったね!涼華ちゃん」

 待田理子が、やって来た。

 「うん。手に入れられて、ほんとよかったよ」

 「あ、ねぇねぇ。」

 待田が、思い出したかのように霧峰に、とある質問を投げかけた。

 「からあげって誰にあげたの?」

 来ると思いましたよ、その質問。と霧峰は、思った。

 「内緒だよ」

 教室は,騒がしかった。

 霧峰は思った。

 −−楽しいな、と。


 和田凪沙が、ニヤニヤした笑みをしながら、特製からあげを思う存分堪能したのは、別の話。

 そして、チャイムと同時ダッシュをしたことで、若松先生から霧峰・高羽・拓篤の3人が、職員室に呼び出されたのも、別の話としておこう。

 

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世知辛い世の中ですが! 神坂774 @kamisaka774

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