依頼その3 後編②

 −−出た。

 霧峰は、心臓が口から出てきそうな衝動に耐えながら霧峰は、出た。

 「…もしもし?」

 思ったよりも小声だった。

 高羽と、拓篤が黙ってこちらを見ているのがわかる。

 −−そんなに、見られてもどうにもならへんよ!?

 と、なぜか内心ツッコミが関西弁になっていた。

 「…スピーカーにしてちゃっ」

 小声で、高羽がそう指示を出したため、霧峰はコクンとうなづいた後、スピーカーにした。

 『す…涼華?』

 鼻を啜っている音が、聞こえた。

 まさか−−泣いているのか?と霧峰は、戸惑った。

 自分でレスを、書き込んでおいて?自分で自分を、中傷しておいて?

 −−泣いてるのは何で?と霧峰は、思った。

 みんな思っていることは、だいたい同じらしい。

 高羽も、拓篤も顔を顰めている。理解できないとでも言うように。

 「どうしたの?愛菜ちゃん」

 『…書き込んだの、あんたじゃないよね?…私、私…!』

 だめだ、と霧峰は思った。

 錯乱してしまっている。

 取り乱し用から判断して、多分−−恐らく、自分がレスをしたことなど覚えていないのではないか?と霧峰は、不安に思った。

 「わっ、私じゃない。私じゃないから、書き込んだの…さ?」

 最後の『さ?』に、『落ち着け!』と言う気持ちを込めた。

 『…んじゃあ、何で!?小学校の時とかの、エピソードとか!便利屋に依頼したエピソードが…!』

 「愛菜ちゃん、落ちついて」

 さらに錯乱する板倉を、霧峰は何とかして落ち着かせたかった。

 そりゃあ、そうだ。

 自分にしかわからないことが、レスされているのだから。

 恐怖そのものだろう。

 『落ち着いて』と、言葉をかけたところで、期待なぞしていないのだが。

 『…まさか。涼華、あんた誰かに話したの!?というか話してないと、おかしいよ!!絶対さあっ!高羽あたりとかさぁっ!』

 「…話してないよ」

 霧峰の口調が、強くなった。

 イライラが溜まっている。

 『あんたさぁっ!!何かない訳!?さっきらから…!』

 板倉の、怒りが爆発した。

 かなり大きい音がスピーカーから漏れるため、カフェ内に響いた。

 お茶をしていたOLが。勉強をしていた、同じ高校の生徒が。

 一斉にコチラを見た。

 「…霧峰。出た方いいよ」

 拓篤が、あまり大きい声を出さないで、言った。

 霧峰はうなづいた。

 恥ずかしさで、どうにかなりそうだった。早く出てしまいたいとも、思っていた。

 が、それを機材の向こうにいる板倉が、許さない。

『…拓篤陸介だよね、今の声』

 「あのさ、」

 『話したの?話したんだよね!?』

 「決めつけるの、よくないよ」

 自分でも、びっくりするくらい冷たい声が出た。

 またカフェにいる客が、霧峰の方を見た。

 というか、スピーカー機能をオンにしたままだったのだ。

 つまり。

 今までの会話は、丸聞こえという訳である。

 −−穴があったら、入りたい。と霧峰は、思った。

 漫画でしか見たことないセリフを、まさか実際に思う日が来るとは…。何とも言えない気持ちで、霧峰はとりあえず高羽・拓篤と共に、カフェから出た。

 逆上して、何か言ってくるんじゃないかな?と霧峰は、板倉に対して警戒していた。

 だが。

 何もない。

 びっくりするほど、何もない。

 『…………………………………………。』

 スピーカーから、聞こえるのはただトラックや、車が走る音だけだった。

 板倉は、不自然に黙っている。

 まだ不自然に黙っている。

 いつもだったら、うるさいほど喋るのに。

 怒る時だって、早口言葉みたいに弾幕攻撃を繰り広げるのに。

 「…愛菜…ちゃん?」

 不安になったので、試しに名前を読んでみる。

 『…………………………………………。』

 フルシカトというやつらしい。

 霧峰が、呆れて電話を切ろうとした時だった。

 「切っちゃ嫌なのよん」

 高羽が、そう言ったのは。口調は、ふざけていた。ふざけていたが、声のトーンと眼差しでわかる。

 真剣そのものだった。

 −−切ったら、怒るな。ダメだ、切ったらと霧峰は思い、そのまま電話を繋げた。

 電話は、相変わらずスピーカーだった。

 『……………………あの…………。』

 「はい?」

 そう言ったのと同時に、霧峰の頭の中を大量のハテナマークが埋め尽くした。

 −−あの?何で急に他人行儀に?

 そんな疑問は、次の一言で全てかき消された。

 『あなた、板倉愛菜の親友さんですか?』

 ……は?

 理解不能。

 理解不能だった。

 板倉−−は、続ける。

 ひどく冷たいテンションで、会話というよりは。事務連絡のようなテンションで、続ける。

 『なるべく早く、大東寺の2年A組に来てください。待ってます。』

 「ちょっ−−」

 霧峰が、どういうことかと聞こうとするのと、同時に電話は切られた。

 困惑だった。

 ただ、ただ困惑だった。

 呆然とするしかなかった。

 頭が真っ白になるという言葉は、なるほど。こうゆう時に使うらしい、とも霧峰は思った。

 「…どうすんだよ」

 拓篤が、参ったぜこりゃみたいなテンションで、言った。

 「どうするって?」

 高羽が、反応した。

 −−多分拓篤くんが話しかけたのわたしだ…と、霧峰は思った。

 「板倉の言う通りに、A組行く訳?」

 その通りだった。

 拓篤は、霧峰に対して話しかけている。

 −−考えた。

 どうすればいいのだろうか、と。だが、いくら考えたって行く以外の選択肢はないのだ。

 「………うん、行くよ」

 なるべく自身の不安を、表さないように努めながら言った。

 だが、やはり1人で行くのは怖かった。どうしようもなく、怖かったから。

 「でも、2人にも…来てほしい……です」

 頭を下げた。

 深く頭を下げていた。

 「頭上げろよ、俺そーゆーの慣れないから」 

 ぶっきらぼうに拓篤が告げた。

 そして、頭をガシガシと掻いた。

 本当に慣れていないのだろう。霧峰を、気にしている。

 「あったり前のクラッカーすぎなのよん」

 高羽がおちゃらけた様子で、言った。

 拍子抜けだった。

 まさか、こんなあっさりとokが出るとは。

 「…まあ、今回は仕方ねえよ。色々と大変そうだから特別に手伝いますっつーやつ?」

 そう言って拓篤はピースした指をピョコピョコと曲げる動作をした。

 −−私その動作、某仲○由紀恵主演学園不良を更生していく系の、第二シリーズで見たぞ?ボケる方の、D組の頭がやってるの私見たぞ?

 と、霧峰は反応した。

 分からない人は、ググろう!すぐに出てくるよ!

 ピースを曲げる動作をしながら、拓篤は高羽のことを睨んだ。

−−よっぽど高羽のことが、嫌いらしい。

 だが、そう言った拓篤の顔は、変に清々しかったと記憶している。

 


 時刻は、現在午後五時半だった。

 グラウンドにも、体育館にも、音楽室にも部活をしている人間は、いない。

 そりゃそうだ。

 テスト勉強期間は、部活動禁止なのだから。

 そして、残っている人間もいない。

 いるとしたら−−板倉愛菜だ。

 板倉愛菜は、窓際の自分の席に腰掛けていた。

 ベランダから、霧峰・高羽・拓篤の3人が走ってやってくるのがわかる。

 黙認したあと、板倉は電話をかけた。

 相手はもちろんこのお方。霧峰涼華しか、いないじゃないか。



 ガラホが、振動した。

 再び板倉愛菜からの電話らしい。

 恐る恐る、出た。

 『板倉愛菜の親友さん。』

 「…はい。」

 走る足を、止めた。

 かなりの長い距離を全力疾走したのだ。霧峰は死にそうなくらいクタクタだった。

 足に力が入らなかった。

 高羽と拓篤も肩で、息しているくらいなのだ。霧峰は2人よりもスタミナが、足りないため疲労感は2人よりも、もちろんある。

 『A組じゃなくて、やっぱ屋上に来てください。』

 「え、あの…!」

 それだけ言って、電話は切られた。

 屋上は、普段立ち入り禁止のはずだった。そんなところにいって、何をしようと言うのか?と、霧峰はわからなかった。

 悶々と考える。

 −−『板倉あいつ、自殺するように仕向けようよ』

 最後に彼女が発したレスが、突然思い出された。

 まさか。

 そんなことないと、思いたかった。

 何も告げずに、走り出した。

 頭は当然真っ白だった。

 普段屋上は、立ち入り禁止だったし。当然、今も立ち入り禁止だ。

 霧峰は、エントランスホールにあるエレベーターに飛び乗った。

 そして、とりあえず六階ボタンを何回も押す。

 −−早く閉まれ!早く閉まってくれ!と念じながら。

 高羽と、拓篤も追ってくるがごめんなさい。

 今あなた方を待っている暇、ありません。ついてきてって言ったの、私なのにね。

 と、思いながら閉めてやろうかと思ったが、やめた。やっぱやめた。

 無言で、開延長を押した。

 2人が入ってきた。

 「はぁっ…はぁっ…あーー!ちっかれた!」

 「霧峰お前、俺らのことエレベーターに、」

 息も絶え絶えの拓篤が、少し責めた出るような口調だったため、

 「申し訳ありませんでした!」

 先に謝っておこうと、霧峰は判断して、謝った。

 倒れ込んだ高羽と、壁に寄りかかった拓篤を新たにのせたエレベーターは、六階に向かった。

 六階で降りた3人は、屋上にいく階段へ。

 そこには張り紙で、立ち入り禁止と書かれていた。普段だったら、躊躇するしもちろん行かないが。

 今は、そんなこと言っている場合ではないのだ。

 −−まあ、シチュエーションが許さなかったってことです。許してください!

 屋上へ行く階段を、駆け上り屋上に出た。

 屋上には、広大な空が広がっていた。

 紫色になっている空の下に、板倉愛菜はいた。

 一段繰り上がっているところに立っていた。そこから一歩踏み出すと、落下して死ぬことは、誰もがわかることだった。

 「…来ないでくださいね」

 霧峰の知らない、板倉愛菜が口を開いた。

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