依頼その3 中編②

 「板倉さんって、いますかー?」

 高羽が、教室の前の方にある横戸からひょこっとA組を覗いていた。

 −−何ということだろうか。高羽さん、本当にA組に凸りに行ったのだ。

 すごいと思った。霧峰は。

 その行動力が。

 A組の人が、教室内から面倒くさそうな顔をして出てきた。

  「…あー、うん。いるよ」

 よっぽど嫌なんだろう。早くこの場から離れたいとでも言うような顔をしている。

 「板倉ー、呼んでるよー」

 「はーい!」

 −−とても、久しぶりに教室に登校してきたとは思えないようなはつらつとした声だった。

 「…ホントーに、不登校だったんっちゃなー?」

 冗談で言ったのだろう。彼は。

 心配もしてくれていたのだろう。なんだかんだ言って優しいから。だが、そんな風には思えなかった。

 最早、失礼だが。

 失礼なのは重々承知しているが。

 バカにしているのかな?とも思ってしまった。…決してそんなことないだろうけど。

 「あっ!便利屋くんじゃん」

 板倉が高羽の元へ、パタパタと小走りでやって来た。

 「…えっ、あ。」

 予想していたキャラと、あまりにも違いすぎるからか。

 高羽は、少ししどろもどろしている。

 「…どっ、どうもっ…す〜」

 あまりにも戸惑っているからか。板倉のはっきりとした顔立ちに、少し不安さが現れた。

 先に言っておく。

 高羽と、板倉の2人は初対面だ。板倉が便利屋の存在を知ったのも、きっと先のポン太事件からだろう。

 「…大丈夫?しっかりしてよね、信じてこちとら頼ってんだからさあ、」

 かなりの、辛口だった。

 「…あっ、はぁ。…すんません」

 そう情けない返しをした高羽を、板倉は睨んだ後。後ろの方にいた霧峰には目もくれず移動を開始した。

 「…あ、あの。高羽くん…」

 動けなくなっている高羽に、霧峰は心配になったため、声をかけた。

 「…全然?」

 「え?」

 「…ぜんっぜん?全然っ…オレェ?傷ついてないっすよ?うん。…ウンウンウン。…」

 何も言わない。

 死んだような魚の目みたいな目をしたと、思ったら。

 高羽くん、意気消沈モード突入しちゃったかな?と思ったら。

 「俺のっ!ポリっシーぃ、はぁっ!明るくっ、楽しくっ!いつだってポジティブシンキングー!」

 …無理にテンションを上げてるのが見え見えだった。

 何だろ、見てらんないな。と霧峰は思ったから声をかけた。

 慰めで。深い同情をしていた。まぁ、簡単に言うと、憐んでいたのだ。

 …なんか、居た堪れなかったから。

 「無理しなくて…いいからね」

 それに対しての返答は、感謝でも何でもなかった。

 「高羽優希くんのハートに、一万のダメージが、クリティカルヒット!そして、そこに追い討ちをかけるかのように、二万五千のダメージが、さらにさらにクリティカルヒットっ!高羽優希くんは、ゲームオーバーっす!」

 …なんと返したらいいのか。霧峰は、わからなかった。

 というか。

 拓篤が、昼休み急に抜ける、と言い出した直後からなんか様子がおかしいのだ。

 多分、かなりのショックを受けているのだろう。いいや、受けているのが見え見えだ。

 ショックを受けているのが、一発でわかる。

 「高羽くん。」

 霧峰が高羽に話しかけた。

 下を向いていた高羽が、顔を上げて霧峰のことを見る。

 その目は悲しみに満ちていた。

 そんなに、深刻そうではなかったが。

 板倉が思い出したかのような顔で、再びこちらにやって来た。

 「何何何何っ!やだやだやだ、何なんっすか?」

 −−テンションが変だよ、高羽くん。と彼に対して静かなツッコミを入れながら。

 霧峰は目を細めた。

 老眼になっている老人のように。

 「涼華どこ!?」

 イラついているのが、わかった。

 −−今思い出すんだ、へぇぇ。何、薄情になってない、君さあ?

 霧峰は頭を横に振った。

 いけない、いけない。久しぶりに学校に彼女は来たのだ。いきなり怒るなどそんなことあってはいけない。

 「…はぁ?…えっ、隣にいる…」

 理解できない、と言ったようなテンションで高羽は戸惑いながら、ただ事実を言った。

 「いないじゃん!!」

 「ホワッツ!?」

 「いや、いないか−−あっ」

 どうやら、見つけたらしい。

 霧峰涼華のことを。

 ずっとそばにいた、霧峰涼華のことを。

 「お久しぶりです」

 「…。」

 気づいてやれなかったという後ろめたさから、少し戸惑った後。

 「涼華久しぶり〜!」

 明るいテンションで、霧峰に飛びついた。

 

 「「裏サイト?」」

 2人の声が、重なった。

 板倉がコクンと小さくうなづいた。

 「裏サイトって、アレでしょ?2000年代とか。2010年代とかに流行った、クラスの嫌味版みたいな感じでしょ?…ほら、あのー…ネット掲示板の、クラスメイトとか、日々の愚痴ぶちまけバージョンみたいな。」

 霧峰はそう板倉に確認した。再び板倉がコクン、とうなづいた。

 −−どうやら、合っていたようだ。

 「へー、詳しいんだねえ。そゆの」

 高羽が感心した口調でそう言った。確かに、今の時代・裏サイトという存在はひと昔。いや、ふた昔前くらいに流行ったものだ。

 「…まあ、そーゆー昔の文化とか。私好きだからさ」

 「ふーん。やったね、霧たんのことオレ一つ知ったわ」

 何に、勝ち誇ったかは知らないが。

 とにかく、何かに勝ち誇ったかのような口調で高羽は言った。

 「うん、よかったね」

 と、棒読み気味に霧峰は言うと板倉と向き合った。

 もしかして、板倉が一年の秋から不登校になったのと、その「裏サイト」が深く関係しているのだろうか。

 そして、高羽・霧峰に助けを求めたことにも、深く関係しているのだろうか。

 とにかく。

 聞いてみないとわかるものも、わからないのだ。

 「…もしかして。さ、関係あるの?…その裏サイトと」

 躊躇した。

 この質問をすることに。

 板倉はまた再び、コクンとうなづいた。

 依頼内容は、端的に言ってしまうとこうだった。

 裏サイトに自分を中傷した書き込みが多いということ。そして、その書き込みがなぜか自分のプライベートのことや、誰にも話していないようなことが多いということだった。

 「…何だろ。もう1人の自分ってやつがいたら、その子が書き込んじゃってるんじゃないかって思っちゃうくらいには…。その、情報が的確だからさぁ。」

 怯えた目でそう言った板倉は、そう言っただけ帰って行った。

 小走りで、スクールバックを抱き抱えて。

 

 「ねー、あのさぁ。」

 大東寺高校から、徒歩二十八分あたりの地点にある駅で拓篤たちのグループは屯していた。

 口を開いたのは、貴城。話しかけたのは、拓篤だ。

 貴城の目は、他校の女子をなんとかナンパしようとしている加山をとらえた後。スケッチブックを開いて、黙々と絵を描いている伏見を見た。

 マイペースな2人を見ながら、貴城は再び拓篤に話しかけた。

 「霧峰さんと、何話したの。…つか、行かなくていー訳?高羽、用あったんじゃねえの?」

 拓篤は、一瞬固まった。

 まるでフリーズするみたいに、固まった。

 −−んで、今そんなこと聞くんだよ。と拓篤は思いながら。

 横目でちらっと見た後、(本人的には、横目で見たつもりだったのだが、実際には睨んでしまっていた。)口を開いた。

 あくまで、明るく。

 いつものように。

 そう、カースト上位にいる拓篤陸介のように。

 「…俺さー、便利屋やめたんだよ」

 −−我ながら、上手くポーカーフェイスみたいなものが出来たのではないだろうか?と思った。

 「大丈夫なの?それ」

 −−チっ、うるせえな。

 あくまでも表に出しては、ならない。そんな気持ちを。

 悟られてはならない。

 拓篤は再び口を開いた。

 「べっつに。俺、入りたくて入った訳じゃないし。高羽が、あいつ勝手に巻き込んだだけだし。俺と霧峰のこと」

 実際、事実を言っているのだ。

 拓篤はあの日を思い出した。ウエ○シアで、便利屋活動に無理やり誘われたことを。

 貴城が、拓馬を黙って見つめる。

 「拓篤。」

 短く、名前を呼ばれた。

 「何?」

 「…お前さ。」

 「うん」

 何を、言われるのか拓篤は、身構えていた。

 「霧峰とか、高羽とか。もっと周りにいる人のこと、大事にしたらいいんじゃない。」

 図星だった。

 図星だったような、気がした。

 何も、言えなかった。

 いつもだったら、明るく茶化すのに。なぜか明るく言えなかった。

 貴城の言葉は、続く。

 「あとさ。…隠し事すんの、やめろよ。別に無理に話せって訳じゃねえけど。」

 −−は?

 拓篤の頭の中に、危険という名の2文字のネオンが、光っては消え。消えては光る。

 チカチカと、点滅していた。

 「…なんで…知って…。」

 −−まずい。これは、非常にまずいと高羽は思った。

 「澤村から。」

 「帰る」

 イライラした。

 高羽が、食堂に来てイライラ。そんな高羽にノコノコとついていく霧峰に、イライラ。自分の過去が−−知られたくないと、思っていた過去がバレたかもしれないということに、イライラ。

 そして、その過去を自身の友人が知っているかもしれないというイライラ。

 「おい、ちょっと。拓篤?」

 後ろから貴城が、立ち止まるように促すが…。

 −−うるせえ、テメェは俺を怒らせた。つまり、お前が悪い。以上!

 と、心の中でそう吐き捨てて拓篤は、繁華街に出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る