第3話
「おーい!旭!
ちょっとこれみておもしろすぎるから!」
旭ととりとめもない話をしていると、
教室の後ろから旭を呼ぶ声がした。
旭は「おー!」と軽く返事をして、それから私の方をちらっと振り向いて小さい声で「ごめん、行ってくるね」と笑った。
その屈託のない可愛らしい笑顔や、どうでもいい話をしていただけの私にそうやって断りを入れてくれる思いやりや、誰とでも仲良くやっていける人当たりの良さが私にはない旭のいいところだと思う。
「ん、どーぞどーぞ。」
私に向かって両の手のひらを合わせ、「ごめん」のポーズをしてから男子数人が待つ教室の後ろに歩いていく旭の背中を見送って、私はまた1人でぼーっとする。
ぼーっとしていると、クラスの女子数人が旭を目で追っているのに気付いた。まあ、そらそうだよな。あのルックスであの性格の良さ、さらにはバスケ部の次期エースときたら、好きにならない女の子のほうが少ないんじゃないだろうか。
それと同時に、私にも視線が集まっていることに気づく。でもこれは、旭に向けられた視線とは全く別の感情が乗せられた視線だ。
「あんな愛想悪いのに旭くんとは喋るの何なの?」「付き合ってんのかな?」「そんなわけなくない?釣り合わないっしょ」
そんな心無い言葉と視線が、クラスの数箇所に集まる女子の集団からひそひそと聞こえてくる。
ああいう群れる女子って聞こえるか聞こえないかの絶妙な声量で話すの上手いよな、なんてどうでもいいことを考える。
ひとひそと噂話をするクラスメイトを見ていると、なんだかうちの近所の人のことを思い出した。
私の家族には、なんというか、説明が難しいけれどとても大変なことがたくさん起こってきた。私と家族に辛いことが起こるたびに、私の家の周りの人たちはあることないこと言いふらしては私と家族を苦しめた。
そんなことを思い出して、なんだか妙に腹の奥がムカムカしてきて。いつもなら無視して眠ったふりをするのに、今日は特に私の近くで悪口を言う集団にズカズカと近付いて行ってしまった。
「え、な、なに!?」
私がそのグループの中心であろう女子の目の前まで歩いて行くと、さっきまで私を悪く言ってニヤついていた顔が引き攣ったのがわかった。
「なんか文句あるなら、陰でコソコソニヤニヤしてないで面と向かって言ってくんない?普通にキモいんだよね。それができないんなら文句言う資格ねぇから、黙ってな。」
あ、やべ。思ったこと全部口から出ちゃった。
後悔した時にはもう遅く、目の前の女子の、朝から色々と塗りたくったのであろうゴテゴテの瞳からぽろりぽろりと涙が溢れて。
後ろにいたグループの取り巻きたちから「ひどーい!」「なんなの!?」「最低!」「マキ大丈夫!?」なんて声が上がる。
それに気づいた教室中のクラスメイトたちも一斉に騒ぎ出す。ああ、なんてうるさいんだろう。
あーやっぱ泣かしちゃったな。これじゃ私が悪者じゃん。いやでも間違ったこと言ってないしな、なんて考えを張り巡らせるけど結局全部が面倒くさくなって、私は教室を出ることにした。
女子からの罵声を背中に廊下に出て歩き出すと、「夕陽!」と後ろから声がした。
旭の声だった。
やば、旭はいい子だから、あの子に謝れとか、仲直りしろとか言われるかも。サボりはよくないとか説教されたらどうしよう。そしたら友達もうやってけないかも。
おそるおそる振り返ると、旭は私の想像とは違い、ひどく心配したような顔をしていた。
「夕陽、大丈夫?」
教室の人間は全員、泣いている女の子を心配しているのに。側から見れば、それが当たり前なのに。旭は私の心配をしてくれた。
それだけで、イライラも、言葉にできないむしゃくしゃする気持ちも、どこかへ吹っ飛んだ。
私は旭に向かってピースする。
「余裕。でもめんどいから1限サボるわ!」
そう私が言うと旭はくしゃりと笑って、「おっけー!」と私に向かってピースした。
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