第8話 妻の兄に夫は恐怖と不安で緊張

「――何事だ!?」


レオナルドはいったい何ごとだと荒っぽく言う。大声で叫んだ男の声が耳に流れ込んできて、何か異変でも起こったのではないかと思ったのだ。


「この声は、シモンお兄様……?」


イリスはつぶやくように声をもらした。遠くからかすかに聞こえてきた声は、どことなく妙に聞き覚えのある声だと感じる。


「イリスを溺愛しているが来たのか?」


レオナルドはびっくりして振り返ってイリスを見た。小声でささやくように言ったイリスの声でしたが、妙によく聞こえて恐怖心から過剰に反応した。眼からは不穏な気配が感じられ愚痴をこぼしているようであった。


「レオナルドどうしたの?」


顔は困惑から慌て気味になっているレオナルドに、エレナは不思議がって聞いた。


「どうやらイリスの兄が来たみたいだ」

「公爵閣下の!?」

「そうだ。今はシモンが継承して公爵家の当主をしている」


妻の兄が来た。レオナルドは不安な気持ちを正直に話すと、エレナは衝撃を受けて驚いた顔に変わる。イリスが公爵家の生まれである事は当然知っていた。現在は公爵家の家督はイリスの兄のシモンが継いでいる。


「どんな人なの?」

「イリスの事を信じられないほど大切にしていて、妹は本物の天使のようだと可愛がってるよ」

「本当なの?」


ふっと表情を引き締めてエレナは真面目な気配で尋ねた。レオナルドは真剣に話した方がいいだろうと思いながら口に出す。


最初にシモンに会ったときから気になった。何かとイリスのことを意識して心配そうな視線を向けイリスの顔を覗き込んでいた。


兄はいつもこんな感じなので、どうぞお構いなくとイリスは言いながら、兄が気にかけてくれること自体は嬉しいらしく照れた表情を浮かべ明るい笑顔を見せた。


「昔の話だけど結婚する前、イリスに少し丁寧さに欠ける扱いした時にすごい剣幕で怒られたんだ。あの時は怖かったな……」


レオナルドは遠い過去の出来事がよみがえってくるのだった。まだ結婚する前のことだが公爵家に食事に招かれた。初対面の挨拶を交わして明るい雰囲気に包まれてみんなが温和な笑顔を浮かべていた。


その時にあまり深く考えずにイリスに冷たい素振りをしてしまい、シモンに大目玉をくらったことが脳裏にちらついた。


ささいなことが原因となりシモンに怒鳴られながら、レオナルドはひたすら低姿勢に徹して謝り続けた。私は気にしてないのでお兄様は冷静になってくださいと、イリスが間に入りなだめ役にまわって懸命に説得しシモンの怒りを思いとどまらせた。

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